06.お試し期間
1週間。
奇跡だ。僕はユリと毎日会う事になった。
卒業直後で、ユリたちは1ヶ月の自由休暇期間が与えられている。その間で、社会人として働くために移動先の準備を整える。
そして僕はスクールバスの運転手をしているけれど、次に新しく学校に入る子どもたちの受け持ちになり、新しいスタートまで1ヶ月間フリーになった。
というわけで、僕は全力で1週間のお試し期間を成功させるべく考えた。
本人から教えてもらった連絡先に、この近所で見どころのある場所を調べて送って、出かけることに成功。『茜ちゃんや蒼くんも一緒で大丈夫』とも書いたし、車の運転に慣れている事は大きかったと思う。
なお、僕の担当者は割引券などをくれたから、僕の周りも応援してくれているのだろう。
「きみが幸せなら僕も幸せー。僕のやりがいだねぇ」
と担当者がしみじみと言ったのは本心からで、僕もしっかり頷いた。
一方で茜と蒼は、一度も一緒に来なかった。二人とも心強い味方をしてくれただけに、僕は驚いて少しがっかりした。
初日にユリはとても緊張していたようなのに、僕がユリ一人だけだと知った時の驚きと落胆を見て取り、なぜだか少し安心した。
「私一人だと困る?」
「あ。いや、そうではなくて。緊張するから」
「お互いに」
「・・・はい」
僕に向けて笑ってくれたので自然と嬉しくなる。
「でも、実は監視役を預かっているの」
とユリは言い、宙にクルリと輪を描いた。光を反射させて、透明色の小型ドローンが現れる。
ユリが首を傾げて僕を見る。
「うん」
と僕は頷いた。
「お試し期間だから当然だと思う」
僕の答え方に、ユリは不思議そうな顔になって、それから柔らかい表情に変わる。
初日はお互い緊張しているのが分かった。少し離れた距離で、だけどお互いを意識している。
景色を眺めたり。
空を眺めたり。
美味しいものを食べに行ったり。
毎日会ううちに、ユリが嬉しそうに笑ってくれるようになった。緊張が解けて安心してくれている。
僕も嬉しい。
「サクさんは良い人ですね」
とユリが笑う。
僕は目を細めた。心から嬉しいと思う。
「僕は、頼りがいがある? 頼りになるのは好き?」
「はい」
良かった、この姿で、と僕は思った。ユリはレオが好きだから、きっと頼りがいのある人が好みなんだろうと思っていた。
一方、答えてからユリは照れたらしく、顔を赤くして立ち止った。それを見た僕も立ち止まる。
蒼の言葉が蘇る。『変な事は禁止』。
未だにドローンは透明化して僕たちを監視中。
だけど変な事とは具体的にどこまでを指しているのだろう。
僕の担当者に言わせれば、手をつなぐなんて変な事でも何でもない。スクールバスの生徒たちだって当たり前に小さな頃からやっているだろう、と。
つまり、手は繋いでも、許される?
ユリはそれを嫌がりはしない? 真実大事なのは、ユリが嫌がる事をしてはいけないという事だ。
そっと慎重にユリの様子を伺いながら、片手を握った。ユリは驚いたようだが、さらに顔を赤らめたようだ。つられて僕の顔も赤くなる。
「かわいい」
と心だけで呟くはずだった言葉が声になって、僕は思わずもう片方の手で口を押えた。
一方で、ユリが僕の零れた本音に驚いたのが手からの動揺で伝わってきた。
恥ずかしさを押し切ってユリを見つめ直すと、どこか茫然と僕を見つめている。
本当に? とユリは思っているようだった。
僕は目を細めた。
だから僕はユリと一緒にいたいと思ったのだ。きちんとユリに伝えたかった。
「きみは、とても、性格が良くて、優しくて、思いやりがあって、その上に綺麗だしとても可愛いと思う。運転手していた僕が言うんだから、間違いないよ」
まるで子どもみたいに、ユリは見ている。
「僕は本当は第三者でいるべきだった。でも、きみは素敵だって伝えたくて、それで・・・」
バスの屋根なんかに上ってしまったんだ。ちょっと頭がおかしい人みたいになって。
思い出した流れに僕は言葉をつい濁し、つい最近の自分の奇行に赤面して目を泳がせた。
そんな僕にユリは不思議そうにしてみてから、クスリと笑った。
「あなたは、とても勇敢で大胆」
「バスの上に登ってしまったのは、自分でも驚くよ。目立ちたかったんだ」
「そうね、どちらかというと、サクさんは人を助けたり、サポートする人に思っていたのに」
「大胆だと・・・変?」
僕はユリの好みを探ろうとして、ユリは首を傾げて少し笑った。
「勇気はあるの、良いなと思う。そのお陰で、私はサクさんと出かける事になったもの」
僕は力づけられた。
「1週間過ぎても、僕の恋人でいてくれる? 今はお試しだって理解している。でもどうか」
と頼んでから、ユリが不安なのではと心配になって付け加えた。
「断りたいなら断って。その方がきみのためだから。絶対、二度と連絡なんてしないし、ストーカーみたいなこともしないから」
ユリはじっと僕を見た。
「・・・これきりで会えなくなるのは、私は嫌だわ」
寂しそうに拗ねたように、僕が握った片手を、ギュッと握り返してくれる。
それは、友達としてならば良い? いや、多分。
ユリをじっと見つめている。ユリは恥ずかしそうに顔を伏せていたのを、僕を見上げる。
「これからも、私の隣に、いてくれる?」
「もちろん!」
僕はつい、ユリを抱きしめた。
ビーッ! ビーツ! と、透明化していたドローンから警報が鳴った。
抱きしめるのは駄目だったらしい。
慌てて放そうとしたら、
「良いのよ、良いのに」
ユリが消えそうに小さな声で言い、焦ったようにドローンにも訴えた。
「もう良いの! お願い、良いの!」
警報が止まった。
「・・・これ、誰が見ているの? AIじゃないよね」
「茜と蒼くんが、映画みたいにして見てると思うの・・・その、心配してくれてるの」
「うん。でも、最近の若者はすごい趣味を持ってるなぁ」
「・・・」
ユリがじっと僕を見ていた。何だろうとユリを見つめた。
「サクさんも十分に若いでしょ。二十五歳なんだから」
「え。う」
僕は動揺した。
嘘は言いたくない。
いつ、僕は僕の事を告白しようか。
僕の動揺に、ユリが気づいてじっと見つめる。真剣だ。
「あの、待って」
とユリが言った。
「まだお試し期間中でしょう? 大切な話なら、二人きりの時に教えて欲しい」
その方が、僕は嬉しい。
でも、良いんだろうか。お試し期間中に告げなくても。
「大切な話でしょう。良いの」
とユリが僕に少しもたれるようにしたので、僕はカァと赤らんだ。
「ありがとう」
僕の答えに、ユリが、
「ううん。こちらこそ」
なんて言う。
ユリは、とても優秀で、僕の内面を察するのも、きっと得意だ。
そしてとても思いやり深い。
お試し期間で断られなくて良かった、と僕は思った。
宝物を、手にできたように僕は思った。
バスの運転手としてはイレギュラーな事だと思うけれど。
ユリが好みそうだと勝手に想像して、物語のように片手を恭しく持ち上げた。
「僕は、ユリさんを大事にします。生涯隣にいてください。愛しています。僕と結婚も視野に入れてつきあってください」
「・・・はい」
丁度風が吹いてきて、散らばる長い髪を片手で押さえるようにしながら、ユリは嬉しそうに答えをくれた。
女神が僕に微笑んでくれたと、僕は思った。