23.遅くなった
こんなに騒がしい場所は、僕は初めてだ。
騒音のような環境に耳を塞ぎたくなったけれど耐えた。失礼になる。
「食え」
僕の座った席の左の人が、料理の皿を回してくる。誰かがもう手を付けている料理なので驚いた。
「初めてか? ここがうまいぞ」
魚のようだ。目玉の横の部分をつつくように教えられる。
「は、はい」
見知らぬ文化に僕は非常に緊張するが、ゴクリ、と勇気を出して教えられた部分をフォークでつつく。
一生懸命つつく僕に、右から声がかけられる。
「おい、自己紹介だ!」
「え、はい!」
「魚食ってからで良いだろが?」
「何でだよ!」
どうして急にケンカが・・・。
左右がいがみ合い始める。
どうすれば。魚はそのままに、そうだ、声を出すべきなのか。
つい先ほど受けたドーギーの指導を強く思い出す。変な汗が出て来る。ものすごく緊張する。
「あの、僕は、サクです! 今年度で16です。どうぞ、みなさん、よろしく、お願い、します!」
大声を出し慣れていない上に、まず騒がしい場所で、僕は言葉を区切りながら一生懸命訴えるように名乗った。
「聞こえない!」
「名乗ったのかー?」
「もういっかいー!」
「俺らが煩いんだよ」
「違いねぇ!」
「サクと言います! よろしくお願い、します!!」
バァッハッハ、と大きな笑い声が起きた。
「可愛い声ー! 『サクです!』」
「『16です!』」
僕の声真似なのか、妙な高い声で茶化している。信じられない気分になって茫然とそちらを見てしまった僕に、左の男がまた魚を勧めてきた。
「食え。ここ、旨いんだ」
「は、はい」
***
僕から何かを尋ねる隙もなく、上手に話題を自分の聞きたい事に変える技術も僕にはない。
皆好きに食べて笑って騒いでいる。
僕は勧められるままに料理に手を出し、旨いか、と聞かれるのに、ほぼ反射のように、はい、と答え、すると周りの機嫌が良くなって大声で僕の様子が店内に報告される・・・という数時間を過ごしていた。
***
騒がしい夕食にも終わりが来た。あと1時間で今日が終わる、という時刻に解散になった。
ちなみに廃棄ナンバーとかそんな話は出なかった。
僕の歓迎会とのことだったけど、慣れない環境で、精神的にとても疲れてしまった。
僕は明日からあの人たちと一緒・・・。
一方で、確かに悪い人たちではない気もする。だけどまだよく分からない。
なお、僕を心配してくれて、一人が僕をビルまで送ってくれることになった。
大丈夫です、と言ったけど、首を横に振って怖い顔で、『俺の申し出を断るのか』という威圧を受けたので大人しく頷くことにした。
ちなみに送ってくれた人は、どうやら皆の事を煩いと思っている雰囲気で、僕が色々からかわれているのを顔をしかめて眺めていたから、怖い人なのかと思っていたが、僕が子どもなのにと心配していたらしかった。本人は、無口な人なんだけど。
真面目に、僕が宿泊先のビルに入るまで見守ってくれた。
僕が、ビルの中から頭を下げるのを見て、やっと、ウンウン、と頷く。
そして片手を上げて、帰っていった。
あの人も明日仕事なのに、こんなところまで送ってくれて、やっぱり良い人なんだろう。
とはいえ、僕の周りにいなかったタイプの人たちばかりの気が・・・。
そして、僕は本当は、ユリのビルに直接行きたかったのだけど、とても言い出せなかった。
ビルの扉が閉まって静寂にポツリと取り残される。僕は静かに長い息を吐いた。
明らかにビル前が無人となったのを確認し、少し建物の奥に入ってから急いで端末を取り出す。
ユリに連絡をしなくちゃ。もう寝ているだろうか。
ユリのところに行かなきゃ。約束した。寝ていても手紙を書くとも。
あ。ユリからの伝言が。5件も入っている。
『こちらは終わったよ。サクは遅いって聞いているから、大丈夫よ』
『ごめんなさい。やっぱりとても遅いのかしら』
『どうしよう・・・遅いのよね・・・』
発言がそのまま伝言になっていて、戸惑いがそのまま記録されている。
『サク、私がそちらに行こうと思うの。近いから、良いよね・・・?』
『ごめんなさい、あの、応接室と思ったのに、サクの部屋に案内されていて、あの、ごめんなさい、待ってます・・・』
「え?」
僕はメッセージを二度見した。




