55.見舞い
体が動かないのはとても辛い。
動きたい。いつ。元のようになれるんだろう。
そういえば、元に戻ると信じてきちんと聞いていなかった。このまま寝たきりになったらどうしよう。
早く聞いておけばよかった。どうしよう、このままだったら。そんなの嫌だ。
戻らなかったら。
どうしたら良いんだろう。
じゃあ、どうすれば良かったんだろう。
どこで、どうしておけば、良かったんだろう。
僕が、ガドルを頼りにしなければ良かった? 始めから。
他の人たちともっと一緒にいれば良かった?
頼ったことも、ガドルにだけ相談したようなことも、すべて。話さなければ良かった。
距離をあけてそのまま、詳しく言わずに消えれば。そしたら突き落とされるなんてことにならなかった。
「う・・・」
今更と分かるのに後悔ばかり浮かんでくる。
関わらなければ良かった。そうしたら、今頃はもう中央を離れて新居での暮らしが始まっていた、きっと。
「ぅ・・・」
でも僕は絶対仲良くなってた。先の事を知らないから。夕食にだってドーギーのアドバイス通りに、週に一度はあの店に行く。そしたら色んな話を聞いて、僕はきっと打ち明ける。
打ち明け話がまずかった?
そんなの無理だ。
聞かれて答えて、きっと同じだ。
ガドルがそばにいなくても。
ガドルは。
無口なのに僕が子どもだからと気にして保護しようとして。
それに甘えたからこうなったのか。
でも甘えたんじゃない、だって、ガドルは、保護したくてそれを認めて貰おうとしていた。だから受け入れた、ガドルは、僕の保護者のような立場をチームの中に得ようと・・・。
あぁ、だから。
僕がいなくなることは、とても大きな事だった。とても大きな穴が空く事。
わかってた。
ガドルは無口で、他の人とはあまり話すこともなかったから。
ガドルは僕を保護していたけれど。
ガドルは僕を頼りにもしていた。
だけど。
「・・・」
仕方ないじゃないか。
もともと、僕は数ヶ月だけ中央で働く予定で、終わったら帰る予定で。
分かっていたことだ。
ガドルだって分かっていた。
分かってたはずだ。
***
せめて。
『新居に遊びに来てください』と。
無理だと分かっていたから言わなかった。
守られない約束を告げたくなかった。心残りになる言葉を残したくなかった。
だけど、僕は言うべきだったんだろうか。
嘘になると思いながら、調子のいい建前で。また会いましょうと。
僕は、薄情だと、思われていたんだろうか。
***
「サク坊。どうだ」
チームの人たちが、代表だと言って、3人、ドーギーについて僕のお見舞いに来た。
ちなみに、事前に連絡が来ていて、ユリについては、『私の両親だってまだサクに会えないのに』と怒っていたが、僕の会いたい、という希望を汲んでくれている。
ちなみに、ユリのご両親には未だ面会謝絶になっているのは、僕が年齢を変える事ができない状態なのが原因だ。今、僕は16歳の姿のまま。身体も動かないぐらいなのだから、年齢を変えることができないのは仕方ない。ご両親は、僕の本当の年齢と姿を知らないでいる。
「ありがとうございます。少しずつですが、上半身から動く様になってきてます」
「そ、そうか・・・」
辛そうに気の毒そうな顔で僕を見て、動揺した声を出したのは、僕を一番に発見したというガーホイ。
「何か食いたいもの、持って来てやるから、リクエストしろや」
と言ったのは、僕が最後に地下に潜った日に一緒にいた、ゴロウ。
「あと、これ差し入れだ」
開けて見せた中には、小さなオレンジ色の丸い果実。
「キンカンだぞ。本当に木から収穫したホンモンだ。くえ、絶対こっちのがうまいから。皮ごとだ」
「ゴロウが、絶対キンカンだって聞かねぇんだ。サク坊は皮ごとなんて食えねぇだろって言ったんだけどよ」
とは、もう1人、僕の見舞いを腕相撲で勝ち抜いてしまったというシルヴェがどこか呆れたような苦い顔をしている。
ちなみに、リクさんもユリも別室で僕たちを監視している。
リクさんは、僕以外の研究所出身の人間に会うのを避けたい、と言っていた。いろいろあるらしい。
ユリは、僕の事を心配そうにもしたけれど、とても怖そうに不安そうな様子に見えたので、リクさんと一緒に一時退出をしたらと勧めたのだ。
多分、チームの皆もその方が話しやすいような気もするし。
「まだ硬いものが食べづらくて、でも少しずつもらいます」
「おぅ。そうしろ。ほらみろ、サク坊は喜んだじゃねぇか」
「気を遣わせてんじゃねぇか、ガキなのによ」
ゴロウとシルヴェがワイワイ騒ぐ中、ガーホイがやっぱり辛そうに僕をじっと見ている。相当ショックを受けている様子だけれど、どうしようもできない。
「サク坊。この後の予定はどうなってるんだ」
3人を連れてきたドーギーが聞いてきた。知っているはずだけど、と思ったけれど、ガーホイとゴロウとシルヴェが僕をじっと見たのに気づいて、そうか、3人は僕から直接聞きたいんだ、と気付く。
「高速移動に耐えられるぐらいに回復したら、研究所に戻って、治療をしてもらうことになってます」
「どこまで回復したら耐えられるんだ?」
とはゴロウ。
「チューブとかは持ち込めないから、身体についているチューブが少なくとも3日間外れていても良いぐらい、だそうです」
「・・・サク坊、身体が弱いからなぁ・・・」
しみじみとガーホイが泣きそうに呟く。
「いえ、皆さんが丈夫で、僕が普通じゃないかと思うんですけど・・・」
「まぁそれはそうだな」
***
もうそろそろ帰ろう、という段になって、勇気を出したように、シルヴェが尋ねてきた。
「サク坊、お前、あのよ、その、あの、なんだ、ガドルのこと、その、どう思ってる」
シルヴェは硬い顔になっている。僕も表情を硬くした。
ガーホイは感情が動きに出るタイプらしく、分かりやすく動きを止めてしまった。ゴロウはせわしなく目を動かして不安そうになった。




