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47.暗い

「疲れた・・・」

「まだ道半ばだぞ、サク坊」

「栄養補給しろよ」


長い長い梯子をやっと下りきり、僕は長い息を吐いた。

他の人たちでさえ疲れているようだ。


「小休憩。5分後出発だ。良いな。座りながら聞け。こっから3班に分かれる。組み分けは」

ドーギーが説明を始める。

僕は、5人だけの第3班に分けられた。


「今日は久しぶりに深く潜ってる。知ってると思うがこっから先のハシゴはねぇ。1班2班はロープ張ってさらに降りる。場所は現場確認して決めてくれ。1班はこっち、2班はそっちの方角で探ってくれ」

「おー」


「3班は、この付近で拾えるもん拾ってこい。・・・まぁなんだ、サク坊の社会見学ってヤツだ」

え、と僕は座り込みながら驚いてドーギーを見つめる。


「地理はゴロウが詳しいぞ。このあたりが何の時代の構造だとかまぁ聞いとけ。たまにゃ、こういうのあっても良いだろ。『良い経験した』って覚えて帰れ」

「嫁さんとこに、な」

と誰かがドーギーの言葉を勝手に継いだ。

ドッと周囲が笑った。

僕は驚いて動揺したけど、やっぱり一緒に笑ってしまった。皆からの心遣いだとよく分かる。


「良いか。とにかく普段あまり手入れできねぇ場所まで降りて来てる。崩壊とか全部に気を配れ。何かあったら声上げろ」

「おー」


***


今日はとても深いところに降りてきているので、上から落ちてきて溜まっている物質を吸い集めるだけで成果になるそうだ。

一方、時代に取り残されている物質もあるので、他の班はそれを探しにいくらしい。


「このあたりは、あれだ。宇宙に人間が飛び出してった時代ぐらいだ」

ライトで周囲を照らしながら、地理に詳しいというゴロウが少ししわがれた声で教えてくれる。


「具体的に言うと、どんな時代だったんでしょうか」

と僕は尋ねた。

ライトに照らされたこの周辺は、壁や構造物が統一されていない。色んな色が使われている。


「見たまんま、なーんの統一もない時代だろさ」

と言ったのは、ゴロウではなくて、シュティカーンという人。身体のバランスが悪いけれど、尋常でない腕の力で全てを補っている。


「おい、調子乗って奥にいくんじゃねぇぞサク坊。落ちても拾いにいけねぇんだからな」

と冗談だか本気だか言ってくるのは、イデユート。ライト係だ。


ちなみに5人チームのもう一人は、ガドルだ。黙々と仕事に当たっている。


「色んなモン使って、色んなモンばらまいた時代だったんだろうなぁ」

とゴロウが言った。

静かなので、ポツリと零したような言葉もよく聞こえる。

「で、なーんにも無くなっちまった。・・・なぁ、でも俺はなぁ、サク坊。この時代が無くっても、どうせ人間なんて死んでいくんだと思うんだぜぇ・・・」

「ケッ、ジジィ! しけたこと言うんじゃねぇよ」

ライト係のイデユートが苛立った。


「良いじゃねぇか。サク坊とももう会わねぇんだ。最後にこう、俺の良い言葉を残してやりてぇ」

「どこが良い言葉だ。何にも良くねぇ」

とシュティカーンも呆れている。

「何とか言ってやれ、サク坊」

「えーと、いえ、心に刻んでおきます」

「ケッ、大層だな。そんなん言うからゴロウが調子乗るんだからよ。バシッと言ってやれバシッと」

「お前らには歴史を考える俺の深みが分からねぇんだよ。サク坊は分かるんだ、精神強化型だから俺の渋さがな!」

「そんなアホな話あるかよ」


ゴロウとシュティカーンと僕とイデユートがワイワイ話していると、無言だったガドルがふと僕に呼びかけた。

「サク坊は」

「・・・え、はい」

少し待ったのに、ガドルは目を逸らせてしまった。

なんだろう。このパターンは、よく分からない。


