66.独白
やっぱりソウには何の変化もない。
だけど、語り掛ける必要があって、反応が無くても何かを言うべきで。そんな状況で、僕は、今、僕が抱えている悩みを、口にしてしまう。
結局、僕は、聞いてくれていると期待している。
悪影響じゃないのか、なんて心配しながら、実際は何の応答もないソウに、聞いていないよ、なんて都合の解釈も同時にして。
自分勝手に、僕について打ち明けている。
「彼女に役立つところを見せたいのに、全然、頼りなくて、情けないんだ。とても優しい子だから、僕の事を好きだって言ってくれてるけど、それでも情けなくなる。僕、ユリの傍にいる意味があるのかな。他の普通の人と結婚していた方が、ユリは幸せだったんじゃないのかな・・・そんなの嫌だけど、でも。僕たちは研究所生まれで、普通に両親が生んだ子じゃなくて、やっぱり普通の教育は受けてないんだって、実感するんだ。・・・ソウ、どう思う? それでも、僕は、ユリと一緒にいて良いのかな・・・」
ソウは何も変わらない。
「身体も、心も、本当に全部治るのかな。仕事、僕ちゃんとできるだろうか。心配になるんだ」
僕は俯いて考えてしまったのを、ソウをまた見た。
やっぱり何も変わらない。
「ごめんね。僕はソウの兄なのに、こんな話で・・・」
じっと見つめながら、謝りの言葉を口にしている。
***
毎日午前中にソウのところに行く。
たくさんのことを、ソウに話す。
カウンセラーや、ユリや、リクさんたちにも言わなかったようなことまで。きっと、全部。
聞いてくれると期待しながら、聞いていないかもしれないということを免罪符に。
何も話しかけないよりは良いと、ソルトが頼んできたことを良いことに。
ソウのいる水槽のある部屋は、まるで倉庫のように殺風景だ。
人の気配が全くない。
ソウのための生命維持装置と、ソウの様子を計測するための装置だけがある場所。
椅子だって、折り畳み椅子が一つしかない。
少し小さくて軽いから、ひょっとしてソルトが持ち込んだものかもしれないと、考えるぐらい、他には機能的なもの以外が全くない。
何日か通ううちに、本当に、ソルトが僕に頼まなければ、この場所にソウがいることを皆忘れてしまうのでは、なんて不安を感じるぐらいだ。
一方で、だからこそ、僕は自分の中の不安を、ソウに向かって話していた。
他の誰にも聞かれる恐れがないからだ。
この世界ではもう人間は死んでいくだけなんだろうか、とか。
地下の仕事や、ひょっとして突き落とされて死にかけたことが原因なのかもしれないけど、世界が崩れそうに思えて不安になってしまう、とか。
「ソウはどう思う? ソルトはね、それでも、死ぬまで生きていくだけだ、っていうんだ。正論だと思う。でも、割り切れないっていうのかな。不安がずっと残ってる。不安というより、怖いんだ。取り残されたらどうしよう、とか、よく分からなくなっちゃうんだけど、色んなことを考えてしまう」
「僕、今も、メンタルケアでカウンセラーの人と毎日話をしてるんだけど、まだ精神安定剤とかも飲んでるんだ。夜は普通に寝れるようになったけど、これって薬の効果かな。早く元みたいに戻りたいな。・・・でも、戻れるのかなって、心配になるんだ」
「なんだか、僕は勝手に話してるけど、それでも聞いてくれてるんだと思うと、やっぱり話せて嬉しいな。・・・ソウには迷惑だったら本当にごめんね。ソルトはどんな話をしてたのかな。もっと明るい話が良いかな」
明るい話って、どんなだろう。
「こうなれば良いのにな、って夢の話でも今日はしてみようか。ソウには、希望とかある? 僕は・・・体はもう随分元通りだよ。まだリハビリは続けてるし、身体の維持のためにも運動は必要だからこのまま続けようかなって考えてる。心の方だけど、こっちは、何が普通なのか、分からなくなっちゃったんだ。だけど・・・もっと安心して過ごしたいな。今でも十分幸せなんだろうって思うんだけど、いつか崩れちゃうんじゃないかっていう不安がいつまでも拭えなくて。・・・ソウ、知ってる? 世の中のだいたいのものは、一度分解されたものから作られてるんだ。それが、前ぶれなく壊れてしまうっていうんだ。ドーギーっていう人が、僕の、中央で仕事してた時のリーダーの人なんだけどね、その人が言うのには、一度も分解されてないものは、徐々にボロボロになるから、変えどきが分かるんだって。地図の話だよ。紙製なんだ。とても重要な地図だから、きちんと作られたものを使うんだって。分解物質で出来てると、急に無くなってしまうって。あ、地下はね、システムとか端末が全部使えないんだ。だから紙を使うんだ。まぁ、ちゃんとデータは保管してると思うんだけど・・・。持ち込んで地下に降りてる時に、地図が無くなったら困るよね。・・・本当に、怖いよね・・・」
「あ。やっぱり暗い話になっちゃったな。これって、僕が病んでるからなのかなぁ。こんな僕と一緒にいて、ユリは大丈夫かなって、また心配になるんだ。ソウはどう思う? ソウに悪い影響がでないと良いんだけど。もし悪い影響が出るなら、僕は来ない方がいいよね、本当に・・・」
心配になってじっと見つめるけど、やっぱり何の変化もない。
いつ、目を覚ますんだろう、と不思議に思える。
「明るい話をしようとしてたよね・・・こんな風になったら良いなって、いう話。・・・そうだなぁ。安心して暮らしたいな。ユリと明るく過ごしたい。僕も、家でできる仕事が良いな。でも、できれば外が良い。太陽の光があると、安心するんだ。やっぱり事故の影響かな。良いよね、ソウ、何を言っても。キミしか聞いてないし、僕の妄想だよ。太陽の光を浴びて、ユリと過ごして、子どもが、生まれたら良いな。・・・そういえばリクさんが、僕に子どもを作れって、結婚前に言ったんだよ。人類の最重要課題だって」
おかしくなって僕はつい笑んでしまう。
「リクさん、人類の課題にものすごく熱心だよね。研究者だからだよね、やっぱり。お仕事忙しいけど、リクさんにしかできない仕事もたくさんあるみたいだ。・・・羨ましいな。ユリも仕事してるし・・・」
と話して、ふと僕は気が付いた。
「話が飛ぶんだけど。なんだか、ユリが最近元気がないんだ。聞いても、大丈夫よって言うんだけど、なんだか辛そうで・・・。仕事がうまくいってないのかな・・・」
「ソウ。ごめん、明日僕、休んでいいかな。明日は、ユリについていてあげたい。僕はきみのお陰で元気になってるけど、ユリは、家に一人で、寂しかったりするのを我慢している気がする・・・。ごめん、ソウ。リクさんとソルトにも、僕は明日は休むって伝えておく。誰かここに来てくれたらいいんだけど・・・。誰も来れなかったらごめん。ごめん、もう今日は行くね。今日も話を聞いててくれて、ありがとう」




