50.続々
先ほど宙に浮かんでいたのに、きちんと立つことができる。しっかりとした感覚がある。
『この時代では、大工をしていた。俺は道具も使えた。簡単なものは設計図なんて飛ばして、作ってしまった方が早かった。俺は腕が良かったからな』
僕の手を引きながら、大柄な男性が話す。僕は聞いている。
僕たちはずっと階段を上っている。
『エレメントタワーを手掛けたのが、俺の自慢だ。俺が死んでも数百年残る』
大柄な男性が、立ち止って僕に笑いかけた。顔はよく見えないけれど、笑った口元が印象的だ。
『こちらへ』
一つ上の階段から、僕に向かって細い手が差し出された。
『ここからは私が案内を』
『任せた』
『えぇ』
『この時代は良かった』
と笑って、大柄な男性が、僕を送りだすように僕の背を叩いた。
僕は階段を一段登る。
『ようこそ』
細い背の高い男性がぎこちなく僕に首を傾げてみせた。
『きみはソルトちゃんのお兄さんだとか』
「え、はい。ソルトを知っているのですか?」
『えぇ。大変、私たちはお世話になります』
少し奇妙な返事のように思う。僕は少し考える。
『ソルトちゃんのお陰で・・・。おや、私が来れるのはもうここまでだ。誰か同伴可能かな?』
カツン、と足音をさせて細い男は急に立ち止る。
『私は食べることに興味が持てず、偏食者でしたから、長生きしなかった』
数段先に、女の子が一生懸命手をこちらに伸ばしている。
『おっと。飛べますかサクお兄さん。少しだけいけば、彼女がお供することができる』
「はい」
『歩いちゃダメ。飛んでくるの』
数段先、一生懸命手を僕に伸ばす女の子は言った。
『飛び越えなきゃ、駄目』
隣の細い男も、僕に分かったように頷いて見せるので、僕も頷いて、数歩を飛ぶ。
着地。
『良かった。重なってない時代があったなんてビックリ』
女の子が隣で嬉しそうに笑っている。
『私ねぇ』
手を繋いでくる。
『小さい頃が楽しかったなぁ。育ってからは滅入ってばっかり。だってずーっと同じ毎日だもの。嫌になっちゃう』
「そうなんだ?」
『そうなの。私は長生きしたのよ。でもね、ルールが全部決まってて、面白くなかったわ。たくさんの人が改良する部分をきれいに改良してしまったからだと思うの』
「そうかなぁ」
***
何人もが僕の手を取り僕と一緒に階段を上り、どこかで別れて、誰かに僕を継ぐ。
男だったり女だったり幼かったり年寄りだったり。
この人たちは、誰だろう。
だけど、皆、研究所にいる僕の妹、ソルトの事を知っている。
***
一人ずつだったのに、急に一緒に歩く人数が増えだした。
何人どころか、十数人、いや、数十人にも増えている。
階段の終わりが見えている。雲の中に突っ込んでいく。
『私たちが誰だか分かっているか、サクお兄ちゃん』
と誰かが言った。
「・・・すみません、どなたでしょうか」
と僕は、ある種の予感を持ちながらも、確信は持てずにそう尋ねた。
『私たちは、研究所で生まれた』
『でも死ぬ。もうすぐ』
『だけどまた生まれたのよ。同じ場所で』
『早すぎたせいじゃないか』
『偶然でしょう』
『他に場所がなかっただけだ』
『詰め込まれてしまった』
『感情が残ってたんだ』
「皆、ソルトを知っているんですよね」
『もちろん』
『ソルトちゃん』
『ソルトちゃんのお陰』
『彼女は優しい』
『ソルトちゃんがいるから』
『知ってる』
『知ってくれている』
大勢に増えすぎて、一斉に答えようとするからよく聞き取れなくなる。
だけど、やはり、そうなのかも、と僕は思った。
ソルトはまだ研究所暮らしの年齢だから、接する事のできる人間は限られている。
それに、この階段の世界の前にいたところ。アンドレイクがいたところで、泡が弾けてソルトの声がした。
それは、アンドレイクではなく、ソウ、に向かって呼びかけていた。
「みなさんは、ソウと関係があるんですよね?」
僕の言葉に、皆が一斉にシン、と静まった。
ワハハハハ、
ハハハ、
と笑い声が弾けた。
『俺たちが』
『私たち全員が』
『みんなここにいるのは』
ワァワァと大勢の返答が帰ってくる。
階段を上って、僕は雲に突っ込んで、それからすぐに雲の上に顔を出した。
『ここから先は駄目よ。ここから先は、まだ来ていない時間なの。サクは来てはいけない』
ソルトの声だ。
ソルトの姿も見える。両手を広げて僕をこの先に通すまい、としている。ソルトの姿は空けていて、彼女の後ろにも、ずっと階段は続いている。透明でキラキラ煌めいていた。
「ソルト」
と僕は呼びかけたけど、両手がぐいと大勢の手に引かれた。
「わ」
僕は仰向けに、ボスンと雲の中に倒れ込んだ。
***
ピー・・・!!
意識が戻りました! 意識が戻りました!
「・・・サク! サク!」
「サク!」
とても騒がしい。うん、煩い。
だけど。
「サク!」
ユリが泣きそうだ。大変だ。
「サク!」
起きるということがよく分からずに身体に力をいれてから、やっと瞼が持ち上がる。
「サク!」
「サク!」
僕の手がギュッと握られる。
ぼやけていた視界がようやくまとまって、僕の目の前に、ボロボロ涙を流すユリの顔。
その後ろに、同じく真っ赤な顔で泣きだした僕の担当者がいるのも見えた。




