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女神を手に入れる僕の話  作者: 天川ひつじ
中央にて働く
35/95

35.仕事初日

翌朝。

僕たちは揃って仕事と研修のために起床した。

一緒に朝食を食べる。


僕は今日が仕事の初日だ。だから、今日は集合時刻より30分前に行ってみることにした。

いきなり合計で6日も休んだのだ、いろんな人へ事情とお詫びを伝えるためにも、時間の余裕を持った方が良い。


「頑張ってね。いってらっしゃい」

と、少し緊張している僕にユリが笑顔をくれる。


「うん。ユリも気をつけてね。いってらっしゃい」

「うん。できるだけ早く帰ってきてね」

「うん。チームの人たちにきちんと話して、仕事が終わったらすぐに帰らせてもらうね」

「えぇ」


ユリがギュッと抱き付いてきたので、僕も抱きしめ返す。

「じゃあ、行ってきます」


***


集合場所は、地上。円形の広場みたいだ。何も無いけど。


到着した時には誰もまだ来ていなかったけど、15分前になった頃に、ポツポツと皆集まり始めた。


「おはようございます」

僕は、一人一人に頭を下げた。

「おー」

とだけいう人もいれば、

「おー、サク坊」

と意外そうに言う人もいた。


「おぅサク坊。もう来ないかと思ったぜ」

「勝手に大人になりやがって」

「今日はしこたま働けよ」

ある程度集まってきたら、初日から休みやっと現れた僕が話題の中心になっていた。

冷たい視線も混じっていて、僕は心からお詫びしようと思った。

「本当にすみません」


「そんな詫びは良いだろ。で、どうなんだ」

「え?」


「新婚生活に決まってんだろ。嫁さん追っかけてこっち来たんだろうが」

「はい」

ニヤニヤしている人もいる。


「聞いてやる。ほら話せ」

急にシン、と静かになった。皆が黙ったからだ。僕を見ている。結構態度悪い感じで。


***


「というわけで、結局、ユ、つ、妻、と、レストラン行ったり、でも基本的に部屋でのんびりと・・・」

僕はカァと赤面しつつ、冷静さを装ってそう教えた。『妻』という単語に照れてしまう。緊張もしているけど。


ヒュー、と誰かが口笛を吹き、誰かが「ちくしょうめ」と、わざわざ僕と視線を合わせて悪態をついてくる。

どうも、いきなり休みまくった僕につらく当たろうとしている。のだけど、僕の状況に興味津々というのが隠しきれていない。


集合時間最後の方に現れて、腕組みして時計を確認しつつ、僕の話をフンフンと聞いていたドーギーが、声を上げた。

「よし、みそぎはそこまでだ。行くぞ」

「おー」

「え、はい」


「サク坊、お前も、掛け声は『おー』だ。揃えろ」

「はい」

「だから『おー』だろって言ってんだろ」

隣の大人が呆れたように笑って僕に教えた。


「おー」

と僕が答えてみせると、その人は僕の肩をドンドンと叩いた。地味に痛かったが、『それで良い』という意味だったようだ。楽しそうに笑っているので少し驚いた。

さっきまで、僕を取り囲んで皆がプレッシャーをかけてきていたのに。


移動が始まる。皆それぞれ、荷物を持っている。たくましい大人ばかりだ。

必要だったら、僕は二十五の姿になった方が良いのかもしれない。


そう思いながら、僕は安堵した。初日から休んだのに、僕を迎え入れてくれたようだ。


***


広場の端の方、床を開けると階段が伸びていた。

一人ずつ降りていく。

降りたら、すぐに歩き出す。

地下は、少し研究所の建物の中に似ていた。

壁があって、上に、横に、下に、大小様々なパイプが通っている。


延々と歩く。

ところどころ暗くて、チームのうち3人が、大型のライトを持っていて、周辺を照らす。


「地下も移動手段があれば良いんだがな。システムの線がありすぎて歩くしかない」

と、一人が僕に教えてくれた。


「サク坊。大きいのは良いが、細いのは踏むなよ。壊れる」

と、前を歩いていた人が振り返って僕に教える。

「はい」


「『おー』だろ、返事」

「おー」

と僕が答えると、周囲で「ヘヘッ」と馬鹿にしたような笑い声が上がるが、どうしてだかあまり嫌な感じはない。楽しそう。


「この下のでかいのが、分解物質のパイプな。こっちは支流。全部のビルに行くから枝分かれが多いんだよ」

「おー」

「そこは『はい』だろ」

「え、はい」

「そこは『おー』だろ」

「えっ」

思わず混乱すると、周囲が笑う。どうやらからかわれている。

情けない気分で横の人を見上げようとして、躓きかけて、腕をとって転ぶのを防いでもらった。

「すみません!」

「おぅ、気ぃつけろよ。なんだかんだ足場が悪ぃからよ」

「はい」

「『おー』な」

「おー」


ははは、とまた周りが笑う。

恥ずかしくなったけれど、『おー』という返事を心に刻む。


***


それから、2回、また梯子を下りた。

ライトの光が届かないところは完全に真っ暗だ。


「おぅ。今日はサク坊の初日だ。少し休憩入れるぞ、良いな」

「おー」

と皆が声をそろえてドーギーの言葉に答えた。

僕は返事できなかった。心遣いが染みてちょっと感動したからだ。

ドーギーは本当に面倒見がいい。きっと、僕が他の人たちより随分子どもだからだろうけど。


「サク坊はどこらへんだ。これからの事を説明してやるから、座って休め。疲れたら栄養補給しろ」

「お、おー」

僕が慌ててした返事に、また周りが笑った。

「『おー』だってよ」

という声が聞こえるが、そう指導したのは皆じゃないか。


「お前ら、可愛いからってサク坊を苛めんな」

「可愛くなんてねぇよ」

「16のガキだぞ」

「可愛いかわいい」


なんだか居たたまれない。居心地が悪い。

ドーギーが僕の傍に来て、「すまんな」と詫びた。

「いいえ」

「おぅ。まぁこういう連中だ。慣れてくれ」

「おー」

僕の返事に、ドーギーはニヤリと笑った。

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