26.一晩
僕から少し体を離し、ユリは僕の顔を見た。ユリの顔も赤いけど、僕の方が真っ赤な気がする。
あまりにも魅力的に見えて視線が離せなくなる。
「ダメなの?」
とユリが悲しそうな表情になって、僕はウッと辛くなった。
もう、良いって言ってしまって良いのでは。
駄目だ、今日は多分大人しく隣でただ寝てるとか無理そうだ。
「今日は、だ、駄目、ごめん」
辛そうな顔をしているところに更に断るのにものすごく勇気がいる。思わず顔を逸らせてしまった。
なのに、ユリが震えたのが分かった。多分悲しみで。
僕は慌てて弁明した。恥ずかしさを押しのけて正直に。
「僕もキスとかしたくなる! ユリは海の時みたいに横で寝たいだけだろ? そんな風に抑えるの無理なんだ!」
「・・・そうなの?」
と困ったようにユリが聞いた。
そうだよ!
嫌われたくないんだから。
情けない真っ赤な顔してユリを見る。あぁかわいい。とてもとても。
キスは大丈夫かな。だと良いな。触りたい。少しだけなら。少しだけで済むだろうか。
だけどユリは絶対、海の日のように、ただ傍にいることを考えてる。
「やだな・・・」
「お願い、無理だよ」
と僕は訴えた。
「じゃあ、寝ちゃったサクのベッドに、一緒に入るのは許してくれる?」
「え?」
僕は想像してしまって、すぐに首を横に振った。
「ごめん、目が覚める。すぐ寝れないから」
「もぅ」
「『もぅ』じゃないよ、からかってる?」
「からかってない」
「もぅ・・・」
また僕に抱き付いてくるので、僕は諦めてこれ幸いと抱きしめ返した。
あー。離れたくない。
ユリが無言で、コクリと頷いた。
なに、それはどういう事。
***
結局、絶対無理だという気持ちに変わりはなく、頼み倒してそれぞれのベッドで眠る事にした。
ユリに背を向ける。そうしないと意識してしまって眠れない。
とはいえ現金なもので、やっぱり僕は疲れていたらしい。ある程度たったら、スゥと、眠気が・・・。
「・・・! うわぁ!」
僕は飛び起きた。
ユリが忍び込んできたからだ。
ユリがイタズラが見つかった子どもみたいな反省したような拗ねた顔をして僕を見ている。
「眠れないから! 明日、仕事あるよ、二人とも!」
ユリがますます拗ねた顔をする。
「だって。もう寝たと思ったんだもの」
残念、まだだ。
「お願いだから。このままだったら、多分きみが望んでる状態にはなれないから、絶対」
僕の捨て身の訴えに、ユリが少し困ったような顔をして、少し迷ったように瞳を揺らした。
ベッドから降りようかと変な態勢になっている僕の手を取る。そのまま引っ張る。
やめて、倒れる。
グッと耐える。
「サク、好き」
とユリが真っ直ぐ僕を見た。
このタイミングでその表情でその発言に意表を突かれて思わず見とれた。
グィと引っ張られてバランスを崩す。ぶつかりそうになったので慌ててもう片方の手でなんとか防ぐ。
だけど隣に寝転んだ体勢だ。
状況に焦りを覚えて事態を把握しようとする僕に、ユリが僕の手に擦り寄った。
「サク、大好き」
僕の手のひらにキスをする。
カァっと自分の体温が上がる。
僕の頭の中、ユリが分かってない、僕も好き、いいのか、と単語が激しくまるで鳥のように飛びまわる。
「ずっと一緒にいたいの。ずっと傍にいて」
祈るように願い事を口にされる。
僕もそう願ってる。だけど今は。
「好きだから、お願い、今は別々に寝よう」
と泣きそうに僕は頼み込む。
「良い、の。サクがしたかったら、何しても全部良い」
え。
目からウロコが落ちるというか。何か目が覚めた気分というか。
良いんだ。何しても?
大丈夫。
本当に?
良いのか。
パパパパパパッと頭の中で思考が流れていく。
好きです。遠慮なく。良いんだよね。
そう思う。
だから、僕からユリにキスをした。
離れて反応を見つめると、ユリも僕をじっと見て、嬉しそうに少し笑った。
***
部屋全体でアラームが鳴っている。
朝だ・・・
僕はムクリと起きた。隣ではユリが眠っている。
これ、夫婦の関係になったのでは・・・。昨日までは、キスもまだだったのに。
と、思う。
昨日、ユリは全部、良いと示してくるので次々と欲のままだった。
互いに生きている感じがした。
とにかく。
僕は起きたけど、ユリは大丈夫かな・・・。
ピ、と僕の起床を感知して、アラームが止まった。
中空に透明な画面が現れた。
文字と図が表示される。
「・・・」
僕は無言で目で情報を追う。
『申請しますか?』
「・・・はい」
チラリ、と隣で眠るユリを眺めつつ、僕は勝手に回答した。
ユリはこういう法律があるって、知ってるのかな。
『朝食を注文しますか?』
「あとで」
僕の回答に、いったん中空の情報が消えていく。
サービスが手厚い。
そう思いつつ、僕は部屋の中を眺め、それからドーギーに連絡をいれるべきでは、と考えた。
またチラリ、と隣のユリを見る。眠っている。




