49.確保と治療
すぐ傍。丸い部屋の中、窓から、男の人が僕を見上げて手を振った。
白衣を着ている。
僕は、リクさんを思い出した。
途端、ズキリと身体に痛みを覚えた。
手招きするので、窓に近づく。右が指される。見やった途端、壁の一部が倒れて穴が開いた。入り口?
浮いている僕は、その穴から入った。
「まだまだぼーっとしててくれよ。治療まだ何もしてない」
白衣の人は、僕を見てから、アゴに寄せていた白いマスクを装着した。目線を下に向ける。
そこには、白い台がある。僕の身体が、赤色に染まって横たわっていたので驚いた。
男の人は僕の腹部を器用に開いた。臓器が見えない。代わりに赤い色した壁紙が見えた。そこに、まるでボードゲームのように、ピンクや黄緑色といった色とりどりの丸い物体がバラバラと置いてあった。
男の人は、それを慎重な手つきで整列させた。順番もあるようだ。時折手を止めて数えるようにした。
終わったようで、ジッパーを降ろすようにして腹部を閉じた。
「キミの時代の本当の身体じゃないんだろうけど、ここに見えてるってことは何か影響あるだろうから。打てる手は打とう。少しぐらい生存率も変わるだろう」
傍に、虹色の泡が浮かんでいる。
白衣の男は、目を上げてその泡を眺めた。
「気づいた人はそれなりに気にしてたんだけどね。連絡し合っても、誰もキミに手が出せなかった。キミのいる時代が遠すぎたせいなんだな」
泡がパチンと割れた。音が出た。
『サクを探して。きっと過去に意識を飛ばしてしまってる。あなたが頼りよ、ソウ。繋がりを辿って、サクを見つけて』
ソルトの声だ、と僕は気づき、その瞬間頭がズキンと痛んで顔をしかめた。横たわっている僕の身体がビクリと動く。
「ちょっとは効果あったかな。だけど、これ以上は俺の手に余るね。精一杯でこれだよ。俺しかこれない時間軸ってのは痛かったなぁ」
まぁギリギリでも俺がいて良かったけど。と呟きながら、白いマスクをまたアゴに下げて、白衣の男は宙に浮かぶ僕を見て目を細めた。
「や。俺は、アンドレイク。きみがサクだろ。当たり?」
「あたりです。はじめまして。あの、ここは」
とても話しづらい。ゆっくりとしか、言葉が出ない。
ちなみに、言葉は、宙に浮かぶ僕から出る。身体は横たわっているまま動かない。
「当たりか。やったぞ。だけど問題がある。俺ももう追いつけない。限界があってね」
「・・・どういう、こと、です、か?」
「あー、聞こえ辛くなってきた」
とアンドレイクは少し顔をしかめて僕をじっと見た。
その時。
急に辺りが赤く明るくなった。ライトに照らされたように。
血の色に、世界が染まったかのようで、なにかとても恐ろしい。
「来た。この時代、何が起こるんだ。戦争か、大災害か。大きな事故? ここまでは来れるのに先に行けないって事は、ここで俺はおしまいって事なのか」
アンドレイクは赤く染まった部屋の中で、呟いた。
部屋が揺れ出した。
「でもまだ生きてる人がいるんだよな。時代は続くんだ、俺が消えてしまってもさ」
アンドレイクが僕を見る。
「サク。未来から来たんだろ。戻れよ。色んな時代で探してるぞ。お、良いね、糸が降りてきた」
アンドレイクは嬉しそうに手をのばした。
確かに赤く染まった中に、白い糸が何本も垂れ下がっていた。
アンドレイクは一つを引っ張った。すると、スル、と糸は天井から抜けて垂れ下がってしまった。
アンドレイクは眉をしかめてその糸を振り払い、他の糸に手を伸ばす。
また同じだ。振り払って、他の糸に。
「このあたりで大勢死ぬんだな・・・先に繋がり続けるのは誰のだ?」
ドン、と建物が揺れた。アンドレイクが見るからに焦り始めた。
「サク、長く続いている糸を探せ! つかめ!」
床が急に落ちた。アンドレイクが床と共に遠ざかる。落ちて暗がりに吸い込まれていく。
だけど、台に横たわっている僕の身体を投げてよこした。
ガタン、と部屋が大きく軋む。
『サク。ここにいた』
声が天井から弾けるように聞こえた。小さく消えていくアンドレイクが嬉しそうに笑ったのが最後に見えた。頼んだ、というように晴れやかに。
天井の糸を伝って来たように、大きな腕が、顔が伸びてきて、右手で身体を、左手で僕を包むように掴む。
『見つけたぞ』
『ソルトちゃんに褒めてもらえる』
『誰だったか、良くやってくれた』
『アンドレイクと言ったわ』
『良いやつだ』
『彼はとても良い友人だった』
『他も探してくれたんだ』
『ここまでは届かなかったけど、ここなら届く』
何も分からないまま、僕はその世界から掬い上げられた。
***
白い手が開いた。
僕は、床にへたり込んでいた。
磨き上げられた床だ。白いけれど、細かい灰色の線が刻まれている。回路図のようだと思った。
目の前に誰か立っている。
見上げると、知らない大柄な男性だった。
僕に手を差し出した。
『行こう。連れていける時代まで連れていく』
助けてくれる人たちなのだと、僕は思った。
手を取って、立ち上がった。




