81.思い出したもの
「キチェ先生が、ガーホイさんの担当者だったんですか?」
「いや、担当者は男で別だった。授業関係でよ、俺たちに甘くてよ、菓子くれたなぁ。優しかったな」
ボリボリとお菓子を食べながら、ガーホイは思い出すように視線を宙に向けている。
「大きな被害でた事件のあたりの事を、俺はあんまり覚えて無ぇ。12ぐらいだけどな」
「・・・」
「だけどよ、ちょっと思い出した気がするな。あたりグチャグチャでよ。・・・俺が過ごしてた部屋も、きっと処分されちまったんだろうな。でもなぁ・・・キチェ先生のこと思い出せたことが、戻れて良かったと、思う。ラムネとか、両手出したら笑いながら、くれたなぁ。皆でもらえた数を競ったりしてたな」
ガーホイが話すのを、僕とユリは聞いていた。
「事件の時も、多分、キチェ先生は俺を助けようとしてくれたんじゃねぇのかな。キチェ先生だけじゃねぇんだけどよ、何人かが俺に被さってきた感じなんだ。何が起こってるか分からなくてよ、もう怖かったって事と、暗闇みたいにぼんやりとしか、覚えてねぇ。だけど、さっきと同じ様なことが、事件の時にあった気がする。それを思い出したんだ。・・・それで、俺は生き残ったのかもしれねぇ」
「・・・良かったら、ラムネ食べますか?」
どう答えて良いか分からなくて、僕はそっとそんな事を尋ねた。
「お、良いのか?」
ガーホイは目を輝かせた。
「はい。ラムネください」
部屋に向かって声を上げると、部屋からの応答があって、皿の上に注文したお菓子が現れる。
「お、これだ」
「僕もこれ、小さい頃食べてました」
「私も」
三人でラムネを口にする。
「こんな味だったかな。不味いな」
「そうですか? ガーホイさんの味覚が発達したんだと思いますよ」
「懐かしい味がします」
しばらく、お菓子について話しながら、ガーホイとユリとで過ごした。
***
「サク、私たち、このままお邪魔していて良いのかしら」
ふと、ユリが僕に声をかけた。
僕は頷いた。
「うん。のんびりしちゃってた。ガーホイさん、どうします。多分僕たち、このまま帰ることになるのですが」
「そうか。じゃあよ、最後に、あの赤ん坊もう一度顔見てから帰りてぇんだが、良いか?」
随分リラックスした様子のガーホイが頼んでくる。
「確認してみます」
「なんか俺が来て大変なことになっちまったんじゃねぇか?」
今更ガーホイがそんな心配をし始めたので僕は驚いた。
「いえ、ソウはずっと眠ってて、いつ目を覚ますのか心配していた状態だったんです。何があったかの原因究明はこれからされるはずだけど、ソウが起きてくれて良かったんです。お手柄かもしれません」
「へへ」
僕の言葉に、ガーホイは嬉しそうに笑った。
「じゃあ、やっぱり、最後に顔見て帰ろうや」
***
入室許可が出たので、ソウに割り当てられた部屋に3人で行く。
今までの倉庫のような部屋とは打って変わって、柔らかい居心地の良いものに囲まれている部屋だと思った。
ソウは、柔らかい絨毯の上に置かれたカゴの中にいた。
覗き込むと、起きている。
目が合うと、視線を外さずじっと見つめて来る。
「触っても良いかな?」
と僕は小声で、隣のユリに尋ねた。
「分からないわ・・・」
とユリも小声だ。
理由は、ソウのカゴのすぐ傍で、リクさんが絨毯の上に寝転がって力尽きたように眠っているから。
いつから眠っているんだろう。
この状態で入室許可が出たって事は、あらかじめ全員分の許可を出してくれていたということだ。
来ることを予想していたのかな。
ところで、僕とユリが密やかな会話をしている隙に、ガーホイがソウに指を出していた。
「う」
とソウが声を上げ、目の前にきたガーホイの指をキュッと握る。
「おぉ」
ガーホイが嬉しそうだ。
「えー、いいな、羨ましい」
とユリ。
「もう片方の手が空いてるじゃねぇか」
「じゃあ私も」
ユリも指を出す。だけど見向きもされない。
「えー、どうして? ソウくん」
「早い者勝ちかもしれねぇな」
「代わってください、ガーホイさん」
「無理だ。コイツがギュッと握ってるからよ」
ユリとガーホイが小さな声ながらソウを巡って会話している。
その様子に、僕はふと教えてみたくなった。
「僕、水槽が割れた時、ソウがガーホイさんを見て『ガーホイくん』って言ったみたいに聞こえたんですけど、聞こえました?」
僕の発言に、ガーホイとユリが揃って僕を見る。
ユリは首を横に振ったし、ガーホイは不思議そうに首を捻った。
「幻聴だったのかな」
「知らねぇが、この子が俺が好きだって話なら、結構嬉しい」
「・・・指を握ってもらってる時点で嫌いではないと思います。羨ましいです」
とはユリ。
「へへへ」
ガーホイが嬉しそうに笑う。
「なぁサク坊。俺、研究所にまた来るか分かんねえからよ、この子の様子とか、また俺に教えてくれよ」
「分かりました。リクさんに頼んでみますね。動画とかみたいですよね」
「おぅ」
「僕たちも見たいよね、ユリ」
「そうね」
ガーホイが掴まれた指を軽く振ってソウと遊んでいる。
ソウがじっとガーホイを見つめている。
「絶対、ソウはガーホイさんを気に入ってますね」
「へへへ」
一方で、疲れ果てているリクさんが気になる。
大丈夫かな。
今のうちにリクさんの端末にメッセージを残しておこう。
何か手伝えることがあったら是非手伝いたいという事。
そして、ソウの様子の動画を見たいと、僕とユリとガーホイが希望している、という事も。
「おい、ソウ。お前、いっぱいメシ食って元気に大きくなれよ」
ガーホイがソウに声をかけている。
ソウが、ふと顔をゆるめて、笑んだように見える。
「お前、可愛いなぁ。おい、サク坊、抱き上げても良いか?」
『おすすめできません。泣いているのを担当者がつい先ほど落ち着かせたところです。抱き上げると降ろす時にまた泣くでしょう』
部屋のAIが注意して来る。
『愚図っていないので今はその状態を保ってください』
「・・・ケチだなぁ」
「残念」
「リクさん、それで疲れて寝ちゃったのかしら・・・」
「でもよぅ、赤ん坊なんて遊んでやってナンボじゃねぇのか? なぁ?」
ガーホイがソウに呼びかけると、ソウがキャッキャと笑い声をあげた。
***
結局、僕たちは、リクさんが起きるまで、ソウと遊んでいた。
ソウに勝手に話しかけて、ソウからの反応を喜んだ。
ちなみに、ソウは、本来は2歳頃のはずと聞いているけれど、身体面から見れば1歳頃の状態らしい。
声は上げるけれど、まだ話せないようだ。
僕が聞いたのはやっぱり幻聴? ひょっとして、過去の声の何かだったのだろうか。




