79.危機
「いや、それによ、どれがサク坊の弟だ? これ全部か? どいつだ?」
「え? どれって・・・」
何を言っているんだろう。
と思ってから、気づいて尋ねる。
ガーホイは、視力などが異常なほど良いはず。
「ガーホイさんには、何人もいるように見えるんですか?」
僕の質問に、ガーホイは怪訝な顔になった。
「何人っていうかよ・・・。数なんて分かんねぇだろ」
「えーと。液体の中に小さな子が1人、コードに繋がって浮かんでいますよね? それがソウです」
「ん」
ガーホイが疑わしそうに僕を見て、それから水槽に近づいてきた。
「あぁん? あ、本当だな、赤ん坊が一人いる」
「僕、ソウ以外に見えませんけど・・・」
僕たちの会話に、ユリが怖がって、ガーホイとは反対側の僕の腕を掴んできた。
「人って言うか、粒っていうか・・・うわ!」
ガーホイが驚いて跳び上がった。真似できない跳躍力で、あっという間に部屋の後ろに移動している。
何!?
「見やがった・・・!」
「え?」
「サク・・・」
僕には何も分からないけど、とにかくユリがガーホイの発言に怖がっている。
「・・・あ! 先生、じゃねぇか!?」
ガーホイがまた驚いて、急いで水槽の近くに戻ってくる。
ユリがギュウっと僕の腕を掴んで縋り付くようになった。
先生? ガーホイの知り合い?
そういえば、ソルトは、ソウは色んな、事故でなくなった人の意識が残っている、と言っている。
そういう何かがガーホイにも分かるんだろうか?
だけど、ガーホイの視線は、ソウから少しずれている。
「先生! お、おぅ、キチェ先生!? キチェ先生、なんでそこにいんだ?」
ガーホイが、ゴンゴン、と水槽を叩いた。
ピ、と変な音がした。
モニターに乱れが出ている。
「叩かないでください! 水槽に異常が出てる!」
「え。悪い、だけど、力加減はしてるぞ。それぐらいできる」
ピー、ピー
聞いたことのない音が機器から出ている。
「サク、これ大丈夫?」
「リクさん呼ばなきゃ」
「えぇ。自動通知行ってないのかしら」
通信具で僕はリクさんを呼び出す。
一方で、ガーホイが水槽に両手をつけた。
「キチェ先生? なんだ? 苦しいのかよ? 聞こえねぇ・・・」
ビ、ビ、
変な音が水槽から聞こえてくる。
ユリが叫んだ。
「ガーホイさん! 離れてください、ソウくんが入ってるのよ!」
僕の画面にリクさんが現れる。
『どうした、サク』
「すぐソウのところに来てください、変な音が出てますお願いします!」
ガシャン!
派手な音を出して、水槽が割れた。
***
ユリが悲鳴を上げた。
僕はとっさにユリを庇うようにして抱き、水槽の近くから後方に飛びのいた。
ガーホイも驚いている。
「サク坊の弟!」
ガーホイが気が付いたように叫んで、割れて倒れて来るガラスを恐れずに中に腕を突っ込んだ。
「弟、掴んだぞ!」
「ガラスッ!」
ガーホイにガラスが落ちる。
僕は普段にない動きで傍に戻って、ガラスを無人の方向に跳ね飛ばした。この動き、すごいスーツを着ているお陰だと、気づく。
ビー、ビー
異常音が部屋に鳴り響く。
「わぷ」
変な声に視線を動かせば、ガーホイに、水の塊がのしかかっていく。
なんだこれ、液体が生きているみたいにガーホイに集まっているように見える。
もがくようにしながら、ガーホイは腕でソウを支え続けている。
「サク! 息できないわ!」
ユリがガーホイを見つめて僕に叫ぶ。
僕は水に腕を突っ込むようにして、ガーホイの頭部から水を払いのけようとした。
水じゃない、思ったより粘度がある。取れない!
「ガーホイさん!」
ぐぼ、
とガーホイの口から泡が出る。目がギョロリと動いて、また泡を出す。
液体が払えない。ガーホイの身体が動く。
ガーホイの視線は、僕では無いところを見ている。
なにを。
ソウを見ている。落とさないように支えてる。
こんな状態で、ソウを気にかけて落下から守ってくれている!
「ユリ! 手伝って! ソウを支えて! 落とさないで! コードついてる!」
ユリが驚きながら駆け寄って、ソウに手を伸ばす。もう泣いている。
ガーホイの手が動いて、ユリの手を動かして、ソウをしっかり固定するように誘導している。
「持ちました!」
ユリが叫ぶと、ガーホイはソウから手を放して、自分の喉元を探ろうとした。
僕も液体をガーホイから取ろうと頑張るのに、取れない。
リクさんが駈け込んで来た。
「サク! なんだこれ!」
「液体が取れない!」
僕が叫び返す。
「ソウくんここです!」
ユリも泣きながらリクさんに状況を伝える。
ガーホイは液体に包まれている。
「排出だ! 養液排出!」
リクさんが部屋に向かって叫ぶ。
『了解しました。開始します』
部屋が答える。
「サク、足元避けて! 排出口開くから!」
「はい! リクさん、排出のパイプどれです!?」
「それ! その黄色いの!」
「これ!?」
「そう!」
もがくガーホイから離れて水槽部分にのびてきたパイプを掴んだ。
一方で床に線が入って、ガーホイを取り巻く液体を吸い込み始める。
僕はガーホイにまとわりつく液体に、排出のパイプを突っ込んだ。頭部だ。
「リクさん、酸素提供も!」
「ソウに繋がってる! ソウは!?」
「ここに! どうしたら!?」
とユリが叫ぶ。
「キャー!!」
高い悲鳴が聞こえたと思ったら、ソルトまで駆けつけた。
ガーホイが僕の身体を押し返すようにした。
近寄ってくるリクさんにも手の平を見せて制止する。
排出用のパイプを液体に突っ込ませたままで僕が下がると、ガーホイが思い切り腕を振り回し、跳躍するのか、上下に身体を揺らす。
皆でガーホイを避ける。
僕はガーホイを見つめながら、ユリがソウを支えるのに手を添えた。
ガーホイが高速で回転した。
バユン
変な音を出して、ガーホイにまとわりつく液体が揺れる。
遠心力で、ガーホイから引きはがせそうだ。
「ソウ、起きて!」
ソルトが青い顔をして、ユリと僕とで落下から支えているソウに向かって呼びかけた。
「寝てる場合じゃないわ! 起きなきゃダメ!」
ピク、とソウの身体が動いた。




