46.地下深くに
ガーホイの言葉に僕は少し迷ったが、結局正直に打ち明けた。
「いえ・・・住む場所はもう決めていて。そこでできる仕事を探さないとって思ってます。・・・何か、僕にできる、有意義なお仕事あるでしょうか」
ガーホイは呆れたようにため息をついた。
「俺らが知るワケねぇだろ。おぃサク坊、もっと夕飯食いに来いよ」
「夕食ですか」
急な話題に思えてキョトンとなる。
「帰る前に旨いもんの味を覚えて帰れ。お前、これから一生クソ不味いもん食って生きて行かなきゃならねぇんだぞ」
「えーと。僕には味の違いが分からなくて・・・」
とても貴重なものが出されている店だと聞かされているだけに申し訳なくなる。
「サク坊は阿呆だな」
とガーホイは言った。
「食ったもんが俺たちの身体を作るだろ。常識だろ。良いか、ホンモノ食ってたら、俺たちの身体もホンモノだ」
「え?」
意味がよく分からない。いや、食べたものが自分の血肉になるのは分かるけど。
「分解物質で作ったものも、本物だと思うんですが・・・」
「違うね。絶対、少なくとも、本気の命が入ってた食いもんと、見た目だけ同じに作られた食いもんと、同じなわけねぇだろ」
「そういうものでしょうか・・・」
「あたりめぇだろ」
ちなみに、僕たちの会話を、周囲の大人たちはニヤニヤしながら聞いているようだ。
ひょっとして、からかわれ始めている?
「良いから黙ってもっと店に来いや!!」
「考えてみます」
「おいっ!」
「妻が絶対寂しがります・・・。僕はサポートにこっちに来てるし、妻を優先したくて」
「っかー!!」
ガーホイが苛立って僕に迫ってきた。
「こっちとは2度と会わないくせによテメェは! 今しかねぇだろ!」
クックック、と周囲から笑い声が漏れた。
「ガーホイは寂しがり屋だぜ、ッククク」
「年下いなくなるってな」
「誘い方がクソだろ」
「テメェらも一緒だろが! 俺が代表で声かけてやってんだろが!」
ガーホイが喚いて、周りが冷やかすように笑う。口笛を吹く者もいる。
こんな様子に、週に2回参加させてもらおうかな、と僕は思案してみた。
もうすぐ去る僕を惜しんでくれている。単純に嬉しくなる。
残り、もう2週間だから、あと4回の参加。
「あの、妻も1度、連れて行ったら、不味いですか?」
と少し控えめに言ってみたら、皆が急に黙り込んで、シーンと場が静まったので動揺した。
「おう」
「おぅ。連れて来い」
「おぅおぅ。いい度胸じゃねぇか」
「祝ってやらあ!」
「あ、駄目だったらごめんなさい、止めますから」
「連れて来いって言ってんだろうが!」
「幸せ見せつけてんじゃねぇぞサク坊!」
「サク坊ー!!」
「サク坊ー!! くそったれー!!」
なんだかそれぞれが僕の名前を合言葉のように叫びだしている。どうしたら。
ちなみにほとんどが『オラー! サク坊ー!』と叫ぶ中、ガドルは皆をどこか冷めた目で見ていて眉をしかめ、ドーギーは半笑いだったけど、僕の視線に一瞬で気づいて僕に面白そうにニヤリと笑った。
***
帰宅後、ユリに相談した。
結果、最後の週は、一日おきに夕食をチームの店に食べに行っていい、とユリは勇気を出して決心した様子で僕に告げた。
寂しいけど我慢する、というので可愛くなる。
一方で確かに、ここを離れたら、きっとチームの人たちと会うことはない。そして僕とユリはずっと一緒にいるわけだし。
そして、最後の日だけ、ユリも店の夕食に行こうと誘って、そうすることに決めた。
とはいえ、ユリはもう、心配もしている。ガドルが来てくれた時、ガドルがとても怖かったからだ。
良い人たちなんだけど、見た目が強面ぞろいなのは事実。
ユリはかなり怯えそうな気がする。うーん・・・僕も心配だ。
とはいえ、僕もユリも、最後に店に行かせてもらって、皆に挨拶もしたいと思っている。
***
ユリの研修は、残りあと5日。
つまり、僕の仕事もあと5日で終わる。
僕がいよいよ離れることを思い出しては、チームは分かりやすく寂しそうになる。
突然会話が止んで静かになり、驚いて様子を見回せば、皆がシュンと項垂れていてギョッと驚いたこともある。
嫌味を言う人もいる。
「どうせ俺らになんて、サク坊は二度と会わねぇんだろ」
拗ねたように怒ったように、寂しそうに言うから、僕もしんみり悲しくなってしまうぐらいだ。
返答に困ってしまう。
新居に行くことは決めているし、僕も楽しみにしている。
一方でこの中央は遠いし、特にユリは中央にはもう来たくないと思っているぐらいだ。僕が一人こちらに、気軽に会いに来ることはないだろう。
そして、会いに来てください、とも言えない。無理だと分かるから。
仕事を離れてわざわざ訪れるなんて、きっと皆しないし、できない。
僕が困って何も返せないでいるから、しばらく待って「ケッ!」と悪態をついて傍を離れてしまう。
どう答えれば良いんだろう。
「優先したいことがあって、それが一番大事で、だから・・・分からない約束ができなくて、すみません・・・」
目の前にはいなくなったけど、僕はやっと返事を零した。
どうせ皆、耳が良いので、絶対聞こえているから大丈夫だ。
ただ、さらに零される返事を僕が聞き取れない、という難点があるのだけど。
ちなみに、一番大事なことというのは、ユリのこと。
僕が結婚している事を面白くないと思っている人もいるようだから、表現をぼかした。
「気にするな」
と、ガドルが僕に声をかけてくれて、僕は頷きを返して、やっぱりホッとしてしまう。
ドーギーが声を上げた。
「そろそろ出発だ。良いかお前ら、今日はかなり深いぞ。絶対に気を抜くんじゃねぇぞ」
「おー」
僕たちは揃って返事をする。
また動き出す。
***
「良いか、気を抜くな。俺たちでも死ぬ高度だ」
上から、下から、注意を促す声が聞こえる。
暗闇中で、長い長い梯子を下りる。
いつもは行く先を照らしているライトは、今は範囲を絞って淡く光らせているだけだ。
移動中に間違って直視して目をやられないようにということと、ライト担当者の危険を考えての事だそうだ。
ただ、皆はそれでも見えるのかもしれないけど、かなり僕には見えにくいので、頭部に皆の邪魔にならない光量でのライトをつけさせてもらっている。手元を確認しないと危険だ。
同時に、手で階段をなぞるようにして掴みながら降りていく。
そしてどうしても、僕の動きは他の人たちに比べて遅いと思う。
焦るなと言われているけど、焦りは感じる。
でも落ちたら死ぬ。慎重に。気を付けて動こう。




