67.ユリの悩み事
帰宅して、僕が明日は一日家にいるつもりだ、と予定を告げると、ユリは驚いた。
そして、午前中の仕事を休もうかな、などと言いだしたので、今度は僕の方が驚いた。
「ユリはいつもの通りで良いよ、僕がいるからって休まなくても大丈夫」
「でも、せっかく・・・サクが家にいるのだもの・・・」
と、ユリはまた暗い顔になった。
僕は躊躇ったが、確認してみることにした。
「あの、僕の事で、ものすごく心配かけていて」
「そんなの大丈夫よ!」
ユリが顔を上げて、僕の言葉を遮るように僕を咎める。
そんな様子にさらに不安が増したけれど、言い始めたからには、聞いてみよう。
「うん。ただ、ユリが、最近元気ないなと、思っていて。その・・・僕の事でごめんね。でも、大丈夫?」
「大丈夫よ・・・」
「ユリも、カウンセリングを受ける?」
ユリが俯いたので、ユリの頭に手を伸ばして、少し子どもにするように、撫でてみた。
「私が? どうして」
顔を上げたユリは、不安そうに目を動かす。やはり不安にさせている。
「僕に言いづらいことなら、他の人に聞いて貰った方が良いかもしれないって、思うから」
例えば、僕についての不安なんかは、僕に言いづらいはずだ。
ユリは少し泣きそうになった。見捨てられたみたいな、幼い子どものように見えて、僕はユリの頭を撫で続ける。
「僕が、ごめんね」
「サクは悪くない」
「そうだとしても。頼りなくて、ごめん」
「頼りなくなんてない」
「そうかな」
「そうよ」
ユリがますます俯いている。
「・・・僕に、聞けることがあったら、聞けたらいいな」
僕に言えない事のはずだと思いながら、前置きのつもりでそう言った。
ユリが顔を上げて僕を見る。
言葉を続けようとして、ユリの縋るような瞳に囚われそうになる。
じっと見つめ返していたら、ユリは口を開いた。
「・・・相談しても、良い? 誰にも、言えないの」
「僕で良い?」
「サクが聞いてくれる?」
「うん。言って。僕が聞けることなら、聞きたい。ごめんね、遠慮させてて」
「そんなことない。ごめんなさい」
ユリが僕の手のひらをすり抜けて、僕に抱き付いてきたので、抱きしめ返した。
暖かい。お互いの暖かさを確かめている。
これだけで安心できてしまうのが不思議だ。
***
AIのフィンの本日のオススメは、ロイヤルミントミルクティー。
初めて聞く豪華そうな名前の飲み物だ。
僕には不思議な味に思えたけれど、ユリは気に入ったらしい。
とにかく、ソファーにて、二人でもたれ合っている。
「あのね。お仕事のこと。私、役に立たないなって、思ってしまったの」
と、ユリは気持ちを落ち着かせてから、僕にそう切り出した。
僕は少し首を傾げた。
どう答えていいのか分からないので、ユリをじっと見る。とはいえ、ユリは僕にもたれかかっているので、僕からは頭頂部、髪の毛しか見えないのだけど。
「・・・聞いてくれている?」
「聞いてるよ」
顔が見えないので、返事が必要だったようだ。
「お仕事で、ミスが多いということ?」
と確認してみる。
「・・・それも、あるのだけど・・・。あのね、サク、正直に悩みを聞いて欲しくて、でもサクは自分を負担に思わないで欲しいのだけど、大丈夫?」
「うん。聞くだけになるかもしれないけど、大丈夫だよ」
「ごめんなさい」
「どういたしまして。大丈夫だよ」
ユリがまた迷ってから、また話し始めた。
「私ね、研修期間も他の人より延びたのと、サクの看病もあったから、他の人より、お仕事のスタートが遅くなったわ」
「うん」
そうだよね。
「それで・・・」
ユリはどこから話すのか迷ったみたいだ。
「あのね、でもね、私がスタートが遅くても、仕事には何の影響も無いの・・・。AIがサポートしてくれるからよ」
「うん」
「それで大丈夫だと、思ってて、初めはそれで良かったの。・・・でも、今ね、私はサクを優先したくて、よくAI制御に切り替えてるわ。でも、何の支障も、ないの。当たり前なのだけど。あのね」
「うん」
「むしろね、私が入った方が、ミスをしてしまうの。効率も悪くて・・・他の人たちだって同じはずだけど、私の方が遅れて始めているから、今になって、私のミスが目立つ状態なの。勿論、AIがきちんとサポートしてくれるのよ。でもミスに気付く必要があるから、誰がどこでミスをしたかが記録に出るの。他の人と一緒にスタートしてたら、同じようにミスして、同じような時期に改善できて、きっと気にならなかったはずだって、他の人も言ってくれたし、そうに違いない、って、私も思ったのよ。でも」
「うん」
ユリは一度、深く息を吐いた。ため息というよりも、深呼吸に近いぐらい。
「その・・・分からなくなっちゃったの。私、サクと一緒にいて、サクが元気になって欲しいから、サクが一番優先なの。お仕事をしないといけないのは良く分かるわ。生きていくために収入は必要だもの。だけど・・・私の代わりに、AIで全て済むの。私がいない方が、ミスもなくてスピーディーなの。それで・・・」
「うん・・・」
ユリが落ち込みながら、ますます僕に体重を預けてきたので、僕は左手のティーカップをAIのフィンに戻して、右手でユリの肩を抱いた。
ユリはとても落ち込んでいる。心配だ。
一方で、以前、リクさんが、世界の秘密だなんて言い方で、以前教えてくれたことを僕は思い出していた。
世の中の、ほとんどの仕事は、AIだけでできてしまう。
人間の生きがいのために、わざわざ、効率を落としてまで、仕事を人間に割り当てている、と。
「・・・お仕事の私のいる意味が、分からなくなっちゃったの・・・」
「そっか・・・」
僕はユリの右肩を撫でた。ユリも頭を僕の胸にこすりつけるように甘えてきた。
そして僕は気づいたので、言ってみた。
「そっか・・・。お仕事を普通にしている皆には、相談しにくいね」
「うん。そうなの。怠け者みたい。お仕事の先輩の人たちにも、茜ちゃんたちにも、言いづらくて・・・。サク、私の悩みまで、ごめんなさい」
「ううん。話してくれて良かった。聞けて僕は嬉しい」
「本当に?」
ユリが僕を見上げる。
「負担じゃない? 大丈夫?」
「大丈夫。聞けて良かった。ごめんね、聞く事しかできないけど」
僕は自分の至らなさに少し苦笑してしまったけれど、ユリは安心したように表情を和らげた。
「ううん。聞いてくれて嬉しい」
「うん・・・」
なんだか、悩み相談の時間だけど、一緒にいれて幸せだな、なんて感じてしまう。




