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女神を手に入れる僕の話  作者: 天川ひつじ
再会と顔合わせ
19/95

19.予定

お茶を少し口にして、ユリが気づいて僕に尋ねた。

「お仕事って何をするの? どこかに行くの?」


僕は首を傾げてみせた。

「この後に詳しい説明を受ける予定で、まだよく分かってないんだ」

「そうなの?」

「うん。そう」

僕は頷いて見せた。ユリは不思議に思うかもしれないけど、嘘をつけるほどの情報もないから正直に言うしかない。


「スケジュール、今、いつまでここにいれるの?」

ユリが不安そうに尋ねて来る。


「えーと。ここで1時間きみと会って、それから宿泊場所に行って荷物の確認、そこに来てくれるからそこで詳しくを聞く・・・あ、そうだ。あの、なんていうか」

僕は今まで秘密にしていたことを言わなくてはと気付き、そして少し口ごもった。


「あのさ、2人の部屋らしくて、だけど僕しか来れないって分かったらしくて、それで、きみが会いたかったら、いつでもこっちに泊まってくれても、僕は、全然いいから」

というような事を言えば良いから、と指導を受けたのだけど、本当にこんなことを言って良いんだろうか。嫌がられたり呆れられたらどうすれば良いんだろう。


緊張しながらなんとか告げて、ユリの感情を見逃したくなくてじっと見つめる。

ユリは少し驚いたような、それでいて真面目な顔で僕を見ていた。少し動きを止めている。

どうやら、ユリも僕の気持ちを正しくつかもうとしているみたい。


何か説明というか言い訳をしようと思ったけど、ユリがじっと見つめたままで、言葉を失う。


互いに無言で見つめあう。

「あ、僕の宿泊先」

情報を見せようとしたら、ユリも端末を取り出した。そのままユリの端末に情報を送る。

「私の宿泊先と近いのね」

とユリがポツリと言った。

「そう、なんだ」

そんな気はしてた。むしろ同じ場所かと思っていたけど違ったのか。意外。

なにせ、ユリのメンタルサポートが僕の一番の役割だから。

「私のところは、ここなの」

ユリも僕の端末に情報を送ってきた。確かに近い。だけど建物が大きそうだ。


「行っても良いの? 困らない?」

とユリが心配したように聞いてきた。

「いつでも良いよ」

と僕は頷く。


「変な意味じゃなくて?」

「どういう意味?」


「・・・本当に、分かってない?」

少し、困ったようにユリが確認している。

「あ、分かってるかも」

ユリと付き合うようになって、僕は大人たちからデートの事とか色々教えてもらったから。


「嫌そうなことはしないよ」

「・・・うん」

ユリが笑んだ。少し安心したように。


「ずっと一緒にいても良い? 2ヶ月間」

とユリ。

「良い、よ」

僕は少し考えつつ返事した。


「2ヶ月ずっとは、駄目・・・?」

「一応、新しい仕事のこととかまだ分からないから、と思っただけ。でも、多分大丈夫、だと思う」

「うん」

ユリはホッとしたようだ。


一緒にいれたら、本当に嬉しい、と小さくユリが呟いて、久しぶりに会ったのもあるけど、もう本当に可愛いなと僕は思った。


***


『退出時間です』と僕に向かって表示が出た。

僕が気づいたのでユリも気づき、僕が何か言う前にユリが悲しそうに泣きそうになった。

「もう行っちゃうの?」

「うん。でも、終わったら連絡するね」


「サクは、いつ終わるの?」

「うーん。今日は晩御飯も、仕事について教えてくれる人と一緒に取る事になってるから、今日は遅いと思う・・・」

と言ったところで、ユリがボロリと泣いた。

えっ、と僕は驚いた。

電話越しで泣いた事もあったけど、傍でこんな様子を見たのは初めてで、動揺する。


我慢しようとして口を引き結ぶけど、ユリの目に次々涙が溢れて頬を伝って落ちていく。

どうしていいのか分からなくて、立ち上がりかけていたのを、座り直してじっと様子を見つめる。

『退出を』という表示が赤色になって明滅しはじめている。


声を押し殺そうとするのに無理らしくて、ヒックヒック、泣き声がもれる。

どうしよう。


この後、僕には予定があって、晩御飯も決まっているから、多分今日は遅くて、それは僕にはどうしようもできない。

でも、こちらに僕が呼び出されるぐらい、ユリはとても不安だったのだろう。


掛ける言葉がわからなくて、ユリの両手は涙を抑えたりぬぐったりするために使われていて、だから迷った末に、僕はユリの肩に手を置いて、すこし撫でた。なだめるために。


ピーッ

僕が動かないので、急かすような音が鳴りだした。


どうしよう。

僕を送り出すために、床にへたりこんで泣いている僕の担当者の姿がなぜか重なる。


僕は担当者を泣かせたままこちらにきて、こちらではユリも泣いていて、僕はここに来ていて。

だったら、僕はユリの涙をとめるべきで。そのためにいるのに。


「ごめんね。今日は行かなくちゃいけないみたいで」

と僕は静かにユリに話した。

まるで、担当者が僕に言い聞かせるようだ、なんて思いながら。


「だけど、約束する」

僕は、大切に育てられていたのだとこんな時に思い至る。こんな風に話しかけてもらっていた。僕は担当者から、安心をもらい続けていたんだろう。

ひょっとして、あの妙な口調も、僕たちのため?

だって、少しおどけたくなる。何てことないよと装いたくなる。


「終わったら、連絡するから。宿泊先も近いんだから、遅くなっても会いに行くよ。だから待ってて。本当に遅くて無理なら、寝ていても良いから。その時は手紙を届けるよ」


僕の言葉に、まだ泣きながらも、ユリは笑って頷いた。

少しためらってから、勇気を出して、僕はユリを少し抱きしめた。


こんな様子に僕はとても切なくなって、もっと早く来られれば良かったのに、と考えても仕方のない事を少し悔やんだ。

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