62.自己嫌悪
メンタルケアも開始された。
リハビリの合間、決められた時間にカウンセラーと、とりとめもない話をする。
とはいえ、僕は夜に強烈な不安を覚えるようで、つまり昼間は自覚もない。大丈夫な時間に話していると、これが役に立つのかと、少し疑うように思ってしまう。
それに、端末越しなのだ。カウンセラーとは。
メンタルケアは、AIでは解決できないと言われている。
ある程度までは良いらしいけど、カウンセリングを受ける側が『これは人間じゃない、AIだ』という認識を強くしてしまうと、そこから効果が得られない。
とはいえ、実際こんな風に受けてみて、端末を通すなら同じなんじゃないかと、思ったりする。
人の心を直すには人しか無いのかもしれない。だけど、それは画面越しでは、AIと変わらないのじゃないだろうか。
なんて思うのは、僕が普通の人より、多くの人たちと過ごしたからなのだろうか。
という不安を、ユリに聞いて貰ったら、ユリは一つ決断を下してしまった。
つまり、ユリはお仕事の時間を極限まで抑え、基本的に僕の傍にいてくれるようになったのだ。
僕はとても動揺した。
ユリにとって、僕はものすごく負担なんじゃないだろうか。
***
『そうなのですね。そうしたいと奥様が決められたのですよね。それに、サクさんは、対面しての会話がサクさんの回復に必要だと感じておられるのですね?』
「はい。だけど・・・妻は仕事を頑張ろうとしていたのに、僕のためにまた止めてしまって・・・」
『罪悪感を持つのですね?』
「はい・・・」
『そうですか。その気持ちを正直に認めていることが大切ですよ。何でも聞きますよ』
「はい・・・」
確かに、聞いてもらうと少しは不安が晴れる。だけど根本的に解決しない気がする。
『私以外にも、相談できる人がいれば、色んな方に話を聞いてもらうのも良いですよ』
「はい・・・」
『相談できる方はおられますか?』
「それこそ、妻と・・・。あとは、僕の保護者ですが、きっと忙しくて・・・」
『そうですか。ではまず、奥様とゆっくりお話されてはいかがでしょうか』
「はい・・・」
***
カウンセリングを受けているのに、なんだか日々暗くなっていく僕を、ユリはとても心配した。
とはいえ、ユリが僕を心配して、本来したかった仕事まで止めさせてしまっている事に滅入ってしまうのだ。
でもカウンセラーの言う通り、この気持ちを言うべきなんだろうか。
最近自分の判断がよく分からない。
ユリを困らせたり傷つけたくない。それで僕を嫌にならないかすごく気になって、つまり結局そういうことなのだ。僕は、ユリに嫌われたくない。だけど僕がこんな状況で・・・。
ユリに相談した方が良いか、誰かに相談したい。
リクさん。忙しい。
じゃあ・・・端末で話せるなら、中央でお世話になった、ドーギー。・・・彼もきっと忙しい。
じゃあ誰。
一瞬、ユリの友人の蒼のことも思い出したけれど、ユリの方の友人に、そんな打ち明け話はできない・・・。
「サク。お願いよ、思いつめないで」
顔を上げると、ユリが真剣な顔をして僕の顔を覗き込んでいた。
ユリも少し暗い顔だと思う。僕がそうさせてしまっている。
どうしたら良いんだろう。
僕の、ユリに嫌われ始めているのではという心配を棚に上げて、表面的なところだけ、話そうとした。
「ユリも、疲れてるのかなと、思って」
「・・・サク、私の心配はしなくて良いのよ?」
「するよ。気になる」
「・・・じゃあ、何を、気にしてくれてるのか、教えて?」
ユリが僕にはれ物に触るみたいに気を遣っているのをみて、泣きたくなる。
だけどそれは言えずに、事実だけ口にした。
「仕事、止めさせてしまってるのが、気になって。ごめんね」
僕の言葉に、ユリは表情を和らげた。
「大丈夫よ。AIがサポートしてるから、抜けても大丈夫なの」
「ごめん・・・」
「どうして。サクが謝る事じゃないと思うの」
「・・・僕が、足を引っ張ってる」
「そんなこと無い」
ユリが心配そうにじっと僕を見ている。
僕は俯いた。
「・・・僕じゃなかったら、ユリはもっとやりたいことを順調にやって、良かったかもしれない」
不安の奥の方から出てきた言葉に、ユリは一瞬動きを止めた。
言ってから僕は焦った。
ユリが僕がお荷物だという事実に、今の言葉で気づいたら。言わなければ良かった。
怖くなってから、ユリの少し茫然とした顔を見て、視線を逸らす。そのまま別室に逃げてしまおうと思った。
「待って!」
と言われたけど、足早に移動する。
「ユニ! サクの足を止めて! 捕まえて!」
「えっ!」
『かしこまりました、奥様!』
シュン、と人には無い動きで、人型AIの一体、ユニが僕を拘束した。
力が強い! ユニの腕がはずれない! 無理!
ジタバタしているのを、ユニに持ち上げられて、ユリの前に運ばれる
『旦那様を捕まえました、奥様』
「ありがとう。そのまま捕まえていて? フィン、暖かい美味しいものが飲みたいの」
『なにが宜しいでしょうか? ホットレモネードがフィンの最近のお気に入りです』
「まぁ、良いわね」
「え、AIに最近のお気に入りとかあるの?」
状況よりもそんなことに僕は驚いた。ユリは僕に向かってコクリと頷いた。
「えぇ。私のお仕事で、皆の消費傾向が分かるでしょ。最近人気のもののデータをAIにも取得させてるのよ」
「・・・えっ。それ、職権乱用じゃないの?」
「良いの。だってそれぐらい大目に見てもらえるって聞いて、このお仕事良いなって思ったの」
「・・・」
「他のお仕事も、色んなメリットがあるのよ?」
ユリが真顔で首を傾げて僕を見る。
うん、と僕は頷いた。ユニに拘束されたまま。




