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14.不安

さて。

僕の担当者は車の運転が嫌いだ。つまり細かい選択を面倒がる。だけど、どうせなら快適な方が良い。

というわけで僕と一緒に僕の運転で帰る予定だけど、僕とユリが話している間、担当者は先に車内で仕事をして待つことに。


一方、僕はユリの部屋に案内されて、ユリの相談に乗ったり、買い物を一緒に選んだりした。


通されたユリの部屋はとても整っていた。

丁寧に保たれてきた部屋のように思う。

ひょっとして、これが当たり前なのだろうか。もしかして研究所はとても乱雑なのだろうか。と僕はふと不安を抱いた。


座り心地の良いソファーに並んで座って、一緒にパネルを見て、先に送っておくものを決めて指示を出したり、研修中の暮らしが少しでも快適なように、周辺の情報を調べて、できるものは予約していく。


僕はこの手の事は初めてで、ユリが僕に説明をしてくれながら操作をする。

僕は意見を求められて、

「良いと思う」

というぐらいだ。

だけどそれで楽しそうにしてくれるし、僕も一緒にいれるだけで嬉しいと思う。


もし、一緒にずっと暮らせたら、毎日こんな風になるのだろうか。


ふとユリの顔を見つめてしまっていたらしい。

ユリが僕の様子に気づいて、瞬きした。

それから少し首を傾げる。不思議そうだ。いや、何を考えているのか分からない、と仕草で伝えてきている。だから、知りたい、と思っている、と。


僕は説明しようとして上手な言葉を見つけられず、口を開きかけて困ったと示すために軽く首を傾げた。

ユリはおかしそうに目を細めた。

クスクスと楽しそうに小さく笑ってみせる。僕も楽しくなる。つられて笑う。


やっと言葉が口から出て来る。

「ずっと一緒にいたいと思っていた」

「・・・うん」

とユリもはにかんで頷く。


それから、俯いて少し悲しそうになってから顔を上げた。

「一人で三か月も過ごすの、不安だわ」

「うん」

「どうしよう」

「・・・頑張って。終わったらきっと、なんてことないよ」

「そうだけど」


どうしたら良いんだろう。なだめるしか方法が分からない。

ユリも、不安を告げるけれど、具体的には乗り切るしかないと分かっているから、余計に。


ユリがそっと、僕にもたれかかってきた。

もたれかかってきた!!


ど、ど、ど!

僕は激しく動揺しながら、頼りがいに関わりそうなので必死で抑え込みつつ、どう動いて分からないけどきっと良いはずだ、だってスクールバスで恋人になったもの同士でそういうシーンを何度か見たし、と脳内で激しく一人で会話しながら両腕をぎこちなく動かし、できるだけ自然になるようにと念じながら抱きしめた。

嫌われたら嫌だという一心で、本当にそっと。


僕も緊張していたけれど、ユリもどうやら緊張している。動きが硬い。

ついでにいうと、僕の心臓のところに頭をつけているユリは、きっと僕の動悸が早くなっているのに気づくだろう。


だけどこれが精いっぱいなんだ!

僕はまるで訴えるように心の中で誰かに向かって叫んでいた。


ユリがぎこちなく動き、姿勢を元に戻した。互いに赤い顔をしている。じっと見つめ会う。

「無理な、わがままを、言っても良い?」

悪い事を告白するようにユリがためらいながらも言いだした。

「うん。何?」


「サク、に、たまに、研修先で、会えたらいいのに」

「・・・うん・・・」


無理だと思って告げられた我儘だ。僕はゆっくり飲み込むように頷いた。


「私、わがままばかりだわ・・・」

ユリが目を伏せる。

僕は躊躇ためらってから、ユリの手を握った。

「僕も会いたい。毎日会っているのに、急に会えなくなるのはとても寂しい」

「うん・・・」

「困ったね。電話、毎日しようね」

「でも、サクは九時半には眠っちゃうんでしょう・・・?」

「うん」


僕は次に学校に来る子のスクールバスの運転手だから、きちんと備えないと。


「九時半だと、駄目? 頑張って十時まで起きてる」

と僕がいうと、ユリは少し驚いたように僕を見て、パチパチと瞬きをした。

少し諦めたような笑顔を浮かべる。

「うん・・・ありがとう」

やっぱり、普通は十時でも早いのだろうか。でも十時でも僕にはかなり高いハードルなんだから仕方ない。


それから、ユリは、そっと首を横に振った。

「大丈夫。たったの3ヶ月だもの」

自分に言い聞かせている様子だ。


「・・・会いに行けたら良いな」

と、僕は本気でそう言った。


うん、とユリが頷いた。


***


ユリのお家の訪問から帰った。


僕はさっそく、ユリとの話を担当者に打ち明けた。

余程の事以外は教えるように言われている。僕は落ち込んだりすると周囲の時間を遅らせてしまうから、防ぐためにも状況を知りたいのだろう。


「ユリと、毎日会えなくなるのが、寂しいです」

「まぁ、そりゃあねぇ」

と僕の担当者はどこか面倒くさそうな態度で僕の話に相槌を打った。

「だから無職になるかって勧めたのにさぁ、無職は嫌だとかいうからさぁ」

「えっ!!」


「無職だったら、フラフラ一緒についていけたのにねぇ。遠距離は、上手く行くタイプと上手く行かないタイプがいるらしいよー」

「えっ!」


「いやー、きみのお姫様はけっこう、不安に傾くよねぇ。まぁそんなもんかもしれないけどねぇ、普通」

「え、で、」


「なんかさぁ、きみのお姫様って、近くにいてあげないと終わっていくっぽいよねぇ、気をつけなよー。距離と気持ちがリンクしているっていうかさぁ。あんまりそういうの僕分かんないけどさぁ」

「・・・!!」


「・・・・あっ!! 1分ずれてる!!」

担当者が腕時計を確認して、驚きの声を上げた。


***


「まぁまぁ、サク。きみのお姫様は、たぶん、3ヶ月の研修に一人では耐えられない。今までちやほや皆に育てられてきた普通の人間なんだから」


担当者は落ち込んでいる僕をなだめようと、まるで未来を知るように僕に告げた。

「たぶん、かなりの確率で、サクは中央に呼び出される。がんばりなよ」

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