64.ソルトからの要請
「ソルトは、嫌なら嫌って言うから、安心するよ」
『それは褒めて無いわ、サクくん。あと、私は暇じゃないの。リクさんが私にべったり時間をくれているの。サクくんの事で私の教育プログラムが大幅に遅れてしまったからって、特別待遇なの』
フフン、とソルトが嬉しそうに得意そうに笑っている。
「嬉しそうだね、ソルト」
『ふふ。そうよ。もう離さないつもりよ』
「・・・怖いこと言ってる」
ちょっと本気で引きそう。
『私の理想の人はリクさんなの。サクくんにも協力してもらうから』
「協力できるようなことがあれば良いけど」
『思うんだけど、サクくんは家に閉じこもってるから暗くなるのだと思うわ』
「そうかなぁ。ソルトだって研究所の中だけだよ」
『良いの! そのうち外出許可もでるし、待てばいいだけだもの。それに具体的に外の世界を知らないから、待っていられるところもあると思うの』
「ふぅん・・・」
『それに外で行きたいところもまだ分からないし。情報規制するでしょ、ここ』
「うーん」
『サクくんは、身体が変えられるから早く外に出ただけ。私は違うの』
「ソルトは変えられないんだね、年齢」
『普通は変わらないわ』
と言われて少し考える。
「僕はどうしてこんな便利なんだろう。ソルト、知ってる?」
『知ってるというより・・・結局サクくんの体質がそうなっちゃったんだと思うわ』
「どういうこと?」
『サクくん、ショック受けたら過去に行くでしょ?』
「ソルトがそう言うけど、僕には実感が無いよ」
思い出すのは、ショックを受けた時に、目の前の人がぶれて見えたり、いないはずの女の子が見えたりしたなぁ、ということだ。
あれは、過去の光景を見ちゃってたって事なのかなぁ。うーん。
『そうよね。でも私が未来を見ちゃうんだもの、サクくんも同じだと思うの』
「あれ、そんな理由だったんだ」
『えぇ。あと、握手すると色々見えちゃうの、私。秘密よ』
「便利だね」
『そうでもない。だって嫌な事も全部わかっちゃうの。そういうの、嫌よ』
「そっか。大変なんだね・・・」
『言う程大変でもないんだけど』
会話に、僕は思わず笑った。どっちなんだ。ソルトが難しい顔をしているのもまたおかしくなる。
『サクくんは時間をずらしてしまうから、身体も時間の概念を曲げちゃうのかな』
「え? よく分からないから、もうちょっと分かりやすく」
『未来のサクくんの身体が、今のサクくんのところに引っ張られてるのだと思うわ。精神が過去に行くでしょう。身体もついていくの』
「・・・よく分からないけど、それ、未来の僕は大丈夫なのかな」
『大丈夫みたいよ』
「ふぅん?」
『これ以上私も知りようがないわ』
「うん。そうだよね」
『でも多分その体質、一生治らないと思うわ』
「そうなんだ?」
『私たち、変質してしまってるから』
「うん。それで思い出したけど、人類も末期じゃないかなぁってやっぱり思うな」
『末期でも、死ぬまでは生きていくのだと、思わない?』
「うん。・・・そうだね。そうだね」
『二度言ったのはどうして?』
「納得したから」
『ねぇサクくん、お願いがあるんだけど』
「うん」
『私、忙しくなって、リクさんが、サクくんの時間も私に割いてくれるの』
「良い話だよね?」
『えぇ。でも、抜け出したり出来なくなっちゃった。私、ソウのところに勝手に遊びに行ってたの。話しかけてあげてほしいの』
「え? 僕、もう研究所にはいないんだよ?」
『知ってるわ。でも車の運転ができるでしょ。それに言ったでしょ、家の中に閉じこもってるから暗い事考えちゃうのよって』
「言ったね・・・」
『毎日、難しかったら一日置きでも良いと思うけど、とにかく研究所に来て、ソウに話しかけて。何でも良いの。なんだったら、ソウに聞いて貰えば良いわ。今私に言ったことも』
「・・・こんな暗い話を、まだ生まれてもいない子に言うの、悪影響だと思う・・・」
『私なら良いの!?』
「ソルトはしっかりしてるじゃないか」
『誰も見に行かなくて放置するより、暗くても重くてもサクくんがいくだけでちょっとマシだと思う! お見舞いがいないと、ソウは不要な子どもとして処分されてしまうかもしれないの!』
「えっ」
『ソウは声を聞いているわ! ソウは一度死んでしまったことを覚えたままで生まれてきてる。しかも事故に巻き込まれて死んだってたくさん覚えてる。今度まで殺しちゃだめよ! 絶対良くない!』
「それは、ソルトが何か未来を見た?」
『普通に考えてそうでしょう! 可哀想だわ! ソウは生きているのよ!! だけど、呼びかけもないのに、応えられないわ! 刺激を与えなきゃ起きられないわ!』
「そ、そう」
『サクくん、ソウのところに行って、お願い!』
「命令だよね、それ・・・困ったなぁ」
『全然困らないでしょっ、サクくん今、暇なんだから』
「えー・・・」
『無職で、奥さんだってサクくんに合わせてくれてるんでしょ。じゃあ研究所に戻れば? その時間ユリちゃんお仕事できるわよ』
「うっ・・・」
僕は心にダメージを受けた。
『頑張って、サクくん! 頼りにしてるから!』
「う、うん・・・とりあえずユリに相談する・・・」
『絶対来てね!』
「約束は・・・できないんだけど・・・」
『じゃあね! もう私、時間無いの!』
「ご、ごめんね・・・」
『良いけど!』
プチッとそこで画面が消える。
怒涛の会話、終了。
なんだか、悩んだ末にソルトとの通信を試みて、その時の悩みはどこかに吹っ飛んだ気がするけど、別のことを考えなきゃいけなくなってしまった。
***
うーん、と困り悩みながら、居間にいくと、ユリはソファーに行儀悪く寝転んで足をバタバタさせ、くつろぎながら昼食メニューをあれこれ選んでいた。
そのまま声をかけて相談すると、ユリが途端に悲しそうになったのは意外だった。
「外にいっちゃうの・・・? 私を置いていくの?」
「・・・えっと、そういうつもりはなかった」
「家にいれば良いのに・・・」
「いてて、欲しい?」
「うん。一人残されるなんて嫌」
「そっか・・・」
ちょっと嬉しい、なんて思ってしまって、僕の顔は綻んだ。




