36.途中休憩
念のため、栄養補給のドリンクを飲んでおく。
こんなに歩くのって滅多にないのと、この後の予定がよく分かっていないから。
「まだ歩くんだが、いけるか」
「おー」
「実際のとこはどうだ」
「あの、大丈夫です。ただ、あの、僕の特異体質はご存知ですか?」
「あん?」
「大人になれます」
「・・・。おい」
ドーギーは顔をしかめた。
それからサッと周囲を見回した。
「お前ら、絶対外に漏らすなよ! 分かってるだろな!」
「おー」
と控えめに真面目そうな返事に驚いた。
「おい、サク坊」
ドーギーが僕を見ている。
「どういう事だ。そんな話は聞いてねぇ」
「いえ、でも、バスの運転手をしてました。向こうでも。身体を大人にできるんです。子どもで働いていたらおかしいからって、大人の姿で・・・」
「・・・今変われるのか? 困る事とか無いか? 消耗が早くなるとか」
そこかしこで話し声がしていたのに、ピタリと止んでいる。僕たちの話に耳を傾けているんだろう。
「あまりに長時間だと、疲れるかもしれませんが・・・でも栄養補給ドリンクは持って来ているし、5・6時間ぐらい全然平気です」
「・・・見せてくれ。単純に確認のためだがよ」
「はい」
うっかり普通に返事したと言った直後に気付いたけど、誰も冷やかしたりしない。
僕は速やかに姿を大人に変えた。
「ぅっ」
直後に身体を16に戻した。
「どうした」
「服が変わらなかった」
首とか締まりそうになった。服が破れそうな危険を感じた。
「あぁー・・・」
少し安心したように、ドーギーが唸った。他の人たちも、あー、と同じ様な残念な声を漏らしている。
「まぁ、一瞬だけど見た」
とドーギーは言った。複雑そうな顔をしている。
「服は仕方ねぇよ。パイプはすぐそこにあるんだけど物質が届くようになってねぇ。ここで昼飯注文しても届かないのと同じ理由だ」
「なるほど・・・」
「明日から、大人サイズの服を別に用意して持ってこい。良いか?」
「はい」
「でもなんでそんなことができる。お前、幸福感強めシリーズとかだろう。身体変化とかじゃねぇはずだ」
「そうですね」
と僕も首を傾げた。
「・・・廃棄対象だからだろ」
と周囲の誰かがボソッと言った。
「おい」
とドーギーが即座に咎めるような声をかける。
「・・・変異してんだよ、そいつも」
と別の誰かが呟く。
静かだからよく聞こえる。
「お前ら! 幸福感強めシリーズに何言ってやがる!」
よく分からない理由を上げて、ドーギーが周囲に怒鳴った。
「16のガキに!」
僕はドーギーをじっと見上げた。
きっと、僕を守ろうとしてくれている。
だけど、僕は廃棄ナンバーとか、そういう風に言われる理由を知りたい。
廃棄ナンバーなんて言ったのは、そもそもドーギーなわけだけど。今初めて、他の人からそんな言葉が出たわけだけど。
だけど。ここで聞かない方が良い。ドーギーは、僕に理由を教えたくないと思っている。
今ここで聞いたら、たぶんドーギーのチームの雰囲気を壊す。リーダーがドーギーなのに、彼をないがしろにしてしまうからだ。ドーギーは話題を切り上げようとしているのに。
「すみません」
と僕は言った。
「地下の仕組みも分かって無くて。明日、服を持ってくるので、それで見て判断してください。大人になった方が良かったらそれで働こうと思います。皆さん大人で大きいから、大人の身体の方が良いかなと思ったんです」
「・・・おぅ。明日見てやる」
「ありがとうございます」
周囲は、また静かに黙ったままだった。
「オラ、お前ら好きに休んどけ。今からサク坊への説明の時間だ」
「おー」
なんとなくまとまった空気の中、ドーギーが話題を切り替える。
僕も「おー」と答えて、頷いた。
***
「良いか。嫁さんにも言うなよ。これが地図だ」
「え。地下で仕事って言ってしまってます!」
「おぃマジかよ。記憶消去案件だぞ、サク坊・・・」
「絶対秘密だって言ってくれてます!」
「そうかよ・・・聞かなかったことにしてやるよ。だけど今からのは言うんじゃねぇぞ」
「はい・・・」
「今まで詳細黙ってたのはこのためなんだよ」
「はい。すみません」
「いや良いよ。こっから先を黙ってればな」
そういって広げてもらった地図は、本当に複雑だった。
なにせ、立体ではなく、平面図なのだ。
「古いだろ。仕方ねぇんだよ。紙は持ち込めるんだが、奥に潜るほど最新技術は届かなくなる。結局こういうのが一番安定してる。ついでにこれは、一度も物質分解されていない紙だ」
「え?」
「物質分解で再構築されたもんは、ある時期にいきなりボロボロ崩れる。手の打ちようがねぇ。だけど生粋のもんはよ、ちょっとずつ駄目になっていく。分かるんだよ、変え時がよ」
「・・・」
そうなのか、と僕は無言で地図を見つめた。
地図は十数枚あるようだ。これも一部かも、とふと思ったりする。
「今いるのがここだ」
他の1枚を出してくれて、
「集合場所はここだった。このルート、見えるか? このラインを通って」
元の地図に移ってくる。
「今ここだ。で、この後こう進んで・・・」
また別の地図が出て来る。
「ここの階段が長い。滑り落ちるんじゃねぇぞ。身体強化型の俺たちでも下手したら怪我する高さがある。で、今日の目的地はここだ」
「はい」
どうやら、ここは、全体の中間地点のようだと分かった。
「で、目的地にたどり着いてから活動する。簡単に言えば、お宝さがしだ」
「え」
意外な単語に僕は目を丸くしてドーギーを見た。




