16.担当者から
「僕が、リクさんから卒業、というのは?」
と僕は確認した。
「ユリちゃんには2ヶ月も研修期間が残ってる。ユリちゃんのためにサクは中央に行かなくてはならないけど、サクだって教育の継続が必要だ。だから中央で役に立てる仕事を与えられる」
「仕事? 何?」
僕は単純に興味がわいた。
どうやら、『無職は役立たず』という僕の担当者の教育は僕にすっかりしみこんでいて、バスの運転手をクビになったのがショックでもあるので、次の仕事といわれて希望みたいに感じられた。
「教育を兼ねた仕事のはずだ。ただ、心配してる。中央は、サク。この研究所より施設が酷い。それでさぁ」
真顔で、担当者は僕に言った。とても重要な話なのだと僕は感じた。
「研究所生まれの人間が、向こうでサクの指導にあたるだろう。研究所生まれの人間は、裏事情を知ってるから、便利なんだ。普通のご家庭の人たちが知らなくて良い場所で働くはずだ」
うん、と心得たと頷いた僕に、担当者は続ける。
「心配してるのは、場所じゃなくてだ。・・・中央にいった人間、壊れて帰ってくることがあるんだ。なぁ、サクも覚えてる? 昔ここで、ものすごい事故があった。サクはまだ4歳だった」
「覚えてる。リクさんが、僕の傍にいてくれた」
「覚えてたか。うん。それ。あの時のも、中央から戻された人間だった。分からないけど、だけど、壊れる人間が多いんだ。・・・気を付けて、絶対に壊れないでいてくれ。サクは大事な子で、ユリちゃんと結婚して普通に暮らして、それで子どもを3人以上産むんだぞ」
「・・・さらっと僕に、リクさんの理想の家庭像を押し付けられた気がするんですけど」
「違う。人間の課題だ。2人の人間が2人子ども産んでも現状維持で、増やさないと意味ないんだから」
「・・・」
僕は妙な顔で担当者を眺めていた。
「どうした」
と担当者が僕にいった。
「リクさん、そんなに、人類の課題に熱心な人だったとか、知らなかったな、と思ったんです」
「うん。別にそこまで熱心じゃない」
「そうなんですか?」
「分からない」
僕は首を傾げたけれど、担当者は目線を合わせていたのを、足が疲れたらしくて立ち上がり、ヤレヤレ、とため息をついた。
「サク。サクは僕の子どもで。だから幸せになって欲しい」
「はい」
でも、それは担当者だって同じだ。どうして自分にはそれを望んでいないんだろう。
僕は聞いてみたいと思ったけれど、なぜか諦めているような雰囲気を感じて口に出せない。
だから僕は、把握した事を整理しようとした。
「とにかく、バスの運転手はクビっていうのと、中央で仕事って言うのと、それから」
確認しながら、やっと状況に理解が追いついて僕は嬉しくなってきた。
「僕はユリに会えるんですね!」
「うん。そう」
担当者はウンウンと頷いてみせた。
「ユリちゃんに会ってさ、その後の事も全部、二人で決めれば良い」
「え?」
驚いてマジマジと見つめると、担当者は穏やかに笑んでいる。
「サク。僕は、残り2人の子どもの世話に重きを置くよ。サクとはもうこんな風には、会えないはずだ」
「え、嫌だ!」
チラ、と腕時計を確認した担当者は目を細めて少し嬉しそうにした。時間がズレてしまったらしい。
嬉しそうにするのはどうしてだろう。
僕がショックを受けたと分かったからだ。
「僕、嫌です、どうして」
「仕方ないじゃないか。子どもは巣立つもんだろう? ユリちゃんだって学校は卒業じゃないか」
「リクさんは学校なんですか? 僕の担当者で、親なんでしょう」
「うん」
僕の『親』という発言に、担当者は幸せそうに笑った。
「うん。サク、良かったよ。ここまで、大きくなってさ、本当に、良かったよ」
僕はそんな担当者の態度に動揺して、また何度も時計を遅らせてしまったらしいのに、それでも担当者はどこか安心したように笑うのだ。