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07.海に行こう

「奇跡だよねぇー良かったねぇー」

僕の担当者はしみじみと言った。

「ありがとうございます!」


「で、いつ話すつもりー? こちらもまぁ、万が一のサポート体制を整えていてあげようかなぁ、なんて。きみのこと大事に思ってるから」

「万が一って?」


「ぶっちゃけ、きみが見つけた女神様に、捨てられちゃう可能性だって、あるじゃないか・・・」

担当者は僕を気遣いながらも、思っている事はストレートに言った。

「や、止めてください、縁起でもない・・・!」


「うん、僕も正直に口に出して後悔したよ。僕の時計、見てよ、5秒も遅れたよー。また報告書書かなきゃ、あーぁ・・・」

「す、すみません、でも不可抗力です、だって人をどん底に叩き落とすような事言うから・・・!」


担当者は困ったように首を傾げた。

「幸せしか考えてない時にドカーンと不幸が来た時の落差の方が問題だからねぇ」

「う・・・」

何も言えない。


しょんぼりと落ち込んだ僕の頭を、担当者は書類を丸めてポンポン、と軽く叩いた。これは彼にとって元気づけのつもり。

僕の担当者は口調が変だけど、僕たちについてきちんと考えてくれる。


「で、ユリちゃんは、在宅で素材管理の職に就いたんだよね」

「はい。でも初めは本部勤務です。3ヶ月、研修になるということです」


ふぅん、と担当者は頷いた。

「バスの運転手どうする? 辞める?」

「え?」

僕は驚いた。

「僕、他の何かになれるんですか?」


スクールバスの運転手は、2年前、『これ、今のキミなら条件付きで、できるよ。働いてみる?』と紹介して貰った枠で、僕は社会に出たことが無かったから、やってみたいと希望したのだ。

2年経った今、他に選択肢が増えたんだろうか!?


「うん。フリーター。ううん。ストレートに無職」

「えっ! 働き世代の無職って人類のゴミっていつも酷評してるのに!! 嫌ですよ!」

「うんまぁねー。でも人類には最重要課題があるから」


「嫌です、社会の目が厳しいって常々言ってきたくせに! ユリさんに僕なんて言えばいいんですか、運転手辞めて無職ですって、プロポーズもできないです!」

「そっかーそれは不味いなぁ」


「リクさん気づいてて僕をからかってます!?」

「ううん、僕、思い付きも全部口に出るから。仕方ない仕方ない。裏表無いのがウリだから」

「あ、それは、そうですね・・・」

僕が顔を強張らせたままで頷く一方、担当者はうーん、と唸った。


「あ。これ渡そうと思ってたの思い出したー」

担当者は、広範囲のデートスポットのデータをくれたのだった。


***


海に行こう。

と誘ったのは、1泊しないといけない距離にしか海がないからで、働き出してしまうとそんな休みなど取れなくなると分かっているから。


だけど、本当の恋人が行く場所らしい。

お試し期間が無事成功して、やっと正式に恋人期間が始まるところに、いきなり海というのは欲張りだろうか。

でも、色々考えたんだ。

と送ってから悩んでいた僕のところに、

「良いですよ」

と返事がきて、思わず何度も見直した。間違いない。ユリからだ。


ちなみに担当者には、

「なんで、すぐに海?」

と不思議がられたので僕は正直に白状した。

「広い海を見ながら、僕について話そうと思って。そうしたら広い海みたいにドーンと何事も、受け止めてくれるかなと期待して」


うわぁ、海に夢を詰め込んだもんだねぇ。

なんて、心配そうに担当者は言ったのだ。


***


僕は海をそんなに過大評価しているのだろうか。


とにかくお試し期間が終わった次の日、つまり正式に付き合い始めた第一日目、僕たちは多分、まるでお試し期間初日のように緊張していた。

「行きましょう」

「はい!」

とユリも気合を入れて答えてくる。ユリも海は初めて行くらしい。


車内で嬉しそうに話しかけてくれた。

「この1ヶ月の間に行かないと、なかなか行けないって聞いていて。私は無理かな、って思ってたんだけど、一緒に行けて嬉しいです」

「そっか」

僕は心から嬉しくなった。

「海って提案して良かった。まだ早いかなって緊張したんだけど」


「大丈夫です。父と母も、この期間に海に行ってたんですって。でも内緒にしてたって」

「1泊するのにどうやって内緒にするの?」

「友達の別荘でお泊りするって。私も嘘を使います。母には分かるかもしれませんね」

とても嬉しそうにユリは言った。

ということは、お母さんの嘘が代々継がれていくんだろうか。

僕にはそういう両親がいないから分からない。


僕が少し不思議そうにしているのを見て取ったらしい、ユリが不思議そうに首を傾げて僕を見る。

僕は答えた。

「ううん。きみたちは、嘘がつけないのかなと、思ってたけど、嘘ついたりできるんだなぁって」

「どういうこと?」

「だって、きみたちは皆、本当に優しくて思いやりがあって。善意ばかり感じられて。人を騙したりとか罵ったりとか、そんな事考えていないから。だから、嘘なんて存在しないって、思ってた」

「んー」

とユリは首を傾げ、僕への説明を考えたようだ。


「世界にサンタクロースがいるように、世の中には嘘が混じるんですよ?」

僕はおかしくなった。

「そうだね」


「サクさんは、嘘をつかないの?」

「基本的にね」

「基本的? 隠し事は?」


あぁ、それは。

たくさん、あるかも。


「ありますね」

とユリが隣で僕をじっと見ていた。


「うん」

と僕は頷いて、それから誠実さを出そうと急いで言った。

「だから、海を見ながら、話そうと思ってた」

「そう、でしたか。だから海を選んだんですね」

チラ、と隣をみると、ユリは優し気に僕を見ていた。


気恥ずかしくなって僕は頷いて、付け足した。

「海なら、なんでも受け止めてくれるって、書いてあったから・・・」

「えぇ」

楽しそうで控えめな返事で、なぜだかさらに赤面した。


「サクさんは、長距離を運転できるぐらいに大人なのに、時々、可愛いです」

ユリの言葉にドキリとする。


「可愛いのは好き?」

と動揺を隠しながら聞いてみたら、

「そうですね」

とライトな返事があって、動揺が収まらない。どっちだろう。どこまで、大丈夫だろう。


***


海に行こうと誘ったのは昨日の夜。一方でユリは泳ぐ準備を整えていた。

ネットで購入すればすぐ手元に現れる。


一方で僕は、水着までは用意しなかった。ユリがどんな風に海を楽しみたいか分からなかったからだ。

眺めるだけかもしれないし、バーベキューかもしれないし、犬をレンタルして浜辺を散歩かもしれないし。


とはいえ海水で泳ぐ経験は僕にもないから、ユリが大丈夫なら泳いでみたかった。

ユリの準備を聞いて、僕もすぐ水着を購入した。車内で購入したらすぐ手元に届く。ついでに栄養ドリンクも。


「栄養ドリンクが好きなの?」

とユリが聞いた。

「僕の維持に、必要なんだ」

と僕は正直に告白した。

維持? とユリが詳しい説明を視線で求めている。


僕は少し迷ったが、一度車を止めることにした。

ちょうど、向こうに海が見えている。

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