40.ユリのところに、帰宅
「ただいま」
「おかえりなさい!」
結婚して移った方の宿泊先に戻ると、ユリが嬉しそうに出迎えてくれた。
やっぱりユリの方が早く帰っていたみたいだ。
ユリはニコニコしながら僕の手をひいて部屋の中に連れていってくれてから、ふと気づいたようで首を傾げた。
「サク、初日で、お仕事大変だった?」
「え、うん・・・」
ユリはすぐに心配そうにした。
「私は聞いてもらってとても嬉しかったから、サクも、悩みとか心配な事とか、私に話してね?」
「うん・・・」
とはいえ、研究所関係については迂闊に話せないし、話すべきではないんだろう。
目を伏せてしまった僕に、ユリは増々心配そうになった。
「どうしたの?」
「うん・・・。ねぇ、ご飯は何を食べる?」
無理に話題転換してみたけれど、ユリは無言で僕を見つめて、僕の頬に手を添えてきた。
「研究所のお仕事だから、話せないのかな。・・・絶対に誰にも言わないわ。とても辛そう。・・・言ってから、私の記憶を消しても良いぐらいなのよ」
僕は少し辛い感情が表に出てしまって、誤魔化すように笑ってしまった。
「消したくないから、言えないよ」
「そう・・・。でも、サクが一人で悲しそうなのは、辛いわ」
「・・・うん」
言えれば、少しは楽になるかな。
「でも、絶対に話すなって言われたんだ」
「・・・そう。だけど・・・ねぇ、とても酷い事言われたの? サクがそんな顔するなんて」
「・・・」
何も話せないから、自分の感情もどう伝えて良いのか分からない。
「ねぇ、僕、今迷ってるんだ」
と僕はそんな事を言った。
「何を?」
とユリは不思議そうだ。
「リクさんに、連絡をしても、良いのか、しない方が良いのか・・・」
僕の迷いに、ユリはやはり心配そうになった。
「話してもらわないと、その相談には乗れないかも・・・ごめんなさい、聞き出すために言ってるのじゃないのよ、何を困って迷っているのか、分からないのだもの・・・」
「うん・・・」
僕はユリをじっと見て、打ち明けるように笑った。
「言えないのって、ものすごく辛いよ」
「私も、研究所生まれだったら、良かったのにね」
ユリは少し悲しそうだ。
だけど、そんな風に慰めてくれて、じぃんと来た。
「・・・あの、さ」
僕は、廃棄ナンバーと僕が呼ばれてしまうという話については、ユリに打ち明けることにした。
***
ユリは、僕の事をどう思うのだろう。
僕は打ち明けてしまってから不安を抱いた。
僕は多分、相当不安な表情でユリを見つめていたのだろう。
話し終わってじっとユリの反応を見つめようとしている僕に、ユリは抱き付いてきてこう言った。
「辛い、お話ね。辛い思いをしたのね」
それから、僕の顔を見て笑顔を作って見せてくれる。
「私はサクが大好きで一番大事よ」
そんな風にされて、僕は泣きそうになった。
「ありがとう」
と抱きしめ返す。少し涙声になった。
「あの、さ。秘密の話、なんだけど」
「うん」
「僕の妹にあたる子も、廃棄ナンバーって言われる子で、リクさんが担当者じゃなかったら、安楽死だったかもしれなくて・・・」
ユリが僕の言葉に息を飲んだ。
一方の僕は、ついに泣けてきた。あまりにも悲しくて辛くてやりきれなくて。
「それで、僕の弟にあたる子に、ソウっていう子がいるんだけど、1歳ぐらいのはずなんだけど、この子も、何かあるみたいで、分からないけど、」
「うん・・・」
ユリの声も震えている。僕の背中を撫でてくれる。
ボロボロと涙がこぼれて来る。
だけど一方で、一緒に泣いてくれて、傍にいてくれて。どうしたらいいのか分からない感情のままに話したことを、聞いてくれる人がいて。ユリがいてくれて。本当に良かった、と、僕は思った。
「本当は、言ってはいけないんだけど」
「うん」
「絶対、他の人には言わないで。記録なんてしないで。ただ聞くだけだよ」
「えぇ。サク。お願いだから、小さな、私にだけ聞こえる声でね」
「うん」
「部屋に記録されてはいけないでしょう?」
「うん」
僕は、結局、全てを打ち明けることにした。
地下深くに潜って、資源を取ってくる仕事だった。
今の町の下には、古い捨てられた町があって。本当に真っ暗で、ライトを照らしながら歩いて。
落ちたら怪我するほどの長い梯子を使ったりして。
僕には聞こえないけど、耳が良い人には、壊れ始める音が聞こえるらしくて。
深い深い地下では、何かが燃えていて、チームの人たちが急いで消火したりして。
僕は、特別怖がりじゃなかったはずなのに。なんだか怖さを感じた、とか。
きっと、僕は、今日初めての仕事をして、思った以上に、ショックを受けている。
だから耐えきれなくて、聞いてもらった。本当は秘密にしなければならない話だけれど。
―――本当は、僕の隣にいる人が、研究所生まれの誰かだったら。秘密だなどと気にせず、打ち明けることができたのだろう。
ボロボロ泣いてしまう僕を、ユリは一生懸命声をかけてなぐさめた。
「サク、大丈夫。大丈夫よ。私も一緒にいるもの」
どうしてだか自分でも分からないぐらい、涙が溢れて止まらなくて、しがみつくように泣いていた。
「大丈夫。一緒に生きていくの。怖い事も、一緒に怖がるの。全部、ずっとよ」
ユリも泣きながら笑いかけてくれる。
そんな彼女に、僕はまた感情が溢れてワァワァと泣いた。
泣きながら、ウンウンと、彼女の言葉に頷くことが、この時の僕には精一杯だった。
***
結局、リクさんには連絡しないことにした。
どう話していいのか分からなかったからだ。
あの時、僕を引き取ってくれてありがとう。
ソルトも、リクさんが引き取ってくれたから、安楽死なんて事無く今も無事だ。リクさんのお陰です、ありがとう。
新シリーズのソウは、どんな子なのか、聞いても良い・・・?
最後の事が、きっと聞けない。
そして、多分、そこに行くまでの会話で、僕たちは互いに黙り込んでしまうだろう。
傍にいて話していたら良いけれど、遠くにいて画面越しだから、余計に。
変に距離ができてしまう方が、怖かった。
ユリの研修が終わったら、僕もこちらでの仕事は終わるはずだ。
そうしたら、僕たちは新居に移って暮らし始める。
その地区からなら、研究所まで車で行ける距離。
だから、戻って、直接会えた時に、きちんと聞こう。
僕とユリは相談して、そのように決めた。




