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08.僕のこと

「僕について、話さないといけない事があるんだ」

「はい」

とユリは表情を硬くした。


「海に行ってからが良いかなと思ってたんだけど、人に聞かれなくて良い車内の方が良いかもしれない。だったら今で良いかも」

「・・・サクさんが良いのなら、私はいつでも、聞くわ」

とユリが言った。


「もし・・・」

僕は迷った。担当者の言葉が思い出される。話の内容で、ユリが嫌だと思ったら。

「僕と一緒が嫌だとしても、海で遊びたいならきちんと送る。きちんと距離を取る。それからその後は」

「ねぇ」

とユリは心配そうに僕の腕にそっと手をおいた。

「サクさんの言いたいタイミングで、良いの。それに・・・」

ユリがカァと頬を染めた。


「私、サクさんが好き。あの日に、勇気を出してくれて本当にありがとう。私は、あんな勇気持てなかったのに。断られても良いからって声をかけてくれて、私には真似ができないって尊敬したの」

「・・・ユリさんが僕と付き合ってくれてるのって、あの日が一番大きい?」

確認すると、コクリとユリが頷いた。


「じゃあ・・・」

ゴクリ、と僕はつばを飲み込み、勇気を出した。

「もし、この姿でなくても、それが僕の本質なら」

「え?」

ユリは純粋に意味を掴み兼ねたようだ。


僕はじっとユリを見つめたし、ユリも僕をじっと観察するようにしている。

「姿が違うの?」

とユリが確認した。


「えっと。ごめんね、これから海なのに、先にこういう話になって」

「大丈夫」


ピピッと車内から警告音が鳴った。やっぱり必要だったみたいだ。

僕は少し息を吐いて、車内に出てきたボードをユリに見せた。


***


「とても、大切な話になってしまうから、もし知りたくなかったとか、抱えきれないとか・・・秘密のまま守れない、とかだったなら・・・記憶を消すから、それに同意をしてほしい」

「・・・同意は、話を聞いてからで良いの?」


「・・・うん」

「念のために聞くのだけど、あなたは、人の記憶を消したりするの?」


「僕にはできないから、施設にきみを案内するよ。ご両親にも連絡は行くかもしれない」

「まぁ・・・」

思いがけず重大な内容だったのだろう、困ったようにユリが口元に片手をあてた。


「海に、サクさんと行ったのがバレてしまうのね、と思って。あ、そうなった場合ね」

とユリが、緊張している僕に苦笑を見せた。

「でも、分かったわ」

と安心させるように、僕に笑む。


***


せっかくだから、もう少し海の見える場所で。どうせなら海岸で。

とユリが希望したので、そこまで車で行って、車内から海を見ながら打ち明ける事になった。


海。広い。大きい。ざざーん。

何でも受け入れてくれるという海パワーで、ユリが話を受け入れてくれたらいいな、とか。

それでも駄目だったら。僕の落ち込みとか悲しみを海が慰めてくれるんじゃないか、とか・・・。


「僕のこの姿は、仕事用なんだ。大人の年齢でないと変だから。これは、僕が二十五歳になったときの僕の姿なんだ」

と説明を始めた。

「・・・サクさん自身?」

とユリは話を飲み込もうとしながら首を傾げ、気づいて尋ねた。

「本当は二十五歳じゃないのね?」

と言ってから、きっと、大分若いと分かったようだ。


「うん。僕は、本当は年下で。十五歳。本当の姿は、こんな風」

僕は自分の時間を元に戻した。

服が大分だぼ付き、座高も低くなるから視線がすっと下に下がる。

ユリよりずっと子どもだ。

華奢だし背も低い。二十五歳の自分が立派に成長すると分かっているけど、十年であんなに成長するのが少し疑わしく思うほど、本来の年齢の自分は小さくて細い。


「運転手って、どうして、学校の生徒になっていないの」

驚いたユリは、まずそんなところから尋ねてきた。


「僕たちは、別のシステムで教育を受けてるから、学校には行かないんだ。僕たちは、人間が選んだ遺伝子を組み合わせて生まれてくる人間だ。研究所生まれだよ。クローンではないよ。採取されてくる精子と卵子は本物だし、遺伝子もそのまま。組み換え操作もされていない。だけど、人間が、残したい素質が強い遺伝子を持つ精子と卵子を選んで組み合わせて、赤子を作る。それで生まれてきたのが僕たち」

