53.会話する
ユリは怒った様子を抑えていなかった。
「サクは、聞きたくない?」
「・・・分からない」
どうしていいのか分からない。聞きたいけれど、会いたくないとも思う。
突き落としたのは間違いないと思う。
親しく思っていたのに。
裏切られた。
聞きたいけど、聞きたくない。怖い。嫌だ。
「サクが無理なら、私だけで聞くわ」
「悪いが、こっち側で状況を調べてるから、奥さんは会えねぇ」
と困ったようにドーギーが口を挟んだ。
「そんなの変です」
とユリはキツイ口調で言った。
「私たちには、聞く権利があります。サクをこんな風にしたくせに。重大な犯罪だわ」
「直接対面ができないだけで、画面越しなら可能でしょう」
とリクさんがガドルに指摘した。ドーギーは困った顔をした。
リクさんはさらに追撃した。
「あなたの端末なら、今ここで、ガドルと繋ぐことができるはずだ」
「おい、落ち着け」
「落ち着いている。どうして事態の解明を先延ばしにしようとするんだ」
「口を割らねぇんだ。俺からも他からも何度も聞いてる」
「なら、例えばユリちゃんが聞いたら答えるかもしれない。僕でも。サクが希望するならサク本人にも。とはいえ、サクの心的負担を考えると、僕はサクには会わせたくない。どれだけの事をしたと思ってるんだ。こっちは殺されかけたんだ。ほぼ殺されたと同じだ。生き返ったのはギリギリで、ずっと警告ラインから動かなかった。それほどの事をしておいて何も答えない? 甘ったれるのもいい加減にしろよ!!」
僕は驚いた。リクさんが脅すように怒りを表している。
こんな風に怒られたことが無いので動揺する。
ピピッと音が鳴ってなんだと思ったら、僕の状態を計測する機器からの警告だった。
『クライアントに負担をかける行動は慎んでください。鎮静剤は必要ですか?』
「いらない」
苛立った声でリクさんが答える。
「サクは、会いたくない? 一緒に会いたい?」
ユリが僕に硬い声で聞いてきた。
「私、多分とても酷い事を言うと思うから、一人で画面越しに会いたいの」
「・・・う、ん・・・」
「一生会わなくて良い、サク」
とリクさんが口を出してきた。
「・・・一生と言われると、それは、嫌だと思います」
と、僕は自分でも困りながら、そう答えた。
「集団非難になるぞ。何も言えねぇやつを何人もで責め立てたら、碌な事にならねぇよ。ただの応酬じゃねぇか」
「ならあなたがそっちのフォローに回れば良い。そうしたらそちらが2人。僕は参加しない。だからサクとユリちゃんで2人。それでイーブンじゃないですか」
「・・・ガドルにも同意が必要だ」
「そんなもの。同意なんてない。義務だ」
ドーギーとリクさんが硬い口調で言い合っている。
「私、一対一で聞きたいんです」
ユリの決意した声は少し震えていた。緊張?
「だから、お願いがあります。全員、別室で自分の端末を使用しましょう。集団会話です。だけど、私は相手と一対一での会話を望みます。途中で他の方は離席して欲しいんです」
「それは、画面は消して、会話は聞いているのもダメ?」
とリクさん。
「嫌です」
「それは、どうして?」
とリクさん。
ユリは少しじっと黙り、それからリクさんを睨むように見上げた。
「私がとても、攻撃的になるからです。だけど、責められて当然だと思います。私は妻なんです」
「おい」
「嫌です」
とユリはドーギーが口を出したのを最後まで言わせず制止した。
「心身に異常が出れば警告が出るように設定すれば良いです。そうなれば強制的に中止。そこまでなれば仕方ありませんから」
ドーギーが困ったように僕を見た。
僕も、皆がどんどん話を進めるので、口も出せずに様子を見つめているだけなのだけど。
きっと、僕の意見を聞いてきたのだと思ったから僕は言った。
「どうすれば良いのか分からないので、だけど、ユリの案で良いのかもしれないと、思います」
「・・・そうか」
と、ドーギーは言った。深くため息をついて、どこか宙を睨むようにした。
***
話が決まったら早かった。
僕たちは全員別室にそれぞれ移動して、そこから自分の端末を使って皆と同時に会話できる設定にした。
とはいえ、僕はまだまだ回復途中のようで、皆がいったん別室に移動した途端、少し気が緩んで眠気に襲われた。
駄目だ。ガンバレ。
と呪文のように自分に言い聞かせるけれど、こう、引き込まれる感じで眠ってしまいそう。
駄目だ、耐えろ。
・・・と一応僕なりに精一杯耐えたのだけど、端末を集団会話の設定にしたところで、ふっと気が緩んだらしい。僕は強烈な眠気に抗えず、そのまま眠ってしまったようだった。
***
ガドルは。
眠っているけど、僕が画面に現れて、酷く動揺していたらしい。
ドーギーから、僕の意識が戻った事が伝えられて、また動揺を見せたそうだ。
ユリは、僕の状況に気づいて慌てた。
けれど、眠っただけだと分かったのと、これが最後の機会だと判断して、僕の事をリクさんにお願いした上で、早々にガドルとの一対一の会話を望んだ。
こういう端末の特殊な操作は、きちんと学校で習うのかもしれない。集団会話でスタートして、途中で一対一に切り替える、なんて少なくとも僕はやったことがなかったけれど。
ユリは見事にガドル以外をシャットアウトし、一応、今回の集団会話の中心端末になったドーギーにすら、実際どんな会話がなされたのか、分からない状態にしてしまった。
ガドルは、答えた。顔を両手で押さえて呻きながら泣いたそうだ。ユリとガドルには、身体異常の警告が出されるほどのものはなかったけれど。
ユリに結果をそう教えられたドーギーは驚き、急いでガドルに会いにいったそうだ。




