78.ガーホイと研究所へ
「観光ですか? どういうところに行きたいですか?」
「とりあえず候補教えてくれ」
お店の人が、ヴェドを制するようにズィ、と前に出てきた。
「海で釣りがしたい。問題ないか分かるか、サク坊」
「大丈夫だと思います。個人が釣る範囲で規制とか聞いたことがありません。・・・そうだよね、ユリ」
「えぇ。釣るための道具も、船もレンタルできるはずです」
海には、魚類がほどよく放されている。その方が地球環境の維持が効率的だから。
わざわざ釣りに行く人は稀らしいけど、別に釣りあげても良い。
ちなみに、もし釣りすぎたら、資源分の対価を払う必要があるらしい。
とはいえ、提供される道具で釣る範囲なら、気にしなくていいとも聞いたことがある。まぁ、僕もそこまで詳しくない。
「よし。ヴェド、お前も海でどうだ。魚が食えるし泳げるぞ」
「他にオススメがないかを知りてぇんだが。サク坊は海、行ったか?」
「はい」
「良かったか?」
「はい。魚釣りはしなかったですけど。泳ぐの楽しかったです」
「ふふ」
と僕たちの会話を聞いて、少し後ろでユリも思い出したのか楽しそうに笑った。
ユリの様子に、ヴェドも心を決めたみたいだ。
「じゃあ俺も海か」
「宿泊の延長だけ頼む。初めの予約を取ってもらったから、俺たちから処理できないみたいだ」
「はい。分かりました。それから、海への車も手配しましょうか」
「お、そうしてくれ。気が利くな、サク坊」
***
手配を済ませてから、僕とユリはガーホイを乗せて研究所に向かう。
ガーホイは少し緊張している様子だ。
「なぁ、俺、本当に、研究所に行って良いんだよな?」
と聞いてきたので、どう答えようか少し迷う。
そして、まだ伝えていない事に気がついた補足を答えにした。
「僕も、研究所の中を自由に動けないんです。だから、どこでも案内できるわけじゃなくて・・・多分、僕がいつもいける範囲だけ案内できる、ぐらいになるかもしれません」
「・・・そ、そうか・・・」
運転のパネルを見ながら、僕は尋ねた。
「どこか特別に行きたいところ、あったら先に教えて欲しいです」
「・・・いや・・・うん、どこっていうよりよ、俺がいた部屋とか、いってみてぇんだけどよ・・・」
「場所とか覚えていますか・・・? 僕が行ける範囲、結構狭いので・・・行けなかったらすみません」
言いながら申し訳なくなる。
僕が行ける範囲は、研究所の施設のほんの一部。自分の部屋がある建物とその隣ぐらい。
「おー・・・」
ガーホイが神妙に頷いた。
***
研究所に到着。
明らかにガーホイが緊張していて、無言で震えている。
僕も一緒に緊張してしまったけど、何事もなく入館できた。
「僕はいつもこっちに向かうんですが、ガーホイさんの行きたいの、どちらでしょうか」
「・・・あ、そっちだ。そっちで良い」
「良かった」
少し安心して進む。
「あの、僕、いつも、弟のソウの見舞いに来てるんです」
「弟がいるのか。へぇ・・・」
僕と、緊張しているガーホイの会話を、ユリは僕の隣について無言で聞いていている。
「はい。僕がいける範囲の端に近いし、ソウにも会いたいので、まずそちらに向かおうかなと思います」
「おぅ」
「でも、方向が違うなら、遠慮せずに言ってください。行ける範囲で、ガーホイさんの行きたい場所に行きましょう」
「おぅ」
ガーホイが、何度も頷いて見せる。
それから、やっと少し慣れたらしくて、研究所内を見回す。
「なんか、こんな感じだった気がするなぁ。地下よりグチャグチャしててよ」
「そう・・・かもですね」
僕も地下を思い出して相槌を打ってみた。
ユリが気にして、
「そうなの?」
と小さく僕に聞いてくる。
「うん。地下って、資源回収してるからキレイなのかも」
「そう・・・」
「あ、おい、サク坊! 悪い、たぶんこっちだ。行けるか?」
「え。はい、分かりました、行ってみましょう」
***
結局、ガーホイの希望の場所に、僕たちは行くことができた。
僕自身も初めて行くエリアでドキドキした。
建物の雰囲気は同じなのだけど、やっぱり少しずつ部屋のつきかたや通路の伸び方が違う。
ガーホイの記憶は不確からしいけど、多分このあたり、という部屋は、僕の知らない研究者の管理範囲になっていて、色んなガラクタが置かれていた。
入室は拒否されることもなく、部屋の中に入ることもできた。
ガーホイはキョロキョロと見回して、首を捻っていた。
「分かんねぇ」
としきりに呟いている。
僕とユリはガーホイをそっとしておいた。
多分、気持ちが落ち着けば、僕たちにまた話しかけてくると思うから、待とう。
「窓がよ、あったと思うんだ」
とガーホイが言う。
この部屋には窓はない。
じゃあ、違う部屋なんだろうか。
「思い出せる気がしねぇなぁ・・・」
ガーホイは、独り言を言ったけれど、悲しそうでは無くて、ある程度分かっていたような、諦めた様子に見えてくる。
「サク坊。隣の部屋も行って良いか?」
「はい」
***
「あんまり覚えてねぇ。満足した」
いくつかの部屋を見て回ってから、ガーホイは言った。
とは言いながら、満足した様子には見えなくて、でも不満足という様子にも見えない。
だけど、来たことで、何か納得できたのかもしれない。それなら良いのにと、僕は思う。
僕は頷きを返す。ユリも傍にいる。
「サク坊の弟に会いに行こう」
「はい」
***
いつも僕が行くエリアに戻り、ソウのいる場所へ。
僕は移動中に、ガーホイが驚かないようにソウについて話した。
目を覚まさない、ずっと眠っているのだと。
ガーホイは辛そうに聞きながら、僕たちの後をついてきた。
***
「ソウ。今日は、僕のほかに、ユリと、ガーホイさんも来たよ」
倉庫のような場所、大きな水槽の中で、今日もソウは眠っている。
モニターを見る。いつもと同じに見える。
「こんにちは。ソウくん」
とユリ。
「・・・」
ガーホイは驚いている。
来る途中に説明したけれど、ソウの状態を目の当たりにして動揺しているみたいだ。
僕はいつものように、ソウに話しかける。
「ガーホイさんは、僕が中央に行った時にした仕事で、同じチームの人なんだ。ガーホイさんも、僕たちと同じで、ここで生まれたんだよ」
「お、おぅ」
僕のソウへの話しかけを聞いて、ガーホイが我に返ったように声を出した。
「おぅ、お前、お前、なんだ、ギュウギュウになってんじゃねぇか。大丈夫かよ?」
「・・・?」
ガーホイの発言の意味が掴めなかった。
一瞬考えて、やっぱり分からない。
僕はガーホイを振り返った。
ガーホイはソウを見て驚いているままだったけど、僕が振り返ったのに気づいてうろたえた。




