44.応接室でガドルと
「すみません、戻りました。ユリがいない方が話がしやすいのかと思って、部屋に戻っていてもらいました」
「あぁ」
とガドルが真顔で頷いた。
多分間違いないけど、僕はユリへの報告のためにも確認した。
「別にユリが嫌だというわけじゃないですよね? あの、念のための確認なんですが」
「あぁ」
ガドルが不思議そうにしたので、僕は予想通りだったと安心した。
***
「本題なのですが、どうしてチームでこういう話をしない方が良いんですか?」
「・・・」
ガドルはじっと僕を見つめた。思い至れない僕の考えの浅さを咎めているようだ。
「・・・サク坊。この仕事しか、選べない人間は多い」
ガドルは僕の至らなさを咎める顔のまま、僕を見つめている。
「その仕事を、大事だから地方でやりたいというのも、駄目なのですか?」
「駄目だ。こちらは生きるために仕方なく働いているからだ」
ガドルの言葉を、うまく理解できない。
「嫌がるのではなくて、大切だから、と希望するのに、駄目なんですか?」
「・・・全員の立場や気持ちなんて俺には分からない」
「ガドルさんも、僕がこの話をするのは嫌なんですか?」
「・・・俺の場合は、止めてやらねば、と思う。選んでする仕事ではない。ヴェドがサク坊にいった言葉も聞こえていた。ヴェドに同感だ。わざわざ、暗い地下に潜って危険な仕事を選ぶことはない。せっかく彼女と結婚したんだ。安全で守られた場所で、誰にでも言える仕事をしているべきだ。そもそも、彼女にどう説明するつもりだ。子どもができたら、その子になんていうつもりだ。大っぴらに堂々と人に言える仕事をしろ」
「・・・」
ガドルが珍しく長文をしかも力説してきたことに驚いた。
「あの、でも・・・」
と僕がなおも言おうとするのを、今度は睨むように威圧される。でもガドルの癖なので続きを言う。
「ユリは、僕が研究所で生まれた人間だって知ってくれています」
「は?」
「出会いは、僕が向こうでスクールバスの運転手をしていて、彼女は生徒だったんです」
「?」
「姿を25歳にして向こうで仕事してました。付き合ってもらうのに、僕の事をきちんと知ってもらわないとと思って・・・研究所で生まれて、本当は、その時は15歳だったんですけど、15歳だって打ち明けました」
ガドルは目を丸くした。驚いている。
「だから、仕事も、研究所の仕事だって言えば」
本当は、もっと具体的に色々言ってしまっているけど、極秘事項を打ち明けてしまっている事は秘密だからそこまでは言えない。
ガドルはしばらく無言で、驚いた顔のまま、僕をじっと見て、それから身体も上から下まで見て、また改めて驚き直しているのか僕を見ている。
思った以上に衝撃を受けているようだ。
「・・・それで、結婚して貰えたのか?」
「はい」
「研究所生まれだと、打ち明けて?」
「はい」
「駆け落ち、でもないはずだ」
「はい。ご両親にもご挨拶しています。あ、でもご両親には、僕は、担当者の家族の一人ということにしてもらいました。つまり、普通に生まれた人間だと思ってます。ユリにしか打ち明けていません」
「・・・信じられない」
「・・・」
心底驚いている様子に、どう答えれば良いのか分からなくなってきた。
無言でいると、ガドルは僕を見つめながら、もう一度繰り返した。
「信じられない・・・」
どこか、苦々しさを感じたのは、気のせいでは無い気がする。
居心地の悪さを感じてきた。
僕は、ガドルに必要以上に打ち解けてしまっているのだろうか。
でもガドルは、むしろドーギーよりも僕に気を遣ってくれている人だ。
あまりにも無言で、やっと、僕は言った。
「あの、では、止めた方が良いという事は、その、ありがとうございます。ただ、やっぱりもう少し詳しく知りたいこともあるので、ドーギーに、相談してみます」
「・・・」
ガドルが僕への興味を失ったかのように、僕に近寄っていたのを姿勢を正すようにし、それからソファーにもたれかかった。力が抜けたように。
「忠告だが、皆の前でこの話はしない方が良い。ドーギーと通信具で話せるのだろう。通信具で相談した方が良い」
「あ、はい。そうします・・・」
「・・・もう帰ろう。・・・夕食代は出した方が良いか?」
「え! いえ! いつもお世話になっているから、おもてなしさせてもらいたくて、だからいらないです!」
「そうか」
「待ってください、ユリも、お見送りがしたいって!」
「・・・」
ガドルは少し無言になり、また『待ち』の時間が生まれて、そして僕に確認した。
「俺たちが研究所生まれだと、サク坊の奥さんは知っているのか?」
ドキリ、と僕は動揺した。正しい答えがとっさに分からなかった。
だけど、頷いた。
「はい。その、研究所の関係の仕事をしていて、お世話になっているって、皆さんの事を・・・」
「・・・」
ガドルは渋い顔をした。
また『待ち』の時間が生まれる。
「・・・奥さんが来るのを待てばいいのか」
「え、はい、呼びます!」
急いで、通信具でユリを呼ぶ。
一方でガドルが立ち上がっている。それを見て慌てて付け加える。
「応接室は出て、エントランスにいるね」
『えぇ』
通信を終えて、すっかり帰り支度を済ませているガドルが僕の様子を冷静に見ていた。
「・・・羨ましいことだな」
と呟いた態度は、きっと普段のガドルの様子と変わらないはずなのに、なぜか見捨てられたような不安な気持ちを僕に抱かせた。
***
エントランスには先に僕とガドルがつき、エレベータから降りてきたユリと僕とでガドルをお見送りした。
ガドルは柔らかくユリには笑んでみせたので、ユリもだけれど僕もやっとホッとした。
応接室の『片付け』をビルに依頼し、色々調べて記録を消去する方法も存在したので、消去しておいた。研究所の話だから、このビルには残しておかない方が良いはず。




