58.ソルト
「夢に私が出てきたの?」
とソルト。
そして、僕に尋ねてから、僕の返事を待たずに言葉を続けた。
「何を見たのか、聞きたいわ、サクくん」
興味深そうににこりと笑う。
「私も・・・聞きたい」
とユリも戸惑ったように心配そうな声を出した。
「うん」
「でもサクくん、長話は禁物よ。まだ十分に回復してないのだもの。手短にね」
「あ、うん・・・」
ソルトには勝てないなぁ、なんて、なんとなく僕は思う。
僕はユリを向いて安心させるために笑んでみせた。
***
とてもハッキリとイメージを見ていたと思う。だけど、いざ思い出して話そうとすると、とたんに不明瞭になってしまう。
「地面の下にいた。誰かが声をかけてくれるけど、通り過ぎて行ったんだ。だけど・・・えーっと、声をかけてもらって・・・最後に助けてもらったような気がする。変な部屋にいって、時間が重なったとか」
「良く分からないわ。さすが夢ね」
とソルトが感心したように相槌を打った。
「私の登場はまだ?」
「うん。ソルトが出てくる前に、たくさん、他の人たちが出てきて、うん、僕の手をひいて、階段を上ってくれたんだ」
「地下に落ちていたからかしら」
とソルトが少し首を傾げてみせた。冗談めかして。
「それで、その人たちが、ソルトの事を知ってるみたいに言うんだ。ソウ・・・ソウの事を、言ってた」
「ソウ? それは相槌の『そうそう』じゃなくて?」
「ソウくん、という意味だよ」
「私たちの弟のソウ。ね」
ソルトが嬉しそうに笑った。何かありそうに僕は思った。
「かな。それでね、階段を上って、雲の上に出たら、透明なソルトが、『ここから先は駄目だ』って。僕は雲の中に倒れて、それで気が付いたら・・・目が覚めたんだ
「・・・」
ソルトが真顔になって僕を見つめた。
喉が渇いた、と思ったら、AIが天井から水のチューブを出してきたので、ユリが気づいて手を添えて僕の口に誘導してくれた。ありがとう。
ソルトは僕たちの様子を少し見やり、また真顔で首を傾げた。
水を飲み終わってから、僕とユリで、ソルトを見つめる。
ソルトはじっと僕たちを観察していた。
僕たちがじっとじっと待っていたから、ソルトは心を開いたのだろう、きっと。
「私。知っていたの。見たの。サクくんが過去を見るように、私は未来を見てしまうの。でも、リクさんにも教えていないわ。秘密よ。良いわね」
何を言いだしたのか、分からなかった。だからすぐに動けなかった。
僕とユリが、とっさに反応できなかったことは、ソルトにとって、良かったのだろう。
また続きを口にしたのだから。
「無事なら、私たちはまた会わなかったの。だけど死ぬほどのことが起きた。リクさんが慌てて全て放り投げて中央に行ってしまったから」
そこで一旦口を閉じて、ソルトは大きな目を伏せた。
「悪い未来が訪れたのだと、分かったのよ。だから私、ソウに祈ったの。リクさんがいなければ、私たちに接触する人はほとんどいない。放置されたままでしょう。好きに抜け出して、ソウの部屋に行ったのよ。サクくんは、きっと、過去に行ってしまうわ。だから、ソウに頼んだの」
「ソルト。意味が、よく分からない」
僕は声を上げた。
ソルトはまた目を開けて、僕を見た。ユリも。
「私しか知らない事よ。リクさんにも言っていない。サクくんは、ショックを受けると、過去に戻っているの。戻った時に、時計に影響が出る。私は、同じシリーズで作られたわ。似ているの。私は、未来を見てしまう。サクくんが、ショックを受けるような事なら、きっと過去に行ってしまってる。戻ろうとして、間違って、未来に行かないように願ったわ」
「・・・つまり、サクを助けてくれたの? ソルトちゃんが」
「えぇ。私が、ソウに頼ったの。ソウに、サクくんは会ったこと無いのね」
「うん」
「当然よ。ソウは、失敗作だと言われてて、目を覚ましたことが無いの。私がリクさんに、生きているから引き取ってと、お願いしたわ」
「え?」
「サクくんが見たのは、夢では無く、サクくんが過去に飛んで見てきたことよ」
「えー・・・」
「ソウが目が覚めないのは、大勢の意識が残っているから。ソウは、大勢の結晶なの。身体も全て、死んだ人間を再利用したから、弊害が出たの。大勢に変化を与えた事件で、死んだ人たちの組織を分解して、人間の組織を作り直した。だけど、意識が残ったの」
取りつかれたように話すソルトを、僕もユリもあっけにとられたように見つめている。
止められないし、止めてはソルトに悪い影響を与えるのでは、という恐れさえ感じた。
「だからソウは自分の統合に時間がかかってる。だからまだ目を覚ますことができない。だけど私たちの声は聴いているの。だから、私はソウに頼んだの。大勢が集まっているのだもの。ソウになるまでに、生きていた時代を探して、サクくんを見つけて助けてって。全ての記憶を使って、探してって頼んだの」
少し、僕の見た夢にソルトが言う内容が近づいた気がする。
僕は気を引き締めるようにソルトを見つめる。
「ソウが助けてくれたの。御礼を、言わなくちゃ」
ソルトはじっと僕を見て、事実を確認するようにそう言った。
「・・・僕も、御礼を言うべき、だよね。僕もソウに会えるかな」
どこか緊張をはらみながら、僕はなんとかソルトに思考に添えるように、返事をした。
ソルトは美しく笑った。まるで空に浮かんだ透明な光みたいに。
意識を失っていた時に見た、ソルトのイメージをつい重ねてしまうぐらいに。
「私から伝えておくわね。ソウのところに行ってくる。サクくんは、動けないから、私が伝えておいてあげる」
ソルトは満面の笑みで、軽やかに部屋を出て行った。思い立ったら、すぐ行動、の見本のようだ。
「・・・不思議な、妹さんね・・・?」
「そうみたいだね」
取り残された僕とユリとで、視線を合わせて、呟いた。




