13.訪問
訪問するのは、さすがに翌日では無くて、翌々日にしてもらった。
僕の方も緊張するから、すこしだけ待って、と頼んだ結果だ。
次の日も僕は外でユリと会ったけど、ひたすら明日の訪問の事が気にかかって仕方なかった。
クスクスとユリはおかしそうに笑っていた。僕はどこか、緊張していて挙動不審らしい。
仕方ないよ、緊張するよ。
と弁解のように告げたら、やはり楽しそうにクスクス笑って、「ごめんなさい」と言ったユリは、なんだかとても可愛いかった。
ちなみに、相談結果、僕は二十五の姿でユリの家を訪問する事に決めた。
***
翌日。いよいよ、ユリの家に行く日。
「サク。僕たちには説明責任がある」
「え?」
僕の運転する車でユリの家に向かって、降りる段になって、担当者はぼんやりしたようにユリの大きな家を眺めながら、僕に言った。
ちなみに大きな家、と言っても一般的だ。
研究所だって大きいのだが、中にはたくさんの人が暮らしている。
一方、普通の家は、大きいのに、数人でしか暮らしていない。まぁ、人間が少ないからそうなるらしい。
「隠し通すこともできる。僕も昨日ずっと考えてた、どうした方が良いかってさぁ。まぁ、相手次第だから悩んだって仕方ない。今言うんだけどさぁ、サク。研究所生まれの人間は、基本的に自分の生まれを秘密にしている」
担当者の言葉に僕は驚いて、ぼんやりしたような顔をして淡々と話している彼の横顔を見つめた。
「サクは、二十五の姿で会うだろう。そう決めたなら・・・。だけど本当の年齢が良いんじゃないかとか。とはいえ説明に困るからねぇ。・・・まぁ、ユリちゃんのご家庭は、いたって普通だ。知らせない方がいい、だから二十五で良いんだろう」
僕の担当者は、僕の事をとても真剣に考えて悩んでくれている。
「だから、サク。今打ち明けるんだけど、サクは僕にとって子どもにカウントされてるんだよねぇ実はさ。この僕の子だ、って、勝手に宣言して確保した子が、僕には3人いるんだけどさ。でー、つまり、サクは僕の長男なんだよね。公式書類的にそういうカウントになる」
「え?」
「だけど、7歳差で長男とか無理だ。しかも二十五ならサクの方が年上だし。まぁそこは無視するけど。あーあ。言いたかったなぁ、僕の子ですってさぁ。しぶしぶだよ。サクは僕の弟って言う。分かったぁ?」
「え、はい・・・」
弟で嬉しいしそれでいい。
それより僕を子どもだと思っていたとは知らなかった。さすがに無理がないだろうか。黙っておくけど。
淡々と話しながら何かを決めたような顔をしている僕の担当者を見つめて、僕は少し不思議を感じた。
僕の担当者は、いつも人類が減少しているって嘆いてみせている。だから僕を始め、3人を『子ども』にしたのかもしれない。実際、担当者はきっと、親という存在に近いのだろう。
とはいえ、僕の担当者は、普通の手段では無くて、研究所で子どもを増やすことを選んだのか。
どうしてだろう。ただ純粋に不思議だ。
だけど上手く聞けなくて、僕は少し気になる方を尋ねた。
「リクさん、すでに3人の子持ちだったんだ・・・。僕と、誰と誰?」
「偉いだろ? すでに僕は人類の義務をクリアしてるっていうね。サクが長男、ソルトが長女、つい最近生まれた新シリーズ1人目、ソウが次男」
ソルトは、39番目の僕の次、40番目の女の子。40、シ、オー、塩。からソルト。今8歳で気が強い。僕たちは、奇数番号は男で、偶数番号は女で生み出されている。
「新シリーズに変わったんだ・・・。次はどういうシリーズ?」
「それは置いといて。今日はサクの重要な日でー」
「はい」
どうやら担当者も緊張しているみたいだ。
普段にない様子に、僕は口を閉じてじっと見つめる。
***
なかなか車から降りてこない僕たちを不思議に思ったのだろう、わざわざユリが様子を見に出て来てくれた。
「こんにちは」
車の外、少し恥ずかしそうに緊張したユリが、助手席に座っている担当者に笑顔を向けている。
担当者もニコリと笑った。
「こんにちは」
僕たちは車をユリの案内に従って停め直し、ユリに先導されて建物に入った。
「いらっしゃい」
とても仲の良さそうなユリのご両親が僕たちを玄関で待っていたので、思わず震えた。
サクさんです、とユリが僕を紹介してくれたので、僕は真っ赤な顔ながら、精一杯頭を下げた。
***
僕は二十五の状態で、ユリのご両親と話をした。
ユリの父親は、僕を時折するどく見つめ、けれどユリの嬉しそうな様子に、僕に安心を抱いたらしいのが様子で分かった。
ユリの母親は終始ニコニコと上機嫌だった。僕が緊張して言葉に詰まった時も、ほがらかに僕をフォローしてくれた。ユリになんだか似ている。ユリもこんな風になるのだろう。
ユリは両親と僕の間で僕たちを紹介するようにしながら、一方で、僕の兄という僕の担当者に関心を示していた。
僕はユリについて友人や学校についてよく知っているけれど、ユリは僕の事をあまり知らないな、とその様子を見て思い至る。少しはしゃいだように僕の担当者に声をかける姿がなぜか少し眩しく見える。
担当者は、ユリたちの前では少し大人ぶっていて、いつもより口調は丁寧で、説明もとても分かりやすかった。
僕は、研究所で働く両親を持ち、担当者の弟だ。
車の運転がとてもうまいのは、大勢の気持ちを考えて操作できるからだ、などと、今まで聞いたこともないところを褒めてもらった。
どこまで本気だろうと動揺しながらもやはり赤面する。
とても照れ屋でユリと会ってからは幸せそうだともバラされたあたりでは、何度も『リクさん、ストップー!』と頼みたくなったけれど。
新しい関係が生まれていく時間だという実感が僕にはあった。僕はこの時間をとても偉大で貴重なものだと感じていた。
僕たちは、生きていく時間によって、価値を生み出しているような気分がする。
それは、僕が、担当者と、ユリと、ユリのご両親とが出会ったからに間違いなく。
幸せなのだと、僕は知った。