38.ガドルは見た
「え? いいえ・・・」
僕は驚いたが、ガドルは真剣な怖い表情で僕を睨んでいる。
「俺の目は確かだ。それに手の感覚も消えた! サク坊」
「僕は、何も・・・あ、でも今、女の子が走っていって、消えたのを見ました!」
僕は慌てて答えた。
「何?」
ガドルはさらに険しい顔になった。
「女の子などいなかった。サク坊は見たのか? 視力は?」
「普通です」
「言っとくが、サク坊が変だ。確かに消えてる。自覚は無いのか」
「え、はい・・・」
ガドルがじっと僕を険しい顔で見ている。
戸惑うばかりの僕に、
「ドーギーに必ず相談しろ。地上に戻った後でも良い、個人的にで良い」
と命令口調で言ったので、僕は頷き、
「おー」
と返事をした。
***
消火が終わり、今日はこれで帰る事になった。
状況を報告する必要もあるそうだ。
また延々と長い道を進む。
ちなみに、僕はなんとか根性で歩ききることができた。
一方の皆も、帰りは妙に静かだ。皆も疲れたのだろうか。
***
もうすぐ地上で、皆で階段を登ろうと列を作っていた時だ。
『計器の乱れを感知しました。修正しました』
と音声が流れた。
すぐ後ろから。振り返ると、ガドルが、不思議そうに腕時計を眺めていた。
「何だ」
「どした」
「ガドルの時計らしい」
とさまざまな声が上がる。
「・・・時計が遅れてたようだ」
不思議そうにガドルは呟いてから、振り向いている僕に気づいて、怪訝そうに僕を見た。
それから他に声をかけた。
「皆のは大丈夫か?」
「あぁ。問題ねぇな」
「おぅ」
等々、答えが返ってくる。
僕はガドルに向かって説明しようとタイミングを見計らっていた。
多分、僕が、火が燃えるのに動揺してやってしまったんだろう。
ガドルだけが近くにいたから、ガドルの時計がズレたのだ。
ガドルは僕に視線を移し、鋭い目で僕を睨んだ。まるで威圧だ。ゴクリ、と僕は緊張して言葉を飲み込んだ。
ガドルはそれが正解だというように、僕に頷いて見せた。
戻ったら、すぐにドーギーに報告するべきなんだろう。
***
仕事後は、やっぱりみんなであの店で夕食を一緒に取る流れになるそうだ。
とはいえ、僕は急いでドーギーのところに行って、ユリがいるので夕食は摂らずに帰りたいと伝え、それから僕に起こったらしいことについて報告をしようとした。
「サク坊。おぅ」
ドーギーは僕を見て声をかけて、僕の発言を止めるように右手で僕の動きを制し、僕の後ろについてきていたらしいガルドにも目を遣った。
「お前ら、今日は報告とかあるから先に始めて先に帰っててくれ」
「おー」
「俺とガドルは初日のサク坊と色々だ」
「なんだそりゃ」
「ドーギーも大変だねぇ」
「ガドルは何でだ」
「サク坊の世話係じゃねぇか」
「ちげぇねぇ。ゲハハ、サク坊を気に入ったってか」
「うるさい」
ボソッとガドルが鋭く短く文句を言ったがみんな聞く耳はないようだ。
***
「でー? なんだ?」
僕とドーギーとガドルは、僕の結婚前の宿泊先のビルの応接室にまで来ていた。
この建物は研究所管轄らしくて、色々都合が良いのだそうだ。よく分からないけど。
「サク坊が、地下で一瞬消えた。間違いない」
とガドル。
「そしてサク坊には自覚がない。加えて、女の子を見たと言った」
「異常だな」
とドーギーとガドルで分かり合っている。
「サク坊の保護者は誰だ」
「研究所の、リクさんです」
「リク・・・リクっと。あぁ、じゃあ俺の方が強いな。『調査』っと・・・」
ドーギーが応接室のソファーから線を出してきて自分の端末に繋いで何かしている。本当に何をしているんだろう。
「いや、そんな報告無いな」
「変だな」
とドーギーとガドルがある意味分かり合っている。
「えーっと」
と僕は分かっていない事を声に出してアピールした。
「まぁ待て。・・・あん? 時間をズラす。あ、今日のガドルのこれじゃねぇか?」
ドーギーはどうも、僕の個人情報を見ている。どうしてそんな簡単に見れちゃうんだ・・・。
「時間をズラすとは?」
とガドルが尋ねている。
「まだ調査中みたいだな。コマコマと記録をとってる。サク坊がショックを受けると発生するって事は分かってる。とはいえ、単に計器が狂うって事か? そういやサク坊、俺が初日にここで話した時もこの部屋の計器が狂ったとかメッセージ出てたな?」
「はい。僕です。あの時、廃棄ナンバーという話を初めて聞いてショックを受けたので、それだと思います」
「自分でコントロールしてるわけじゃなく、なっちまう、って事か?」
「はい」
「多分、研究所ではサク坊が一瞬消えている事に気づいてない。絶対、間違いなく姿が消えたんだ」
とガドル。
「おい、『記録映像』出せ、この応接室、俺とサク坊が前に使った時の映像だ」
ドーギーが、応接室に向かって声を上げた。
***
「ここ、消えてる」
「えぇ?」
「消えたな」
ガドル、僕、ドーギーが、再生された映像をじっと見つめる。
僕には何も分からない。連続している動きのようなのに、ガドルとドーギーが見ると違うらしい。
「ここだけ、サク坊の色が違う。濃度が足りてねぇ。映像に限界があるから映ってるが、実際変だ。消えてるな」
「うーん」
静止して貰って説明を貰ったけど分からない。自覚もない。
「ここも消えてる」
「あぁ」
「うーん」
「ここのあたり、何考えてた」
「え?」
僕は少しだけ思い出して、正直に告げた。
「『廃棄ナンバー』と聞いて動揺してました。」
「その時も女の子を見たのか?」
とはガドル。
僕は首を傾げた。
「いいえ」
「手っ取り早く、廃棄ナンバーの話でもするか?」
「おぅ」
ドーギーとガドルが頷き合っている。
僕は、聞きたいことが聞けそうな流れに、姿勢を正した。




