32.ユリの不安
レストラン。
ビルに僕たちが踏み込むと灯りがつく。音楽が小さく流れ始める。
ただ、誰もいない。通された部屋にも。あまりにもガランとしている。
静かにテーブルに料理が現れる。
なぜだか居心地が悪い。
部家は豪華なつくりだ。だけど雰囲気が全体的に暗い。
ユリは、怖がりだから、二人で話している時は大丈夫だけど、ふっと心配そうに周囲を見回したりする。
なんだろう。
料理を食べたら、僕たちはすぐにレストランを出ることにした。
「美味しかったけど・・・」
と僕がボソッと感想を告げると、ユリもチラと僕を見る。
表情から察したようで、ユリも不安そうに続きを促したので、きっと口にしても大丈夫。
「なんだか寂しい感じがあったね」
正直な僕の感想に、ユリも僕の腕に身を寄せてから頷いた。
「取り残された気分になった・・・。居心地が悪くって・・・。ここにいてはいけないのかしら、なんて思っちゃった・・・」
「そうか。それも分かるな。まぁ、僕たち、本当は研修だったり仕事に行っているべきところを、おやすみ貰ってるんだけど」
「やだ」
とユリが不満そうに口を尖らせる。
「お休みしたけど、そんなの嫌よ。ちゃんと申請したんだから」
「うん」
拗ねるのも可愛い。僕がユリの様子に笑みを浮かべてしまったので、ユリが気がついて今度はわざとらしくムッと顔をしかめてきた。
頬に触れて笑わせてみる。
最後は二人でクスクス笑いながら、楽しい気分になって帰路についた。
***
おかしなことに、別の日にも、別の店に行ってみたけれど、やっぱり印象は良くなかった。2店とも。
どうしてだろう。
こういうのが、普通なんだろうか。そんな気がしてきた。
レストランの帰り、移動手段に乗り込んで、僕たちはボゥと町を眺めて帰る。
やっぱり雰囲気が悪かった、という思いを共有しながらで、ユリは僕に甘えるようにもたれてくる。
「ねぇ、サク。私ね、中央にくるまで、ここは最先端で中核の町だって憧れていたの」
「うん」
多分僕も、これからユリが言う意見について、同じ感想を持っている気がする。
ユリは流れる景色を見ている。クリーム色のビルばかりが並んでいる。
「でも、誰もいなくって・・・空っぽのビルばっかりに見えて・・・。最新のシステムが揃ってるのに。空虚ってこんな気分なのかなって何度も思っちゃった。こんな町にいたくないって泣いてた。私も空っぽになっちゃいそう・・・」
「うん」
と僕はユリの背に手を置く。安心させるために。そのために僕がここにいるんだ、と僕は思った。
ユリは僕を見る。真面目な顔でじっと見つめて来る。
「私が、一番怖くなるのは、これが、私たちの一番重要な町だってことなの。酷く不安になるのよ。私たちは、皆、こんな風になるんじゃないかって、怖くなるの」
僕も真顔でじっと見つめ返す。
ユリの今教えてくれた気持ちには、僕はまだなったことがない。
ユリは先にこちらに来ていて、研修を受けていたから。だからそんな風に感じ取るのだ。
「大丈夫だよ」
と僕は、何の根拠もなく、そんな事を口にしていた。
ただただ、安心してもらいたい。
僕は、ユリが感じたことがまだよく分からないから、きっと浅い慰めの言葉しか掛けられない。それがもどかしくなった。
僕はまだ、この町について何も分かってない。
そして、誰もいないなんてことはないよ、例えば僕の新しい仕事でお世話になる人たちはたくさんここにいるよ、とか。そんな、ごく個人的な事例を言うのはユリに合っていない気がする。
だったら何を言えばいいんだろう。
失望されたくなくて、でも一生懸命考える。
「夫婦になったから、ユリの選んだ町で、この中央ではない場所で、ユリの気に入って選んだ家ですむんだ。だから、心配ないよ。この街でも、僕はずっと一緒にいる」
「・・・えぇ」
ユリは、一生懸命話そうとする僕の表情をじっと見つめていたと思う。何かを探るように。
きっと言葉が足りていない。考えが足りていないからだ。
必死になって顔が赤くなってきたのを感じる。
一緒に僕がいるというだけでは足りない? きっともっと、大きな広い視野での意見を求められてる。
どういえば。
「・・・ねぇ、サク」
ユリはじっと僕の瞳を見つめている。
「サクは、使える資源の量が変わらないって、もう全ての算出は終わってて、その限られた中で分配して組み立てられているって、知っている?」
「え」
いきなり、社会の授業みたいな話になった。
どうして急に。
僕は頷いた。
「う・・・ん」
それから、ユリのあまりにも真剣な顔に、不安になって付け足した。
「・・・ユリみたいに詳しくは、知らないかもしれないけど・・・」
僕はあまりにも不安な顔になったらしい。
ユリがキョトンとしたように瞳を大きくしてから瞬いて、少し失敗でもしたかのように苦笑した。
それから穏やかな顔になって僕を見る。
「私の方が、サクみたいに詳しく知らないかもしれない」
「そう、かな」
「えぇ。・・・私が、言いたかったのは・・・」
ユリが僕に安心させるように笑みながら、だけど途中で表情を曇らせた。
「私たちの暮らす町も、いずれ、中央のように変えられてしまうのかもしれないって・・・。木々に当てている物質量を、システム構築の方に割り当てるかもしれないのだもの・・・」
ユリが将来的な不安まで抱いているのが、よく分かった。
僕は少し考えた。僕の教えられている知識を頭の中から掘り出して。
「多分・・・大丈夫」
「え?」
「だって、古いシステムの方を分解すれば良い。木々をそのままに」
「でも、システム分解の方が大変」
「大丈夫なように、考えようよ」
「・・・うん」
「まだ、僕たちがいた場所は、中央みたいになっていないから、まだ大丈夫だよ」
「・・・そう、よね・・・」
ユリは不安な顔のままだったけど、僕にはこれ以上勇気づける言葉がない。
どうすれば良いんだろう。
ユリの不安になった未来について、僕も気になってしまう。
うーん。
まるで、授業の課題。




