83.物質と食べ物
「普通は、最小単位までバラバラになってから再構築されるはずなんだけどね。・・・詳細を言うのは止めておくけど、ソウを生み出す時期、研究所で必要とした物質の多くの元素材は、人体だったみたいだ。一方、生み出される側のソウは人体そのものだし、養液も人体に深く関わるものだ。つまり研究所が素材を提供し、使用先も研究所という状態で、かつ、元の素材も求められた物質も人体だった。だから最小まで分解しないで、求められた物質が作られた」
「・・・」
「その影響という判断が出たけど、ソウを養うための養液は、一種の生命活動をしていたみたいだ」
「それは、システムの不具合では? どうして事前に分からなかったんですか?」
「成分は養液そのものだったからね」
とリクさんは言ったけど、リクさん自身、困ったような不可解な顔をしている。
「あとは・・・まぁ、ごめん、結局言ってしまうことになるけどさ。人間は死んだら終わりっていうけど、細胞1つ1つに記録が刻まれているっていう説があってね。特に臓器とか筋肉だ。脳は死に心臓は止まり、だけどまだ細胞は記憶を持っていて、それが素材として使われたのだとしたら。・・・色々、あったからね。普通では考えられないようなことが起こる」
「・・・」
僕が小さい時の事故について、リクさんは思い出すようにしているように、見える。
僕は無言で、ソウを抱いていた。
「まんま」
「・・・しゃべった」
「ですね」
ソウが、リクさんに両手を伸ばしている。リクさんのところに戻りたいらしい。
「あ、返さなくて良いから」
とリクさんが1歩下がる。
「実は、たった3・4日で、僕の腕は疲労蓄積中だ」
「大変ですね・・・ソルトがサポートしたいって言ってますよ。ソルトにも関わらせてあげた方が良いんじゃないですか?」
「そうすると、ソルトの独り立ちの時期が遅れてしまう」
「そうなんですか?」
と僕は首を捻った。いくらなんでもスケジュールに余裕が無さすぎじゃないだろうか。
「うん。ソルトが優秀すぎて、上からプログラムが来てるんだ。こなしたら、ソルトは中央に就職できる」
「・・・中央? 中央に行くんですか? ソルトはそんな希望を?」
リクさんがため息をついた。
「いや。ソルトの意志が勿論尊重されるけど、意思決定は18歳で、彼女はまだ9歳だ。今聞いても早すぎる。独り立ちの時に選べるようにする必要がある。例え、彼女に今その意志がなくても」
僕は眉を潜めた。
「随分、ソルトに無理をさせていませんか。ソルトはソウとリクさんのサポートを希望してますよ」
僕に八つ当たり連絡をしてくるぐらいには。しかもリクさんには内緒で。
「・・・色々あるんだよ。大人の事情がさ」
「多少独り立ちが延びても、ソウの面倒をみたいかぐらいは、確認した方が良いと思います・・・延びるのは大丈夫なんでしょう? 上の人たち的には」
「・・・そうかな。まぁ、そうだな。分かった」
「まんま!」
「・・・」
ソウの機嫌が悪くなり出した。お腹が減っているようだ。
「ミルク出して。離乳食・・・試した方が良いかなぁ。身体発達はどうだっけ」
リクさんの声に答えて、テーブルの上に哺乳瓶が出て来る。
モニターも出て、ソウの身体のデータを表示している。
「一口、いった方が良いか・・・。一番初めの離乳食、スプーン1匙、お粥も出して」
テーブルの上に現れた。
「はい、サク、座って。これクッション。ここに座って。はい哺乳瓶」
「え、は、はい」
「休みながら飲むから、途中で完全に止めちゃうか、飲みきるかまでゆっくり待ちながらミルクあげて」
「え、どう持てばいいんですか、」
「うん。教えるから」
リクさんに教えられながら、ソウにミルクを与え始める。
「これ、絶対ソルトやりたがると思います」
「そうかなー・・・そうだろうな」
ソウが、僕の様子を見ながら、ミルクを飲んでいる。
その間に、リクさんは仮眠をとるようだ。絨毯の上、別のクッションの上にゴロンと寝転がった。
「疲れてますね」
「夜も泣くからね・・・。ソウは、新生児と乳児の時期がぐちゃぐちゃになっていっぺんに来てる感じで、気が抜けないんだ。おやすみ、サク。ミルクやり終えたら起こして。離乳食やってみるから」
「はい」
ミルクなんてすぐ飲み終わりそうな勢いなんだけどなぁ。
***
案の定、数分後にはリクさんを起こす事になった。
「んあ」
変な声をだして起き上ったリクさんは、眠気を引きずりながらもテーブルの上の離乳食のスプーンを持ち上げる。
「よいしょ。ほら。ソウ、食べられるか? あーん」
ぼんやりしながらもリクさんが、僕が抱いたままのソウの口元にスプーンを運ぶ。
本当にちょっとしか乗っていない。
ソウがリクさんをジィッと見ながら、口を開けてスプーンを口にした。
それからムッとしたように眉をしかめた。
「明らかに不機嫌になりましたね・・・」
「不味かったか? でも、食べたな」
リクさんもじっとソウを見る。モニターの様子も見て状態を確認している。
険しい顔になっているソウを見つめて、僕は隣のリクさんと、ソウが食べて空になったスプーンを見て、思わずポツリと言ってしまった。
「・・・研究所の食べ物、大丈夫なんでしょうか・・・」
リクさんが僕の表情を確認してきたので、僕は少し言いにくかったけど、思ったところを言った。
「その、僕の感覚だから、根拠なんてないんですけど、ソウの養液に異常が出ていたのなら・・・研究所で作られる食べ物、大丈夫かなって思って」
「・・・僕たちも毎日、食べている」
「はい」
「・・・他に思うところは?」
リクさんは、参考意見として僕の話を聞いてくれるようだ。
「・・・例えばガーホイさんは、味覚がすごいです。視力とかもすごいですけど。・・・リクさん、養液が問題だったってさっき説明してくれましたよね。だけど、ソウも同じ素材を元に生まれてきてたら・・・僕の単なる感覚的な意見ですが・・・。ソウも、ガーホイさんみたいに、違いが分かってたりしないのかなって」
とても説明しにくいけれど。
僕は、ソルトが僕に打ち明けたことも気になっている。ソウは、たくさんの人の意識が残ってしまっていると、ソルトは言った。
ソルトの話はリクさんには言えない。けど、やっぱりソウもあの事故の影響を大きく受けているはずだ。
「ソウの味覚は、普通の人より、研究所で出て来るものには合わないかもしれません。・・・ガーホイさんたちが美味しいと食べているものを、ソウは食べた方が良いかもしれないって、なんとなく、根拠ないんですけど。成分に問題がないかは、確認できるはずでしょう?」
「・・・」
リクさんは僕の様子を、慎重に見ていた。
それから未だに機嫌の悪そうなソウと、自分が持ったままのスプーンをチラと見た。
「・・・試しても良いかもしれないけどね。・・・白身魚を土産に欲しいって、今なら言えるもんな・・・」




