45.この先のことも考えつつ
部屋に戻って、ユリに、
「どういうお話だったか、聞いても良い?」
と少し伺うように尋ねられた。
「うん・・・。地方にはシステム回収の仕事ってそんなにないらしくて、詳しくはドーギーさんに聞いた方が良いってアドバイスだから、この後通信具で聞いてみようと思う」
「そう。でも、チームの人たちは皆、毎日遅くまで食べに行っているのよね?」
「あ、本当だ。朝の方が良いのかな」
「都合の良い時間を先に聞いて、改めてその時にきちんと聞いたらどうかしら」
「そっか。本当だ」
良い案だ。僕が嬉しくて笑うと、ユリも嬉しそうに笑う。
その表情を見つめていたら、ガドルが『羨ましい』と呟いたのが思い出される。
僕の顔が少し曇ったのを察したようで、ユリが「サク?」と首を傾げて心配そうに顔を覗き込んでくる。
「うん。どう、言っていいのか分からないんだけど。僕はきっと色々深く知らないんだろうなって、少しまた分かったというか」
「例えば・・・?」
「例えば・・・ユリが僕の事研究所で生まれたって知っているのに結婚してくれたって、ものすごく驚いていた。信じられない、羨ましいって呟いてた」
「・・・そ、う・・・?」
「うん・・・」
ユリがますます心配そうになった。
「どうしてそんなに落ち込んでいるの?」
「なんだか気持ちの整理がついてなくて、うまく言えない」
「そう・・・」
ユリも困ってしまったらしい。
「私は、サクが好きで結婚したの。バスの運転手になれたのはサクの特異体質のお陰でしょう? それは研究所で生まれたからでしょう。だからサクが研究所で生まれてくれて良かったって思うの。全部、運命みたいに思うのよ」
「・・・」
現金なもので、そんな慰めの言葉に、ふつふつと幸せだなという実感がわいてくる。
顔を上げて、自然に笑顔になる。
「ありがとう」
「本当のことだもの。御礼なんて。私こそ、いつも・・・ありがとう、サク」
少し恥ずかしそうに照れたように感謝の言葉を言われて、僕は感激した。
お互いを引き寄せ合ってキスをしあった。
***
翌朝、集合時間よりは随分前に、ドーギーに通信具で連絡を入れてみた。
『おぅ休みか、新婚』
「いえ、今日は違うんです。相談したいことがあって、通信具で相談しても良い時間を教えて欲しいんです」
『今良いぞ』
「今。有難うございます」
『手短に手早く言え』
「はい。新居に移ってからの事ですが、仕事として、古いシステム回収に興味を持ってます。でもヴェドさんとガドルさんに止められました。あと地方には少ないって。詳しい事はドーギーにと言われました」
『俺だけ呼び捨てか』
「すみません! ガドルさんの言葉をそのまま言っただけです!」
『分かった。新居はどこの地区だ』
「アストランテ」
『アストランテー・・・、無いな。そのあたりは古いシステムが現役だ。施設もバラけてて効率も悪い。空き家を一斉点検してて定期的に実施されてるハズだ。つまり間に合ってる。まぁ、その地区住むなら他の仕事選んだ方が良いな』
「そうですか・・・」
『解決か? 相談はそれだけか』
「あと、気になってて、教えてもらえれば嬉しくて」
『直球で言えよ』
「すみません。えっと、この話題はチームではしないようにとヴェドさんもガドルさんも言うんです。だから言うつもりはないけど、よく分からなくて」
『分からなくても、もう1ヶ月足らずでサク坊は終わりだろ。良いじゃねぇか』
「まぁ、そうですけど・・・」
『逆に言えば、言いたきゃ言えばいいだろうが。サク坊の責任だろうが』
「え、そうですか」
『当たり前だろ』
「そうですよね。・・・いえ、今の仕事、大事だと思うので、新居先でもやりたいって、チーム内でどうして言わない方が良いってアドバイなのか、分からなくて」
『あー。まぁそこは何だろうなぁ。なんだかんだ皆思ってる事違うからよ、俺にも分からねぇな。結婚に縁のねぇのが多いから「新居」は羨ましがるヤツはいるだろうがよ、そんなん言ってもサク坊がこっちに来てる理由がそれなんだしよ。それよりも、今の仕事が大事で地方でもやりたいって言うのは、嬉しくなるヤツ多いと思うんだけどよ。俺も分からん』
「・・・そうなんですか」
『とはいえ、資源回収は、サク坊たちの地域では難しいのは変わらねぇ。他の仕事を検討するか、新居を変えるかだな』
「新居は決まりです」
『じゃあ仕事選びに決まりだろ』
「はい。ありがとうございます」
『こんなとこか』
「はい」
『で、今日は来るんだな』
「はい、行きます」
『おぅ。じゃあ後でな』
「ありがとうございます。では今日もよろしくお願いします」
『おぅ』
「おー」
会話を終えて通信終了。
ユリがクスクスと笑ったので何?と尋ねるつもりで視線を向けた。
「最後、『おぅ』「おー」って。面白いなって思ったの」
「基本的に、『おー』が返事の仕方なんだ」
「話で聞いていたけど、実際聞くとおかしい」
楽しそうだ。
僕は冗談を言ってみたくなる。
「しばらく、ユリにも『おー』って言おうか?」
「やめて。ふふ、おかしい」
他愛ない会話で楽しくなった。
この後、意外に時間が経っていることに気づいて、二人揃って慌ててしまった。
***
ユリは研修へ。
僕は地下に潜る仕事へ。
***
「サク坊。ここ辞めても、こういう仕事するのか?」
ある日、直接相談した事のない、チームの一人が僕の傍にしゃがんできて尋ねた。ガーホイだ。
ちなみにこの人は、研究所の事故があった時に、放り出されてしまった6人の中の1人。
僕は正直に話した。
「いいえ。したかったのですが、地方にはこういう仕事は無いと聞きました。足りてるって」
「この仕事が良かったら残りゃ良いだろ。せっかく慣れて来てんのによ」




