63.日常の中の悲観
「思うんだけど、ユニもフィンも、僕よりユリの命令に従うよね?」
「名付けた人が強くなるの」
「えっ、聞いてないよ」
「うん、言ってないの。早い者勝ちよ」
「ずるいよ、じゃあ、1体ずつにしてくれたらいいのに」
「だってサクなら許してくれるかなって思ってたの」
「・・・良いけど・・・・」
AIがトレイに載せて持ってきたホットレモネードを二人ソファに並んで座って飲んでいる。
どうして、暖かい飲み物ってほっと安心するんだろう。
ユリがおかしそうにクスクス笑っている。
「1体、サクも欲しい?」
「・・・別に今のままで良いけど・・・」
「拗ねないで」
「拗ねてないよ・・・でも・・・うん、拗ねてるかもしれないけど、やっぱりいらないから、2体ともユリで良いよ」
「本当に?」
ユリが少し笑いながら、本気で僕に確認してきた。
「うん。人型のAIなんて今まで使ってこなかったし、僕は家のシステムだけで十分だから」
ユリがおかしそうにクスクス笑った。
「欲しくなったら言ってね。設定も変えられるのよ」
「え、そうなの?」
「えぇ」
「なーんだ」
「変更して欲しい?」
「ううん。ユリが使えば良いよ」
「ふふ」
ユリが嬉しそうに僕にもたれかかってくる。
久しぶりに安心、ちょっとホッとした。
その日は、2人で、飲み物のじんわりした暖かさに浸るようにのんびり過ごした。
***
疑いを持ちつつであったのに、毎日、カウンセラーに話すことは、僕のストレス解消になっているみたいだ。端末越しだけど。
精神安定剤や睡眠薬も投与されているのもあるけど、夜中の発作は収まってきている。
だけど、心の奥底に不安のよどみが溜まっている事を、自覚している。
ふとした時、しかも、まだ日中でさえ。
僕はぼんやりと、この世界全体の事を考えてしまうようになっていた。
この建物も、町も、世界全て。
分解されて再構築された世界。
いつか前ぶれなく崩れると、僕は知っているし、信じている。
僕たちの生活の世話を焼いてくれる人型AIのフィンやユニも。今使っているテーブルも。椅子も。モニターも。着ている服も。壁も、道具も、システムも、家も、全て。
全てが崩れる。
この町には地下があるんだろうか。ここにも地下に捨てられた町があったなら。全部地面に落ちてしまうんだろう。
全てが崩れて、でも人間だけは残されて。
でももう生きていくことはできない。食べものも全部細かな粒子に戻ってしまうのだろうから、食べるものがきっとない。
助けを求めようにも、人間が団結しようにも。連絡手段も移動手段も全てが崩れる。
人間は、もたない。
死んでしまうんだろう。全滅だ。生きていく環境で無くなるのだから。
人間が死んだら。
僕は、ユリからの命令で、僕に今日の昼食の希望を聞いてきたフィンの持つメモに、ペンで書きこみながら、ぼんやりと思う。
ちなみに、端末でやりとりすれば一瞬なのに、僕が初期に『カウンセラーと端末越しなのは意味があるのかな』なんて言ってしまったことを覚えているユリが、こんなアナログな手段を好むようになった。
まぁ僕も、近くにいるからこそできる、この伝言ゲームが楽しいけど。
『奥様にお伝えしてきます』
と移動していくフィンの背をみながら、思う。
僕たちが死んでも、システムがまだ残っていたら、ずっとメンテナンスしながら、AIたちは動いているんだろう。
この家だって、長く空き家だった。
いつかくる主人たちのために、メンテナンスだけ続いていた。
もし人間がもっともっと減ってしまったら。人間がほぼいないぐらいになったら。
この世は、一体なんなのだろう。
主人のいない状態で、システムだけが動き続ける。
人間がいない方が、長く保つんだろうか。
いつかくる崩壊も、自己メンテナンスの技術でカバーできたなら、ずっとその世界だけ残るんだろうか。
僕は、思っていた。
きっと、人間は、人類は、死ぬんだろう。
個人が生まれて死ぬように、人類も、もう死ぬ段階に入ったのじゃないだろうか。
今僕たちは、必死で延命治療を施している。
研究所で人間を生み出すのはその対策の一つ。
中央で地下から資源を取ってくるのもその一つ。
AIの方が、システムの方が、人間より肥大化しているのも、そんな状況を表す一つ。
僕は、精神強化型だ。幸福感強めシリーズ、だとか。
精神的に強いはずの僕が、こんな風に思うのなら。
世の中は相当末期なのじゃないだろうか。
僕たちより年上のドーギーたちは、身体強化型ばかり。あのチームはそのタイプが向いている人たちが集まっていたけど。
一方で、生きていくなら、単純に身体が強い方が良い。生命力にあふれている。
僕はケガをするけど皆なら大丈夫、というラインが何度も示されたから思ったけれど、生き残るなら、身体が強い方が良い。
なのに。
僕はあえて、精神の強さの方を求められた。
つまりその方が人類に必要と判断されたのだ。研究所で、人間を生み出すチームのメンバーがそう選んだのだ。
僕も、ソルトも、精神強化型。
そして僕なんか、幸せを人より感じ取りやすくなっている。
だったら。
研究所のみんなも、感じている。
もう人類は死んでいく。
生き残る強さより、幸せに死ぬための強さが必要だと感じたんじゃないだろうか。
僕は、人類の安らかな死のために、幸せを少しでも増やすために生み出されたんじゃないのだろうか。
***
「・・・という悲観的な事を考えてしまって、つい、大丈夫なのかなって心配になって。リクさんは忙しいし、ユリに言って暗くさせたりするのは本望じゃないし、繋がらないかなと思ったんだけど、ソルトに」
『研究所外部からの初めての通信がこんな重いテーマだったなんて嫌になる』
僕より随分年下なのに、同い年ぐらいの風格を持って、端末の画面越しにソルトがため息をついた。
ちなみに、ソルトにとってはとても残念なことに、この前、個人端末を、研究所内だけのお子様モードから、外からの通信もできる大人モードに変えてもらったばかりだったそうだ。




