15.上からの命令
結論から言って、僕の担当者の読みは正しかった。
僕は新しく学校に入った子のスクールバスの運転手となり、ユリは研修のために中央に行き・・・。都合が悪くない限り、ほぼ毎日夜に電話で他愛もない話をして。
そんな日々で1ヶ月経ったときに、僕は担当者から呼び出しを受けた。
「サク。これ、上の人たちからの命令書。運転手、クビね。で、中央のユリちゃんのフォローに回るように」
「え・・・、え?」
「クビ」
「え」
「うん、大丈夫。そう言う事もあるから」
僕の担当者は、物わかりの悪い僕に言い聞かせるために、何度も繰り返した。
「で、も。やっと子どもたちの顔、覚えて仲良くなってきて・・・そんなところに、僕、居なくなって良いんですか?」
「良いんだよ」
と言われ僕は複雑な気分になった。気持ちがついてこない。
「どっちが大事かって話だよ、サク」
僕の担当者は、真顔になって、僕を見つめ、僕のところに歩いてきた。
腰をかがめて、椅子に座って話を聞かされていた僕と目線を合わせる。
「良いか、サク。僕のところから、サクは卒業する」
「え?」
どういうことか、理解も追いつかない。
「ユリちゃんは、中央であと2ヶ月研修を受けないといけない。仕事に必要だから。で、サクだけどさ、サクもまだ教育終わってないんだよねぇ。サクには3年、教育期間が残っている。とはいえ、研究所暮らしの人間だから、優秀なプログラムが組まれている。社会見学に時間を割いたり、色んな経験に時間を割いたりできるようにだ」
そうなのか、と思う内容だったけど、僕はただ頷いた。
「バスの運転手は、きみの社会見学も兼ねていたし、実際の子どもたちのメンタルフォローも兼ねていた。だけどさ。初めの1ヶ月のみ特別にフォローがあった、つまり人間の運転手が乗っていたんだ、と説明すれば、辞めていなくなっても何の不自然もない。戻れた場合は、また人間の運転手が来たよ、良かったね、で復帰もできるんじゃないか。たださ、サクはすでに、この研究所の本当の目的を知っている」
「人間が少ないから、人間を生み出す」
「その通り」
ユリの話から、どうしてそんな根本的な話になっているのだろう。
「それでー。サクはユリちゃんと恋人の関係になり、親への顔みせさえやっている」
うん。
「そこで、サクに世界の秘密を一つ、教えるんだけどさ。本当は、だいたいの仕事なんて、人間は、もうしなくたっていいんだよ。全部AIでできるのを、わざわざ人間に割り当ててる。効率が落ちるけど、人の生きがいや満足のために」
担当者が、僕に教えるために真剣な表情で、だけど時折、面倒そうなどこかを憂うような顔で、話し続ける。
「本当に人間が担わなくてはならない種類のものは、AIやシステムが自己修復できないレベルで壊れた時の修理。そして、メンタルケア。本当は、人間を生み出す事だって、AIにできてしまう。だけど、最後のモラルとして、研究所は人間の手で運営管理されている。まぁ世界の真実の一つは、そんな具合だ」
つまり?
僕がじっと話を聞いているのを、担当者はじっと表情を確認し、僕の疑問に答えようとする。
「つまり。人間が最も重きを置くべきことは、仕事なんてもんじゃなくて、滅亡しないように子孫を多く遺す事。これに尽きる。そのためには、今生きている人間を可能な限り正常に健康に保たなければならず、子孫を残すように促さなければならない」
なんとなく、理解ができてきた、気がする。
「つまり、次代を残せる人間である、ユリちゃんの心身の健康が重要であり、そのための対策として、サク、きみが使えると選ばれたわけだ。ユリちゃんのパートナーだと上が状況から認めているってこと」
「・・・」
うん。そうなのか。
「喜びなよ。僕も嬉しいよ。サクは、今の時代に生きてる大事な貴重な人間だ。ユリちゃんのために、選ばれたのは、両親でも、他の友達でもなく、サクなんだ」
「うん。喜ぶところなんだよね」
「そうだ」
急な話で、感情がうまくついてきていない気が自分でするけど。
だけど授業のように理由を教えてくれるから、僕は少しずつ状況を飲み込む。