21.ドーギーの求め
「ところで、サク坊。何かおもてなししろよ」
「え?」
「飲み物とか食いもんとか」
ドーギーが促してくる。どうやら僕はきちんとできていないらしい。
「はい・・・すみません、仕組みがよく分かってなくて」
そういえば先ほどユリもお茶をいれてくれた。応接室のルールかな。
「俺は訪問者で、ここはサク坊の建物だ。注文はサク坊から出すもんだ」
「注文、すみません、どうやって」
「客人のおもてなしセットをくれとか言え。この建物なら、壁じゃねぇか?」
僕はソファから立ち上がり、あたりを眺めまわしてから、部屋全体、つまり壁に向かって言ってみた。
「ドーギーさんをおもてなししたいので、お茶と食べるものをください」
ブル、と僕の端末が震えたので少し驚いて取り出してみると、案内文が表示されている。
『プランA:コーヒー2セット、300E。プランB:コーヒー2セット、チョコレート一盛り、500E。プランC・・・』
「お金がいるんだ」
初めての事なので驚いて呟いてしまった。案内板には、プランFまで現れている。
お店ではないから、施設付属の無料サービスだと勝手に思っていた。
「サク坊、小遣いちゃんとあるよな?」
「あります。大丈夫です。これ・・・ここで注文で良いんですね。プランがいろいろあるのですが・・・そうだ、夕食というのもここで?」
僕の確認に、ドーギーは困ったように首を傾げた。
「こんなガキにたかるのは気が引けるなぁ」
と、なぜか今更呟いた。
「あー、今日は俺が奢ってやる。俺のやり方見とけ。仕方ねぇなぁオイ、サク坊」
ドーギーが嘆くようにしながら、ソファーから立ち上がって端末を取り出し、僕の端末に近づける。
僕の端末に出ていた案内をドーギーの端末にも表示させたようだ。
「夕食は他のとこいくぞ。チームの顔合わせも兼ねてるからな」
どこか面倒くさそうにしながらも、思いのほか丁寧に、ドーギーは端末を見せながら、応接室での注文の仕方を僕に説明してくれた。
この人は良い人だった、と僕は自分を恥ずかしく思った。
***
プランBのコーヒーとチョコレート一盛り。
「安いとこに泊まってるって味だな」
ドーギーはとても残念そうに項垂れた。
「すみません・・・」
「サク坊の問題じゃねぇよ。だけど、なんていうか、研究所生まれって味わいだな」
ドーギーの感想に僕は首を傾げる。
「ま、仕方ねぇ」
ドーギーは何かを諦めたようだが、僕は確認したくなった。なぜなら、ここでユリをおもてなしする事だってあるはずだ。
「普通より、質が悪いんですか?」
「質。分からん」
ドーギーは暗い眼差しで僕を見る。
「お前、サク坊は、これを旨いと思うのか」
「こういうものなのかなぁ、って」
ドーギーは呆れたようにソファーにギシ、と持たれかかった。
「そうか」
と言っただけだ。
僕は説明を聞きたかったけれど、ドーギーはその話題に執着しなかった。
「まぁダラダラしてても仕方ねぇ。仕事の話をするぞ。サク坊は、俺のチームで働くことになった。地下だ。明日の集合場所と時間は、オイ、端末出せ」
言われたのでドーギーに端末を見せると、ドーギーは僕に集合時間と場所を送ってきた。
「それだ。良いかお前、今日みたいにギリギリに来たら次は蹴るぞ。余裕考えろ。タイマーセットしとけ。この建物にも送っとけ。建物中で知らせてくれる。初日から他のヤツ待たせたらお前、使えなくてどうしようもない、無視されるぞ」
「はい。今日はすみませんでした」
「ほんとにな」
ドーギーが僕に呆れてしまっている。本当にすみません。明日からはきちんと余裕ある行動をしなくては。
「持ち物だが、昼飯を持ってこい」
「現場で注文しては駄目なのでしょうか?」
僕は不思議になって尋ねた。
ドーギーは首を仕方なさそうに振った。
「無理だ。地下には届かねぇよ。だから地上で注文して入手したものを持ってこい」
「はい」
「まぁ、忘れたら俺に言え。なんとかしてやるから」
「ありがとうございます」
思いがけない厚意ある言葉に僕は少し驚いた。僕はどうもドーギーを悪く判断してしまっている。
「なんでお前が俺のチームか分からんが、まぁ現場で都度指示をしてやるから。現場では黙々と働けよ。あと、お前は精神型って事だが、結構肉体労働だからな」
「分かりました」
「一応わきまえてやるけどな。まだ16だし。・・・ただ、お前・・・サク坊」
ドーギーは少し注意深く話し出そうとしている。
「はい」
僕はじっと言葉を待つ。
「・・・お前、12年前ぐらいか、大きな事故の中、生きてたヤツだろう」
「え? はい」
つまり4歳の時、僕が恐ろしいものを見た日の事だろう。
ドーギーはじっと僕の目を見た。
「・・・サク坊が精神型ってのは分かった。ただ、俺のチームは基本的に身体能力型だ。つまり頭脳的にはバカもいる。深くモノ考えるのが苦手なヤツもな」
「・・・はい」
何を言われるのか、僕は不思議そうな表情を見せながら、言葉を促した。




