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17.別れ

突然の話だったけど、本当の話でもあったわけで、僕は直後から荷造りや移動手続きに忙しくなった。担当者も僕の移動の手続きで忙しくなった。

中央には高速手段でも3日かかる。少しでもユリに早く会わせるべきだ、と判断されたぐらいユリの様子が悪いのか、とにかく早く早くと急かされた。


その中で、僕は隙間時間を見つけ出して、40番であるソルトに会いに行った。

僕たちは広い研究所内で、あまり交流を持たない。必要だと判断された時だけだ。

とはいえ、ソルトは同じシリーズで僕の次に生まれた子で、番号的には僕の対になる存在だから、きっと他の子どもよりは繋がりがあった。

「あ! 会いたかったのよ、良かったぁ来てくれて!」

僕を見つけた瞬間ソルトは明瞭な声でそう言った。ツインテールが揺れている。

「久しぶり」

と僕も言った。


「聞いたわ、奥さまのサポートに研究所を出るって」

「うん。奥さまじゃないけど・・・」

「え? 違うの? そんな中途半端な気持ちでお付き合いしてるの」

「違うよ、じゃなくて、まだ結婚してないし!」

「そんなのもうすぐ関係ないじゃない」

「まぁ、そうなると良いけど」

「それで。忙しいって聞いてるわ。リクさんを託しに来たのね」

「うん、そう」


ソルトは、9歳児ながら僕より頭が良いらしくて、僕より口調が早くて、だから会話のスピードも速い。

一生懸命会話しないといけないので、僕は知らず汗をかく。

だけど話が早くて助かるのも事実だ。特に、忙しい中に飛び込み訪問している時は。


「僕はリクさんから卒業って言われたんだ」

「ショックよね」

「うん。だけど、考えたら僕は彼女のところに行くから、そうなんだなと納得した」

「分かるわ。そういう日、いつか来るものよ」

「それで、ソルトに、リクさんの事よろしくって、言いたくて、来たんだ」

「えぇ。受けて立つわ」

ソルトは大きく頷いて、僕に両手を差し出すので、僕も両手でギュッと握り返した。


「私の目標、知ってる?」

「ううん。教えて欲しい」

「良いわ。私ね、リクさんを幸せにするの。良い目標だと思わない」

「ものすごく思う」

「良い女になって私を手放せなくさせてやるのよ」

「楽しみにしてる」

「えぇ。だからサクくんは、彼女と幸せになれば良いの。思いっきり」

ソルトの言葉に、僕は驚いて、当然ソルトは僕の表情から正しく僕の感情を読み取った。

そしてニコリと笑った。子どもだけどしっかりした大人のように。

「大丈夫。リクさんには私がついてる。そう言いたくて、会いたかったの」

「ありがとう」

「大丈夫よ。ところでサクくん。今知ったのだけど・・・」

ソルトはじっと僕を見つめた。サルトは黒髪黒目なので、見つめられると吸い込まれそうな気分になる。

僕はソルトの言葉の続きを待ったのに、続かないので、促すために遅まきながら相槌を打った。

「うん」


「・・・いいえ」

とソルトは僕をじっと見つめて言った。

「私が、言う事じゃなかったわ。出過ぎてしまったわ。ごめんなさい。優秀なのも可愛くないので困りものだわ」

「・・・大丈夫、きみが優秀で善良だって事は僕もリクさんも他の人も十分知ってると思うよ」

「ありがとう」


何やら秘密を隠されたとは分かったけど、それがソルトの判断なら、その判断にゆだねるべきだと僕は思った。

「時間、終わりね」

ソルトが両手を放したので、僕も同じようにする。


「会えてよかったよ、ソルト。元気でね。また会えたら良いな」

「会えない方が幸せだから、私はそうは望まない。いつかお互いの家族の映像を見せ合えれば良い。それがベストよ」


そうなんだな、と僕は思った。

僕は分かった、と頷いた。


***


こうして。僕は生まれてからずっと過ごした研究所を出る事になった。

生活に必要な荷物はすでに向こうに手配してある。年度が変わって一つ年齢が上がったとはいえ、まだ十六歳の僕のために、中央から迎えの人が来てくれた。


ユリにも、僕が新しい仕事を受けて中央に行くから会えるよ、という風に連絡している。

ユリは本当に喜んで、会える日を楽しみに待っている、と言ってくれている。


「本当はついていってやりたいんだけど、ごめんね、サク」

僕の担当者は、今更悲しくなってきたようで、僕より落ち込んだ様子でうなだれていた。

僕は心の中で、9歳の女の子のソルトに『本当に頼んだよ』と何度も思い浮かべては頼んだぐらい。


まるで男らしくなく涙を落とし始めたので、僕は困って、移動手段である高速ケージになかなか入れなかった。あまりにも後ろ髪を引かれる気持ちだ。

迎えに来てくれた人が苦笑している。


もうケージに乗らないと出発する!というギリギリのところで、迎えの人が僕をケージに入れ、担当者と切り離した。

「リクさん・・・」

ケージの中から担当者を見る。悲しくて立っていられなくなったらしくて、地べたに座り込んで泣いている。

僕は行ってしまって良いんだろうか、僕はここにいなくちゃいけないんじゃないか。


ピーッと合図の音が出て、ヒュッと目の前の光景が消えてしまった。

高速移動が始まったのだ。


「サクくん、座りなさい。着くまで3日もあるよ」

僕たちの様子に苦笑を隠さない中央の人の穏やかな声に、僕は頷いて示されるまま椅子に座った。

「きみは大事に育てられたんだね」

と、事実を丁寧な口調で告げられて、僕は今更じわりと泣けた。

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