48.浮遊
目を開けた。
灰色の空が見えた。白いものがチラチラと落ちて来る。
変わった建物が並んでいる。
木が並んでいる。
誰かが、僕の上を、歩いて行った。
***
音が聞こえる。
人のざわめき声。
足音。
それから、不思議に柔らかい音。
高い音。短い音。
身体が、動かない。
誰かが、僕の上を、歩いていく。
僕。仰向け。寝転がっている。目を開けて空を見ている。
人々が通っていく。
たくさん。
小さな子が、僕の上で、僕を見た。
すぐに、親に手をひかれて、興味を失って、歩いて消えた。
チ、チチチ・・・
鳥の声かな。
音が大きくなる。
話している声。たくさんだ。
一際大きな。これは人の声では無くて機械の音だ。
雪に気を付けて。コートをしっかり着て。暖かくして。いってらっしゃい!
「寒いー」
はしゃいだような若い、声。
プップー、柔らかい音。走る音がする。
灰色の空から、チラチラと白。
あぁ、雪か。降っているんだ。
たくさんの人が、僕の上を歩いている。
「・・・2013年、2月、10日」
黒い服を着た若い男の人が、僕を見て呟いた。
にせん・・・じゅう・・・
去っていった。
にせん・・・じゅうさん・・・
暗くなった。
星が滲んでいる。ぼやけている。暗いけれど、随分と明るくて、にぎやかだ。
沢山が僕の上を過ぎて、稀に誰かが僕に視線を向けて、そして去る。
ここは・・・どこだろう・・・
***
寒い日らしい。
口から湯気が出ているのは、体内の温度の方が空気よりも熱いからで、だから、人間の体温よりも、外の方が冷たいからで・・・。
白い息を吐き出しながら、多くの人が行き交っている。
ブロロロ・・・
チュンチュン・・・
床に転がり続けている僕。
おばあさんが、来た。
僕を見た。
じっと見て、不思議そうに首を傾げた。
「ケガしとるね、アンタ」
はっきりと、僕に告げた。
「おばあちゃん?」
傍の女性が困惑している。
「ほら、いきましょう。病院すぐそこですから」
「あんたも、お医者様にみてもらわにゃ。誰か呼んでやらんか」
「おばあちゃん。お願いだから、動いてください」
「ここに、人が倒れちょる」
「誰もいませんから・・・お願いですから・・・」
「誰かに、診せてやらにゃ・・・」
「行きますよ」
お婆さんは連れていかれてしまった。
僕は。怪我をしている。のかな。
僕の上で、また誰かが立ち止る。
しゃがみこんで、僕を覗き込む。口からプゥと風船を膨らませて、パン、と音を出してまた口の中。
手品。
視線が外れない。
クッチャクッチャと、音がした。
「あんた。ここ、2019年。西暦な。西暦通じるか?」
プゥ、とまた口から風船が膨らみ、またパン、と割れた。
せいれき。分からない。
「ケガしてて動けねぇの? ニィちゃん、呼んできてやろっか」
パパーッ
大きな追い立てるような音がなる。手品師は音に気付いたように急いで立ち去った。
あれ。
空が青い。木が、伸びている。
空に、浮かんでいるのは・・・。
「あの飛行船ねー、金星まで行くんだってー」
上から女の子が覗き込んだ。
床に手を置いて僕を見つめる。
「サラサのおじぃちゃんも金星いってるよー」
女の子が僕の頭を撫でようとした。僕は随分奥にいて、届かない。
建物が、ぐんぐん空に伸びている。僕を置いて。
「どうしてそこで寝てるの? 痛いの?」
「サラサ、誰と話してるのよ」
「そこに、おにいちゃんが寝てるー。痛くて動けないんだって」
「・・・誰もいないわよ・・・」
「いるよー。ニッタのおにいちゃんなら、分かるよ」
「そう。そっち系なの。でも、もう行きましょ。約束に間に合わなくなっちゃう。大変よ」
「うーん。そっかー。じゃあね、おにいちゃん。ばいばいー」
・・・ばいばい。
すこし、寂しい。
取り残された、気分。
***
「キミ、ずっとここにいたのかぁ。名前、思い出せる? 死んじゃいない様子だよねぇ」
え。
「うわー酷い損傷っぷり。身体どこに置いてきた? まるで現世で話題の星の悲劇じゃないか。知ってる? 有毒ガスで一斉にやられたって。なんで事前に分からなかったんだろうな・・・って・・・まさかそこの人? 犠牲者? まさかね。おぉい。聞こえてる?」
うん。
「通じてんのかなぁ。回線、ズタズタが半端ない。管理がなってないから、すぐ狂うって仕方ない・・・」
僕とは、違う話、かな。
「あぁ。つながった。身体を先に、直してもらわないと、戻れないよねぇ・・・」
・・・やっぱり僕の話、かな。
「キミ、どこから来たの」
汗をかきながら、まるで靴で穴をあけるように。僕の随分上になっている地面を蹴って、体格の良い誰かが、僕に言った。
光が強すぎて、声は聞こえても、姿がどうしてもよく見えない。
***
「大変だ」
僕の両脇に、手が生まれた。僕の身体を持ち上げようとする。
ズル、ズル、ズル
僕は、少しずつ、移動する。
ズル、ズル、ズル
少し持ち上げられて、見える景色の角度が変わる。
明るい木々。熱そうに歩く人たち。
空に、たくさんの銀色が浮いている。
町に、たくさんの建物。
ウォンウォンと、色んなところが音を出している。
壁から水がまき散らされている。
柱から風が吹いている。
熱くて騒がしくて、どこか原始的。
「きみの身体、どこだ? 拾ってこないと。未来からか過去からかどっちだ。同じ時代じゃないなこれ。ここの景色、どう? 懐かしいか?」
とても。
贅沢だと、思う。
「・・・んー」
***
視界が暗くなった。
気が付けば、僕は浮いていた。
夜になったのだろうか。
傍には縦に長い建物がいくつもあって、底が見えない。途中には球形の部屋がついていて、色んな色の明かりがついている。
「こっち」
と先ほど聞いていた声がする。




