20.宿泊先のビルにて
本当に離れがたいけれど、大きな音で鳴りだした退出のための警告音に、僕はやっとユリのところから退出した。
ユリは応接室から出て僕について来ようとしたけれど、ユリの行動を止める掲示まで光り出す。
絶対に今日の予定が終わったら連絡する、と固く約束しあって僕はエレベータに乗り込んだ。
驚いたことに、エレベータの中に警告音が付いてくる。
『予定と外れた行動は慎んでください。多くの予定が狂います』
と表示で怒られるのには驚いた。
「すみません」
とどこか茫然としながら呟くと、音がやっと小さくなって消えていく。
誰か見ているのだろうか。
それとも、こういう風にできているのだろうか。
良く分からないけど何かの予定を狂わせてしまっているらしい僕は、できる限り早足で移動した。
とはいっても、移動手段と移動手段の間の短い範囲だけなのだけど。
僕の宿泊先のビルに運ばれる。
ビルの前で降ろされて、僕は少し周囲を眺める。
本当に、建物ばかりだ。しかも全て決まったように薄いクリーム色。
僕はバスの運転手だったからかなり広範囲を毎日車で移動していたけれど、どこも木々が植えられていて建物は点在していて、なんていうか、生きている町という表現が今なら思いつくのだけれど。
中央のこの町は、建物が沢山ある中に、人がまばらにいる。どういっていいのか困るけど、建物の方が主役のようで、『人らしさ』を感じない、というか。
動きを止めてしまった僕のために、ビルの扉がシュンと開いた。
だけど、ビルの中から他の音はしない。
きっと、ユリがあんなに不安になってしまったように、きっと今まで僕たちがいた場所とはいろいろ違う事が多いのだろう。
と思いながら、僕はビルに進んだ。
***
無人?
部屋に到着して、手配した通りに荷物が置いてある部屋を見回しながら、僕はそんな事を思った。
あまりにも静かだ。
この建物の、5階、表通りに面した窓の部屋。そこから表通りを眺めてみる。人の姿がやっぱりない。
中央というだけに、人が多いのかと思ったけれど、どうやら自分が暮らしていた場所の方がにぎやかだ。
そう結論を持ってから、僕は部屋の方に意識を向けた。
僕の仕事について説明する人が来る時間が迫っている。場所は、このビルの3階に応接室があるらしくて、そこになる。
僕は荷物を軽く確認し、少しのんびり待つ気分でいたが、もう15分後に予定時間、というところで、ハッとした。
もしかしてユリが今日来るかもしれない。今日のユリの様子から見て、可能性はゼロではない。
僕は慌てて、少しでも整理整頓されているように見えるようにと、上っ面を整え始めた。
***
3階に降りたのはギリギリだった。
そして、相手の方が早かった。
僕が応接室に入ると、中には機嫌の悪そうな男の人がソファーにドシリと座っていて、僕を見ると忌々しそうに僕を睨み、時計を見た。
多分、十数秒遅刻。
「申し訳ありません」
と僕はヒュッと怯えを感じて頭を下げた。
「おい坊主。お前のために来てやってんだ。わきまえた行動しろよ」
「ごめんなさい」
「まぁ良い、座れ」
「はい」
良い、と言ってもらったことに僕はほっとして、勧められるままに向かいのソファーに座った。
ギシ、と音が鳴る。
僕が無言でその人を見ると、相手もじっと僕の様子を見つめている。観察されている。
「お前、何歳だ。聞いてるけどな。言ってみろ」
「今年度が16歳です。サクと言います。精神補強系で、幸福感強めシリーズの39番目です」
「は」
僕の自己紹介を聞いて、相手は馬鹿にした声を出した。
「幸福感強めって何だよ。馬鹿か。お前は幸せなのか」
「そう・・・ですね」
「そうか」
良く分からないながらの僕の肯定に、相手は口元を歪めるようにして、それから両手で頭を撫でつけるようにした。
「おめでたい坊主が来たもんだな、おい!」
「・・・はい」
困ったのでそう相槌を打ったが、それは相手にとって愚かな態度だったようだ。
「あーあ、人類が滅んでいくわけだ」
僕が人類を滅ぼすはずもない。
困った。この人は僕のためにここに来てくれているようだけど、大分、疲れを溜め込んでいるように見える。
何より、この人は善良ではないように感じた。
僕は警戒した方が良い。情報を素直に見せない方が良い。
緊張する。
ヒーッと、行儀悪く相手は僕に大きく笑って見せてから、やっと収まった。
僕に向かって、両手を広げるような仕草をした。
「ドーギーだ。俺は、坊主風に言うなら、身体強化系、筋力継続型。9番。今年度で67歳」
自己紹介に僕は驚いた。
「もっとお若いと思いました」
50代ぐらいに見える。60代後半なんてとても見えない。
「俺の利点だな。頑丈で強い」
ドーギーは得意そうにニヤと笑った。