ただの人間だ。


「・・・サクさん以外にもたくさんいるの?」

「うん。僕は、あるシリーズの39番目。だからサクって名前。だけど、全シリーズ通しての総番号は知らないよ。たくさんいるから」


「え、その人たちはどう生きていくの?」

「普通に働くよ。研究所で働く人もいる。社会に出て、研修所生まれではない人と結婚する人もいるって。人間だから、皆色々だよ」

「そう・・・」

ユリは驚いたように呟いてから、僕をマジマジみた。


「年齢を変えたりというのも、普通なの?」

「うーん。これは僕の特性かな? たぶん、使われる遺伝子の組み合わせによるんだけど、研究所生まれの人間は、周囲にいろんな影響を与える人が多いんだ。僕も、あまり落ち込むと周りの時間を遅らせてしまったり。担当者が報告書書かないといけないってその度に嘆くんだけどね」


きっと初めて聞く話ばかりのはずだ。

「・・・どうして秘密なんだろうって、僕も不思議に思ったりするんだけど。人間の数が減ったから、対策に作られた研究所なんだ。だけど、こんな風に人間を生み出すことは、人間らしくないって反対する人たちも、世界の半分ほどはいるらしくて。だから『遺伝子研究』とだけ表にしていて、人間を人工的に生み出しているっていうことは秘密にしないといけないという話。人間の精子と卵子を使って生まれているのに、人間らしくない子どもって何だろうって、僕は不思議になるんだけど。宗教的な問題とかで受け入れられない人がいるんだって。理性で割り切れない。それもまた人間らしいね、って話で」


ユリはじっと僕を見ていた。

「年齢を変えて、負担になっていないの? 栄養ドリンクはその分疲れるからなの?」

「負担ではないけど、身体が大きくなる分エネルギーが必要な気がするから、長時間になる時はつい栄養補給したくなるんだ。気休めかもしれないけど」


「栄養足りなくなったらどうなるの?」

「うーん。力尽きた事はない。だけど、もしそうなったら、本来の年齢に戻って寝入ってしまうのかもしれない。・・・きみは、頼りがいのある姿の方が好きじゃないかなと考えた。バスの運転手の姿のままで、ずっと過ごした。本当は十五、の子どもでは、隣には相応しくないだろうから」

僕は泣きそうになった。最後は問いかけみたいになってしまった。本当の姿でも大丈夫、と言って欲しいと願っている。


驚く事に、ユリが僕をギュウと抱きしめて来てくれた。

「分からないわ。だって突然だもの。だけど好きだわ。確かに、二十五の姿のサクさんを、好きになってきたから、急に十五って言われても、分からないの。ねぇ、どうしたら良い? 両方の姿を好きになれば、良いの?」

「好きになってくれるの」

「分からないけど、サクさんは好き」


「必要ならずっと二十五の姿になる」

「何が良いのか分からない。今日は十五で遊んでみる?」

それは前向きな心遣いだ。

だけど僕はここは譲れないと首を横に振った。


「海では、たまにナンパがあるって聞いた」

「ぇ?」

「ユリさんがナンパされたら嫌だ。二十五の姿だったら、僕がいるから大丈夫だと思った。だから今日は二十五で過ごす」

「・・・分かった」

無理しないでね、とユリが心配そうに言ったので、僕は優しさにやっと笑った。


「・・・記憶、消さなくても良い? 秘密を持っていられる? 大丈夫?」

「サクさんとお付き合いをしているなら、忘れなくても大丈夫?」

「うん」

「じゃあ、消さないで」

「うん」

僕が安心して笑みをこぼすと、ユリさんは僕の笑顔を見て安心したようだ。ニコリと笑った。


「でも、消さなくちゃと思ったら、遠慮せずに、言ってくれたらいいのよ?」

とユリが言ったので、僕は真顔になってじっと見つめた。

「本当に優しい」

とまた声に出てしまったのを、ユリが赤面したのでこちらも照れた。

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