25.戦い
しばらくじっとしていたら、ユリの涙が収まってきた。
僕は壁に向かって、飲み物を注文し、僕の腕から離れないユリをそのままに、端末に現れた案内画面を見て暖かいお茶を注文した。今日、ドーギーに教えてもらったことがこんなにすぐに役に立つなんて。
「お茶飲もうよ」
と提案する。
テーブルに現れたお茶を飲むために、ユリを立たせて、ソファーに座らせることに成功した。
一口暖かいものを飲んで、やっと落ち着けたようだ。
「ごめんなさい」
ユリはうつむいて、小さな声でそう言った。
「・・・帰るね。本当に、ごめんなさい・・・」
僕はじっと見た。どうするのが、ユリのために良いんだろう。
「帰るの? 明日休んだりは?」
「無理・・・。サクも、ごめんなさい・・・」
「泊まっていってよ」
と僕は言った。ユリは顔を上げて僕を見た。
「荷物は買えば良いんだし、近いけどもう遅いから。・・・海に行った日を思い出すね」
思い出して、僕は少し笑ってしまった。
ユリはしばらく僕を見つめてから、思い出したようでふと笑みを浮かべた。
「泊まっても、良い?」
「うん」
「明日、早いの?」
「あ、うん。タイマーセットしなくちゃいけないんだけど、ユリを起こしてしまうよね」
「何時? 一緒に起きる」
「7時だよ。そこまで早くないけど」
「あ、本当ね」
ユリが嬉しそうに笑う。
「ユリはいつも何時なの?」
「同じぐらい」
「じゃあ丁度いいね」
「うん」
「あと、荷物、僕ので貸せるのがあれば良いけど。好きに使ってね」
「ありがとう。でも、多分サクの荷物にはないから、大丈夫、買うね」
「そっか」
会話しながら時計を見る。もう日付はとっくに変わっている。
「そうだ、この建物、無人みたいだから、他の部屋借りても良いかも」
と僕は思いついて言った。
「え」
ユリが驚いて僕を見るので、僕も驚いて見つめる。
それから、そうか、ユリは僕と一緒にいたいんだ、という事実に改めて気づいた。少し顔が赤くなった。
「ごめん。お風呂の事とか考えたらその方が良いかなって思っただけで」
「うん・・・でも、一緒がいい」
とユリも赤面して少し俯いた。
***
僕が先に風呂に入ったり着替えたり就寝準備を進めて、その間にユリは荷物を注文した。すぐに部屋に届く。ちなみに、寝間着とか化粧品とかだった様子。確かにそれは僕の荷物には無い。
「サク、疲れてるよね。先に寝ていても良いよ」
すっかり泣き止んで普段を取り戻したユリが風呂場に姿を消した。
「うん、ごめん、寝ちゃうかも・・・」
と答えた僕の声は届いただろうか。
少しほっとしたからだと思うけど、僕は今日、いや昨日、この中央に着いたばかりで。普段にない行動ばかりで、どっと疲れを感じていた。
だけど、先に寝たら可哀想・・・。
ベッドに横になればあっという間に眠る自信がある。ということは座っているべき。でも座っていてももう寝そう。まずい、瞼が閉じて来る。
えーっと。
そうだ、ちゃんとタイマーをセットしないと。
ピッ、と建物に向けて情報を送る。これで良いのかな・・・。あ、良いみたいだ。『セット完了』と表示が出た。
「サク」
横から抱き付かれて僕はハッと顔を上げた。座っているのに寝てしまっていたらしい。
「ありがとう。大好き」
とユリがギュッと抱き付きながら、少し震える声でそう言った。また泣けてきたらしい。
僕も手を伸ばして横からきているユリを抱きしめようとした。正面に回ってきてくれたので、正面から。
「僕も大好き。かわいい」
嬉しそうにユリが笑った。
すごくいい匂いがする。やわらかい。好きだ。
ずっとこのままでいたい。むしろぎゅうぎゅう抱きしめたい。そうしよう。かわいい。好き。
「ごめんね、疲れているのに、私がわがままばかり・・・。私の方が年上なのに」
「僕の方が頼りがいがあるなら嬉しい・・・」
頼ってもらって嬉しい。
あぁ、とても、やわらかい優しい匂いがする。
「うん。いつも素敵で・・・呆れられないか心配してしまうの」
「可愛いから呆れるなんて絶対ない」
声もかわいい。言うことも全てかわいい。
「本当に?」
「本当」
ユリが顔を上げて、僕をじっと見つめた。
やっぱり可愛い。とてつもなく。美人。ぼうっと見つめてしまう。ねむい。ドキドキする。
顔が近づいてきた。と思ったら、少しずれて。
頬にユリの唇があたった。
そのまま、ユリはギュッと僕を抱きしめたので、顔が見れない。
ギュウウッと来る。
僕は寝ぼけていたのが目が覚めた。カッと体温が上昇した。
こ、これは、恋人同士でいつかするキスでは。それだ。キスだ!
ドッ、ドッ、ドッと自分の心拍数が上がってくる。
うわー。
うわー!!
「サク、ねぇ」
とまだ僕に抱き付いたままでユリが言った。
「海の日みたいに、一緒のベッドで、寝たら、困る・・・?」
「こ、良、」
困る、良いよ、と同時に言いかけて、僕は呻きそうになった。
「・・・ちょっと、今日は無理かも・・・」
断った。
ユリを少し離そう。
あぁでも、離れたくない。
僕からもキスしたい。
だけどどんどん欲が出て来る感じ。まずい。




