82.数日後
リクさんが起きて、そろそろ退出しようとしていた時だ。
ガーホイの通信具に、海に行っている2人から連絡が入った。
『よぉ。そっちはどうだ。サク坊に迷惑かけてんじゃねぇだろな』
「そう言うなよ。わざわざそんな事言いに連絡してきたのかよ」
ガーホイが情けない顔になって応答している。
もし僕がガーホイだったら、とても返答に困る言葉だ、と僕も会話の行方を気にしてしまう。
『こっちは大漁でよ。捌ききれねぇぐらいだ。ガーホイ、食いに来るか?』
「お、良いな」
ガーホイの顔がパァッと輝いた。
一方で、ユリが僕の服をツンツンと引っ張ってきた。
なんだろう。
「ねぇサク。海って、日帰りは無理だと思うの。今からガーホイさん、海に行くつもりかしら」
「・・・本当だ」
そういえば僕たち海に行った時、帰りに道中で1泊した。
どうするつもりだろう。
一方でガーホイたちの会話は続いている。
『じゃあ決まりだ。今から地図送るからよ、そこまで来い。今日はそこに泊まることにした。結構遠くてよ。それにガーホイも釣りやってみてぇだろ』
「おぅ。ちょっと待ってくれ。サク坊、これ、どうやって行けばいいか分かるか?」
「地図、僕にも送ってください」
転送された地図を僕とユリで確認する。
結構、海の方に近い。
「今から出発して、今日の夜遅くに到着ですが、大丈夫ですか?」
「有料の高速ラインを使えば良い」
と、起床して僕たちの会話を聞いていたリクさんが口を挟んだ。
ちなみに、僕たちは退出しようと立ち上がっていたけど、リクさんは絨毯の上、ソウのカゴの隣で胡坐をかいて僕たちを見上げていた。
リクさんは片手を僕たちに上げてみせた。
「ソウが普通に起きてくれた御礼だ。申請と金額は僕からさせてほしい」
「・・・おぅ。いや、俺の方が迷惑かけちまったんだけどよ」
ガーホイが少し困った様子に、リクさんが笑った。
「いや、きみのお陰だと思う。何があったかは調査になるけどさ。来てくれてありがとう」
「・・・」
ガーホイがじぃんと感動したのが分かった。目が潤んだからだ。
「俺、また来て良いかな。その、ソウにも会えれば、嬉しいんだがよ」
「うん。また様子を見に来てくれればいい。きみには仕事があるから、きみの予定の都合がつけば、いつでもおいでよ」
ガーホイが笑った。僕を振り返って、自慢するように晴れやかな顔だった。
「また来るぜ」
「はい」
***
結局、急いでガーホイも海に向かう事になった。
リクさんが至急手配してくれたルートを指定した車に乗り込む姿を、僕とユリとで見送る。
ちなみに、延泊しておいた方の宿泊先はキャンセルする。またこちらに戻ってくる時に予約し直せば良い。
「サク坊、奥さん、ありがとうよ! またな!」
「はい、海のお二人にもよろしくお伝えください。あと、今後の予定をまた連絡してくださいね!」
見送ってから、僕たちも車に乗り込んで、帰宅することにした。
***
どうやら、ガーホイたちは海を存分に楽しむことにしたらしい。
3日経っても、まだ海にいる。
僕はといえば、今まで、基本的に午前中、研究所に行ってソウに勝手に話しかける、という習慣ができてしまっていたから、リクさんの疲労っぷりも気になるし、変わらず午前中は研究所に行く。
僕が行くとリクさんは仮眠をとったりするから、多分役に立っているんだろう。
カゴから出て絨毯の上でゴロゴロしているソウの様子を、ガーホイとユリに送ってみたら、ガーホイは、ソウに食べさせたいといって、魚を一杯映像で見せてきた。
身体能力の高い人たちだからか、恐ろしいほど釣り上げている気がする。
ちなみにソウの成長は非常にアンバランスだそうだ。
できなかったことが急にできていたりもする。
本来は2歳児だから、身体が2歳に追いつこうとしているんだろうか。大丈夫かな。
なお、ソルトには会っていない。夜に、僕にクレームの連絡は貰ったけど。
自分もソウとリクさんのサポートに入りたいのに、スケジュールがびっしりで入れない、酷い、ズルイ、サクが悪い、と怒られた。ソルトにしては非常に子どもっぽいので、ちょっと可愛く思えたけど。
本人だって八つ当たりだと分かっているはず。
「ごめんね」
と神妙に謝ったものの、つい笑んでしまったので、また怒られそうになったところを、『あっ、切るから!』と慌てて切ったので、きっとリクさんがソルトの様子を見に来たんだろうな。
***
「サク、ガーホイさんたち、まだ海? 戻ってくる日、聞いてるかい?」
「うーん、そろそろかもしれません。ソウは魚を食べられるのか、いつぐらいに食べられるのか聞いて欲しいってそう言えばガーホイさんが」
「うーん。海で釣った魚って事だろ? 正直怖いな。管理された物質の方が僕は安心なんだけど」
「ガーホイさんたち、味覚もすごいらしくて、分解物質からできたものは不味くって、きちんと生きていたものの方が美味しいって。だから魚も生きていたのを食べさせたいんだと思います」
「まぁ、目覚めて4日目だから、まだ離乳食は早い」
「うぁ」
「・・・ソウが見てる」
立ち上がって話をしていたら、いつのまにかハイハイできているソウが、リクさんの足を掴もうとしている。
「サク、良かったら抱っこしてあげて」
「は、はい」
「脇の下からね。肩甲骨の下から」
「え、こ、こう?」
「そう。意外と重くなってるからね。本人に負担掛けないように、途中で自分の足に乗せるというのもアリ」
「え、えーと」
「分かった。見本」
リクさんが、足にじゃれる様子のソウをヒョイと抱き上げてから、僕にそのまま渡してくる。
ドキドキする。
「あ、案外、重いんですね」
「うん。急激に身体が変化してる。1年を急に取り戻そうとしてるんだろうか。とにかく色んな刺激を与えた方が良い状態なんだ。だからサクが抱っこな」
「は、はい」
「腕しびれて無理だったら、降ろせば良いよ。多分泣くから、そこ、頑張って欲しい」
「は、い」
「心底、手伝って欲しい。サク。これからもしばらく午前中来てくれるか? サクには悪いんだけど本当に助かるんだ」
「はい」
リクさんの泣きごとに僕はしっかりと返事した。
「ところで、ガーホイさんも来た時に報告した方が良いと思ったんだけどさ、先にサクには教えとくよ」
「え、はい」
「うぁ」
「ソウが起きた日の分析が出たんだ。ちょっと信じられないんだけどさ。養液に問題があったみたいだ。静かな生命体と呼べばいいのかな。・・・気味の悪い話になるけどさ。養液になる前の素材が人体だったんだ」
「・・・」
そんな気は、なんとなくしていた。ガーホイが『ギュウギュウに見える』と言っていたからだ。




