43.ガドルと僕とユリ
注文して出てきた料理を、ガドルと僕とユリとで食べた。
ガドルは、基本的に騒がしいのが嫌いで必要な事しか話さない人で、表情も真顔が多いけど、多分初めて食べた料理が案外口に合うと、驚いたように表情が動いた。
ユリは緊張しながらも、一生懸命ガドルをおもてなししようと声をかけたり笑顔を見せたりしていた。
二人について知っているのは僕なので、ガドルが煩がらない程度を心がけつつ、料理について僕が初めて食べた時の感想をガドルにも伝えてみたり、ユリにも話しかけたりして楽しい時間になるように心がけた。
しばらくしてから、ガドルは僕に話があったのでは、と聞いてきてくれたので、僕は素直に打ち明けた。
「その、古いシステム回収のお仕事に興味があって。これから必要だと思うんです。だけど具体的によく分かって無くて。ヴェドさんに聞いたら、その、今している仕事がそうだって。それで、地方にあるかと尋ねたんですが・・・」
「あぁ」
とガドルは真顔のまま僕の言葉の続きを待っている。
「その・・・ヴェドさんは、『こんな仕事を選ぶな』って。その理由とかもよく、掴めなくて」
「・・・」
ガドルがじっと僕を見ている。
僕も困って口を閉じた。聞きたい内容はすでに言ったのだ。
しばらく無言の時間が過ぎた。
隣のユリが緊張しているけれど、ガドルとの会話にはこういう『待ち』時間が生まれるのはいつものことだ。
「今俺たちが担っている仕事は、地方にはあまりないはずだ。町の規模が違うからだ」
「そうですか・・・」
「ドーギーの方が詳しい。ドーギーに聞く方が良い」
「はい」
「それと、俺もヴェドに同感だ。そもそも、サク坊は身体強化・・・」
と言いかけて、ガドルはハッとし、わざとらしく咳払いの上、チラッと一瞬ユリの様子を確認した。
そして慌てたように僕に視線を向けて、言い直した。
「いや、つまり、身体が強い方では無いということだ。いや普通だ。いや、だからだな、サク坊は普通に、暮らす方が良い」
「はい」
僕は真面目な顔のままで頷いた。
ユリは少し不思議そうな顔で僕たちの話を聞いている。ユリには、僕は研究所生まれという話はしているけど、身体強化型なんていうそんな区別までは言ったことが無いからだ。
そんなユリに、ガドルは、ユリは僕が研究所生まれだと知らない、と思ったみたいだ。
でも、ユリには全部打ち明けています、なんて打ち明けるのは躊躇われた。
ユリの記憶を消さないといけないという話になったら嫌だから。
僕は真面目に話を続けた。
「だけど、今のままだったら資源が足りないから、古いシステムを回収するしかないんじゃないのかって思うんです。この先、どんどん困るはずです。一人でも、わずかでも、その仕事は必要なんじゃないかと思うんです・・・」
「それは確かだが。すでに追いついていないからな」
とガドルはため息をついた。
「あの、こういう話って、チームの中でしない方が良いんでしょうか」
「そうだな」
「どうしてでしょうか?」
僕の真剣な質問に、ガドルはどこか面白くなさそうな表情をしたように、思う。
僕をじっと見て、何かを言おうとして止めた。
「・・・そういう質問も、ドーギーは答えてくれるはずだが。現在のサク坊の上司で責任者だ」
「・・・はい」
僕は少し気落ちした。ガドルも僕を色々と気にかけてくれているので、答えがもらえると思っていたのだ。
ユリが僕の手を握ってきたので、僕は握られた手を見て、ユリを見た。
あれ。少し怖がっている。笑顔を作っているけれど。
そう気づいてガドルを見る。
すると、ものすごい目つきで僕を威圧していた。
え。なんだろう。
その上でガドルは、チラリ、と僕の隣のユリを睨む。
え。何。
ユリが泣きそうになってしまう。
それに気づいてガドルも困った顔に変わる。
え。
なに。
ガドルの威圧は、基本的に、言葉にできない時に何かしらを伝えようとするガドルの癖だ。かなり怖い雰囲気になるのが難だけど。
・・・ひょっとして、ユリがいるから、言えないのだろうか。
そう気づいて、腑に落ちた。
そうか。
これは、ガドルからの『ここでは言えない』といういつもの無言のアピールだ。
「すみません、ちょっとだけ席外します」
そう言ってユリの手を握って立つことを促すと、ユリが戸惑って僕を見上げる。
ガドルは真顔で僕に頷いた。
***
廊下に出てみたけれど、ここではまだガドルが聞き取ってしまう範囲かもしれない。
念のため、エレベータに乗って、僕たちの部屋にまでユリを連れていく。
移動中、口に人差し指をあてて何も言わないようにジェスチャーして、黙ったまま歩く僕に、ユリは不安そうに涙目になってきている。
部屋に戻って扉をしめて、やっと僕はユリに謝った。
「ごめんね。耳がすごく良い人で、念のため黙ってここまで来たんだ」
「・・・もぅ」
やっぱり泣きそうだ。顔がクシャリと歪んでしまう。
別にガドルの悪口を言うつもりはないけれど、それでも聞こえているかもと思うと少し話し辛い。
ガドルだって、わざわざ席を外した上での会話を耳にしたくないんじゃないだろうか。
「ごめん。あの、仕事の話は、ユリの前ではしにくいみたい。極秘で、僕がユリに打ち明けてるって知らないから、ガドルさん」
「・・・」
「あの人、良い人で、とても優しい人だよ。ただ、言えない事があるけど伝えたいことがある時に、目で訴えようとして睨んじゃうんだ。多分、僕に、ユリがいるから話せない、って伝えたかったんだと思う」
「本当に? すごく怖くなって、私、何かしちゃったのかと・・・」
「聞いてみるけど、絶対大丈夫だと思う。あと、仕事の相談、ユリは部屋で待っていてくれる?」
「途中で私が席を外しても、大丈夫・・・?」
「うん。きちんと説明するから、大丈夫」
「ぅー・・・」
ユリが僕にしがみついて小さく子どものように呻き、それから離れた。
「あまり遅くならないでね」
「うん」
「お見送りは、した方が良いと思うの・・・」
「うん。呼ぶから」
「私、本当に嫌われてない・・・?」
「絶対大丈夫。本当に、いつもあんな風だから、ガドルさん」
落ち込んだようになっているユリを部屋に残して、僕だけまたガドルに会いに行く。




