42.ガドルを案内
ビルのエントランスでユリに連絡を入れた。
『どうしたの?』
画面の中のユリは少し心配そうだ。
僕は笑ってみせた。
「お客様を連れて帰って来たんだ。仕事でお世話になっている人で、ガドルさん」
『まぁ!』
ユリが純粋に驚いている。
「もうビルのエントランスに着いてるんだ。一緒に夕食をと思うんだけど、良いかな? 仕事の相談に乗ってもらいたくて、僕のためにわざわざ来てくれたんだ」
『分かったわ! じゃあ私も応接室に行くわね』
「うん」
頷き合って、通信終了。
そしてやっぱり、お客様は応接室に通すのが普通らしい。
自分たちの部屋に通すというパターンは無いのかなぁ。と思いつつ、ガドルを見上げた。
僕が見たことで、ガドルが少し不思議そう眉を動かし、しかし真顔のまま、じっと見つめ返してくる。
「応接室にどうぞ」
「あぁ」
***
移動のためにビルのエレベータに乗ってから、ポツリとガドルが言った。
「ここまでくれば、聞こえるヤツはいないな」
ため息をつく。
「え、この外まで聞きとれる人がいるんですか!?」
「それぞれ聴覚範囲が違うからなんとも。ただ、人間離れしている連中もいる。用心しただけだ」
一瞬言葉を失いそうになる。
「ところでサク坊は帰宅してもその姿なのか?」
「あ。戻します。忘れてました」
「どちらでも俺は良いが」
ガルドの指摘を受けて、僕が大人の姿から本来の年齢16歳の姿に戻る。
「つくづく不思議だ」
と真顔でガルドが言った。
***
ガドルを応接室に案内し、ユリを迎えに行こうとしたら、すぐに廊下で合流した。
「仕事でお世話になっている人で、これからの仕事の相談をしようと思って。わざわざ送ってくれたから、夕食も一緒にと思ったんだ。良いかな」
「もちろん。緊張する。サクのお仕事先の人だなんて・・・! ガドルさんって、いつもサクが親切にして貰っている人でしょう?」
「うん、そうなんだ」
「しっかりおもてなししたいわ」
「うん」
夫婦初めてのお客様だ。浮かれてしまう。
二人でいそいそと応接室に戻ると、ガドルが少し苦笑を浮かべていた。
あれ。ひょっとして。
ガドルも普通の人より耳だって良いはずだから、廊下での僕たちの会話が聞こえていたのかも。
「初めまして」
とガルドが先に、ソファに座ったままながら、ユリに挨拶してくれた。
「初めまして。サクの妻の、ユリです」
「サク坊の面倒を見ている。ガドル、と言う」
二人の自己紹介に僕は照れた。
赤面してしまった僕に気づいて、二人ともが笑む。
「可愛い奥さんをもらったな、サク坊」
「はい、ありがとうございます」
僕とガドルの会話に、今度はユリの顔が赤くなった。照れたようだ。
「サク坊には勿体なさそうだが、サク坊に似合っている」
なんだか変な言い方だ。でも、これは褒めてもらっている。
「ありがとうございます・・・」
ガドルは僕たちを観察するように、口の端に笑みを浮かべながら見つめている。
ユリが少し勇気を出したように、明るい声をかけた。
「ガドルさん、お食事、何が良いでしょうか。お好きなものは?」
「きみたちは何を食べる予定だったんだ」
「いつもその時々で注文するので決めてなくて。魚が好きですよね?」
とは僕。
「・・・まぁな」
「植物系が多い方が良いです、よね?」
分解物質を利用した料理の場合、魚や植物系方が、動物系よりも味がマシだと、チームの大人たちは言っている。
「あの、良かったら、メニューで好きなものを選んでください。おもてなしさせてください。いつもお世話になっていて、御礼の気持ちです」
「・・・そうか。大したことはしていないがな」
ガドルは少し考えたようにしながら、手を差し出した。僕は、僕の端末をガドルに見せる。料理メニューが表示されている。
僕の端末を見た瞬間、ガドルは瞬き、少し驚いたようだった。
「多い」
あれ、ひょっとして。
僕にとっては当たり前に思っている暮らしは、実は、ガドルたちから見ると違うのかもしれない。
と僕は思った。
今表示されているのは、このビルから提供されている情報だ。
このビルはユリの宿泊先。
元々の僕の宿泊先、つまり研究所管理のビルだったなら、選べる料理も全て違う・・・?
少なくとも種類が今のビルほどないのかもしれない。
ガドルは物珍し気に、僕の端末の情報を切り替えている。
「きみたちのオススメはあるのか?」
と端末を見ながら聞いてきたので、
「魚料理だと、ホイル焼きとか」
と勧めてみる。
そう言えば、研究所ではホイル焼きなんて食べなかった。焼き魚や刺身や煮物は普通にあったけど。
小さな事だけど、こういう差がたくさんあるのかな。
「ホイル焼きとは?」
「蒸し焼きです。薄い紙状のアルミで袋みたいに魚と野菜が包んであって、開けて食べるんです。添えてあるレモンを絞ったり。ここで食べて好きになりました」
「そうか。なら、サク坊がこっちに来て食べて旨かったものを教えてくれ」
「はい」
真顔でガドルが僕の端末を返してくる。
僕は端末の中から、結婚してから初めて食べたメニューを探して選ぶことにした。
僕の隣に座っているユリが、僕の選択を見ようと一緒に端末を覗き込んでいる。
「僕が選んでみるね」
「えぇ」
「こっちにきて美味しかったもの・・・」
「チーズフォンデュは? サク、面白いって気に入ったでしょ」
「あ。うん」
ガドルはじっと待っていた。




