35.仕事初日
翌朝。
僕たちは揃って仕事と研修のために起床した。
一緒に朝食を食べる。
僕は今日が仕事の初日だ。だから、今日は集合時刻より30分前に行ってみることにした。
いきなり合計で6日も休んだのだ、いろんな人へ事情とお詫びを伝えるためにも、時間の余裕を持った方が良い。
「頑張ってね。いってらっしゃい」
と、少し緊張している僕にユリが笑顔をくれる。
「うん。ユリも気をつけてね。いってらっしゃい」
「うん。できるだけ早く帰ってきてね」
「うん。チームの人たちにきちんと話して、仕事が終わったらすぐに帰らせてもらうね」
「えぇ」
ユリがギュッと抱き付いてきたので、僕も抱きしめ返す。
「じゃあ、行ってきます」
***
集合場所は、地上。円形の広場みたいだ。何も無いけど。
到着した時には誰もまだ来ていなかったけど、15分前になった頃に、ポツポツと皆集まり始めた。
「おはようございます」
僕は、一人一人に頭を下げた。
「おー」
とだけいう人もいれば、
「おー、サク坊」
と意外そうに言う人もいた。
「おぅサク坊。もう来ないかと思ったぜ」
「勝手に大人になりやがって」
「今日はしこたま働けよ」
ある程度集まってきたら、初日から休みやっと現れた僕が話題の中心になっていた。
冷たい視線も混じっていて、僕は心からお詫びしようと思った。
「本当にすみません」
「そんな詫びは良いだろ。で、どうなんだ」
「え?」
「新婚生活に決まってんだろ。嫁さん追っかけてこっち来たんだろうが」
「はい」
ニヤニヤしている人もいる。
「聞いてやる。ほら話せ」
急にシン、と静かになった。皆が黙ったからだ。僕を見ている。結構態度悪い感じで。
***
「というわけで、結局、ユ、つ、妻、と、レストラン行ったり、でも基本的に部屋でのんびりと・・・」
僕はカァと赤面しつつ、冷静さを装ってそう教えた。『妻』という単語に照れてしまう。緊張もしているけど。
ヒュー、と誰かが口笛を吹き、誰かが「ちくしょうめ」と、わざわざ僕と視線を合わせて悪態をついてくる。
どうも、いきなり休みまくった僕につらく当たろうとしている。のだけど、僕の状況に興味津々というのが隠しきれていない。
集合時間最後の方に現れて、腕組みして時計を確認しつつ、僕の話をフンフンと聞いていたドーギーが、声を上げた。
「よし、禊はそこまでだ。行くぞ」
「おー」
「え、はい」
「サク坊、お前も、掛け声は『おー』だ。揃えろ」
「はい」
「だから『おー』だろって言ってんだろ」
隣の大人が呆れたように笑って僕に教えた。
「おー」
と僕が答えてみせると、その人は僕の肩をドンドンと叩いた。地味に痛かったが、『それで良い』という意味だったようだ。楽しそうに笑っているので少し驚いた。
さっきまで、僕を取り囲んで皆がプレッシャーをかけてきていたのに。
移動が始まる。皆それぞれ、荷物を持っている。たくましい大人ばかりだ。
必要だったら、僕は二十五の姿になった方が良いのかもしれない。
そう思いながら、僕は安堵した。初日から休んだのに、僕を迎え入れてくれたようだ。
***
広場の端の方、床を開けると階段が伸びていた。
一人ずつ降りていく。
降りたら、すぐに歩き出す。
地下は、少し研究所の建物の中に似ていた。
壁があって、上に、横に、下に、大小様々なパイプが通っている。
延々と歩く。
ところどころ暗くて、チームのうち3人が、大型のライトを持っていて、周辺を照らす。
「地下も移動手段があれば良いんだがな。システムの線がありすぎて歩くしかない」
と、一人が僕に教えてくれた。
「サク坊。大きいのは良いが、細いのは踏むなよ。壊れる」
と、前を歩いていた人が振り返って僕に教える。
「はい」
「『おー』だろ、返事」
「おー」
と僕が答えると、周囲で「ヘヘッ」と馬鹿にしたような笑い声が上がるが、どうしてだかあまり嫌な感じはない。楽しそう。
「この下のでかいのが、分解物質のパイプな。こっちは支流。全部のビルに行くから枝分かれが多いんだよ」
「おー」
「そこは『はい』だろ」
「え、はい」
「そこは『おー』だろ」
「えっ」
思わず混乱すると、周囲が笑う。どうやらからかわれている。
情けない気分で横の人を見上げようとして、躓きかけて、腕をとって転ぶのを防いでもらった。
「すみません!」
「おぅ、気ぃつけろよ。なんだかんだ足場が悪ぃからよ」
「はい」
「『おー』な」
「おー」
ははは、とまた周りが笑う。
恥ずかしくなったけれど、『おー』という返事を心に刻む。
***
それから、2回、また梯子を下りた。
ライトの光が届かないところは完全に真っ暗だ。
「おぅ。今日はサク坊の初日だ。少し休憩入れるぞ、良いな」
「おー」
と皆が声をそろえてドーギーの言葉に答えた。
僕は返事できなかった。心遣いが染みてちょっと感動したからだ。
ドーギーは本当に面倒見がいい。きっと、僕が他の人たちより随分子どもだからだろうけど。
「サク坊はどこらへんだ。これからの事を説明してやるから、座って休め。疲れたら栄養補給しろ」
「お、おー」
僕が慌ててした返事に、また周りが笑った。
「『おー』だってよ」
という声が聞こえるが、そう指導したのは皆じゃないか。
「お前ら、可愛いからってサク坊を苛めんな」
「可愛くなんてねぇよ」
「16のガキだぞ」
「可愛いかわいい」
なんだか居たたまれない。居心地が悪い。
ドーギーが僕の傍に来て、「すまんな」と詫びた。
「いいえ」
「おぅ。まぁこういう連中だ。慣れてくれ」
「おー」
僕の返事に、ドーギーはニヤリと笑った。