ガドルの言葉に皆が少し黙ってガドルを待ってみたが、普通に仕事を続けているので、皆も無言になって作業にあたる。


「寂しくなるな」

と言ったのは、ライト係のイデユートだ。

僕のことを言ったのだろうと僕は思った。


「せっかく馴染んだのによ、もういなくなるなんてな」

「仕方ねぇなぁ」

とシュティカーンとゴロウも呟く。


また無言になったので、僕は言った。

「短い期間でしたけど、僕がこんな風に過ごせたのは皆さんのお陰です。感謝してます」

「残って良いんだぜ」

「・・・ありがとうございます、でも、」

「嫁さんと暮らすんだもんなぁ」

「はい」


あーあ、とシュティカーンがぼやくように声を上げた。

「良い身分だぜ、サク坊はよ。研究所生まれで、地下に潜ってたのによ、普通に結婚して暮らせるなんてよ」

「・・・僕以外にも、結婚している人はいると聞いていますが」

「そうだなぁ」

とゴロウが言った。

「でもなぁ、俺たちがずっとここにいるのは、誰にも語られないはずだ。こんな歴史の中にものこりゃしねぇ。結婚できたやつは、皆嘘ついて生きてるよ。まぁ、普通の人間と結婚なんてよほど稀だ。あり得ねぇ幸運掴んだぜ、サク坊は」

「そうなんですか?」


「研究所関係で結婚してるのは多いがな。なんかこう、よく分からなくなっちまう」

とゴロウは手を止めてぼんやり考えている。

「俺たちは何してるんだろうなぁ。死んでいくもんがイキモノじゃねぇか。悪あがきしてるだけじゃねぇのか」

「何だ、なんでそんな話になった」

シュティカーンが訝しんだ。

「ゴロウ、老化じゃねぇか。やばくないか」

とイデユートも低い声で伺っている。


「馬鹿やろう、お前らには人生の深みが分からねぇよ」

「何を偉そうに。おい、精神強化型、言ってやれ」

「え。えーと・・・深い話だなと思います」

「サク坊、お前ほんとにそう思ってんのかよ」

「いい加減、うるさいぞ」

ボソリ、とガドルが低い声で言ったので皆黙った。すみません。


しばらく黙々とまた動く。少しずつ移動していった。


***


「戻るぞ」

ライト係のイデユートが仕事の切り上げを伝えたので、皆で、他の班との合流地点に向かう事にする。


「サク坊。良く見とけ。残りでもうこんな深いところまでくることはねぇ。土産だ」

とゴロウが僕に改めて声をかけた。

「はい。ありがとうございます」

僕は重くなったリュックを背負い直しながら、ゆっくりと周囲をふり仰ぐ。


無人の世界になったのに、どこか騒がしく感じる時代の構造物。

数歩のところで床は途切れている。その下は、さらに昔の時代。


これで最後だと思うと名残惜しいような興味がわいて、僕は数歩足を進め、さらに奥の世界を覗いた。底は真っ暗だ。


そんな様子に、ため息が出る。


そして、戻ろうと顔を上げた。

その時。


誰かが、僕の背のリュックごと押した。

僕はふらつき、踏ん張ろうとして、無理だった。一歩足を動かしたところには何も無くて。


落ちる。

「だ、」

とっさに助けを求めながら、驚いていて言葉にならない。


背後を見ようとした。手を伸ばそうとした。

誰かが立っている。

誰。

顔は見えない。だけど。


***


暗闇に落ちながら、シュティカーンたちが僕の名を叫んだのを聞いた。


ガドルッ! てめぇ、何しやがった・・・! サク坊!!


****


どうして。


***


落ちる僕の身体が当たって、過去の何かが砕けていく。脆い白い煙のようなものが立ち上がる。


鳥が見える。


おかしい。日の光さえ見えた気がする。


落ち続ける。


暗闇に吸い込まれる。


青空。雲。空を飛ぶ、あれは何だ。


後頭部にガン、と衝撃を受けた。

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