12.1ヶ月
朝起きたら、目の前に綺麗な顔があった。ギョッとした。慌てて周囲を見回す。
ここはどこだ。
ものすごく動揺してから、傍にいるのはユリで、そうだ、海の帰りだ、とやっと思い出した。
うわぁ心臓に悪い。
いや。
これってものすごい状況なのでは。
僕は自分を落ち着かせて、身を半分起こしていたのをまたそっと寝た。
そしてすぐ傍を見る。
とても安心して眠っているユリがそこにいる。
僕はただ、じっと見とれた。
***
ユリの瞼が動いた。
それからフッと瞼が開いた。
その動きを僕はやはり見とれてしまっていた。
が、ユリもどうやら驚いたらしい。
急にバッと大きく目を見開き、息を飲むようにして身を引きかけ、ベッドから落ちそうになったので僕はやっと慌てた。
「危ない!」
「え、あ」
片腕を掴んだけれど間に合わず、ゴトン、とユリが床に落ちてしまった。
「大丈夫!?」
慌てて覗き込むと、床に痛そうに顔をしかめたユリがいる。
「僕だよ。おはよう。僕は十五の姿で、きみと僕は、海の帰り。思い出した?」
「・・・」
ユリはまた薄ら目を開けてから、僕を見て、それから部屋を見て・・・。
何かにハッと怯えてて、慌てて僕のいるベッドの上に登り、僕の腕をつかんだ。部屋の中を探るように見回している。
朝が来ても、何かが怖いみたいだ。僕も部屋を見回すが、やはり僕には分からない。
「大丈夫? 灯り、全部つけるね」
朝だから昨晩よりずっと明るいのだけれど。
「うん」
灯りを全部つけると、やっとユリは息を吐いた。
「やっぱり、ここ、怖いわ」
と泣きそうだ。
僕は頷いた。きっとユリにはそうなんだろう。
「もう出よう。ユリ、は車の中で休めばいいよ」
「うん・・・」
あまりに怖そうなので、心配になる。
一方で、僕の傍から離れようとしないので、頼られている実感が密やかに嬉しかったことは、ユリには秘密だ。
***
食事は別の部屋で食べることができた。提供される少しそっけない朝食を採り、僕とユリはすぐに宿を出て車に乗り込んだ。
帰路についてもまだ怖そうで、僕は不思議になってふと思った可能性を口にした。
「あの部屋、最後まで余っていたって事はいわくつきだったのかな?」
「・・・え」
口にしない方が良かったかも、と気付いたけれどもう遅い。
ユリは気になってすぐ端末で噂を調べた。きちんと調べる性格らしく、ボードに情報を細かく映し出して目を走らせた。
「・・・ねぇ、やっぱりそうみたい・・・」
運転は基本的にAI制御だけれど、より快適に迅速にを意識するなら、都度使用者が細かな部分で調整をする。何もしなくても目的地には着くけれど、少しの違いで快適さが変わる事も知っている僕は、基本的に走行状態を見ている。
だけど、ユリの不安そうな声掛けに視線をユリに向けると、やっぱり泣きそうな顔でユリは僕にボードを向けていた。
ユリがピックアップした内容が3つほど表示されている。
どうやらあの部屋は、ユリのように、『怖い』と評価されることが時々あるみたいだ。だから人気がなくて空いていたらしい。
「・・・わぁ」
と、僕は言った。それ以上どう言っていいのか困ってしまった。
ユリは助けを求めるように困っている。
とはいえ、もう泊った後だし、もう出た後。
どうしようかな。僕が冷静なのは、僕にとっては全く何も怖くなかったからだろうか。
困った僕は、話題を変えようと思った。
・・・そうだ。
「・・・良い景色を見てから帰ろうよ。今日の出発、予定より少し早いから」
「うん。良いの?」
とユリも顔を上げる。
「僕も見たいし」
「うん」
ユリの気持ちが少し上向いたようだ。
良かった。
「少し寝てていいよ。ついたら起こしてあげるから」
「ううん。大丈夫。きちんと眠れたもの。・・・手を繋いでくれたから」
と照れたように教えられる。
「寝てる間は、怖くなかった?」
「うん」
とユリが恥ずかしそうに笑う。それから「ありがとう」とお礼も言われた。
僕も嬉しくなって笑った。
***
帰り道、少し予定のルートを外れて、小さな花がたくさん咲いているという丘の上に足をのばした。
長い草の間に小さな花がたくさん咲いていた。
風がけっこう強めに吹いていて、僕たちはその意外さにものすごくはしゃいだ。
追い風に走ってスピードを楽しみすぎて、車に戻るのに大変だったことすら、二人とも楽しくて笑っていた。
***
「今日は本当にありがとう。とても楽しかったです」
とユリが車から降りていく。
「僕も。とても楽しかった。一緒に行ってくれてありがとう」
「明日も会ってくれる?」
とユリが少し心配そうに確認してきた。
「うん。喜んで」
「良かった」
「明日はどうする?」
「行ってみたいところある?」
***
次第に僕たちは、どこに行きたいかというより、互いに会う事ができれば良いのだと気づくようになった。
一方、ユリはこれから働き出す準備を整えなければいけない。
どうせなら、その準備を一緒にしようと僕は提案し、ユリもそれに同意した。
そしてある日、準備の相談をユリの家でしたいとユリが言った。つまり、ユリの家を訪問するのだ。
ユリは僕の返事をじっと待っている。
「うん」
と答えたが、僕はものすごく緊張して動揺していた。
お家、つまり、ユリの両親に、僕は紹介される!!
僕は、担当者に、ユリとの外出内容を報告するように言われている。
ユリと別れて研究所に戻った後、慌てて駆け込むように、担当者に相談をした。
「ユリのご家族に紹介される事になったんですけど!! どうしたら良いでしょう、ついてきてくれますか、リクさん!!」
「うっわー」
いつものように怠そうな口調で感想を口にした僕の担当者は、僕をまじまじと見てから、なぜか嬉しそうに顔を綻ばせた。
「じゃ、僕がサクの保護者ってことで僕も行こう」