10.宿
必見だという海に沈む夕日も見て、帰るために宿に向かうことにした。
ところが探してもなかなか空いている宿が無い。
僕たちが選んだ海辺はあまり人がいなかったけど、この時期は皆が遠出するので、宿の利用者が急増するようだった。
宿なんて空いているのが当たり前だと思っていたから驚いた。
やっととれた宿は海から随分離れていて、むしろ山の中になってしまった。すっかり日も落ちている。
「大丈夫? 遅くなったね」
「うん、大丈夫」
宿は普通にAI管理で、チェックインしようと思ったら、2人で1部屋のみ予約していたことが判明した。
2人、と頼めば、自働的に1人部屋を2つ予約できると、と思っていた。いや、本当に。
「えっ」
驚いて声を上げてしまった僕に、ユリが苦笑した。
「予約の時、私は分かってたから大丈夫よ。他の部屋は全部ダメだったし、もう時間も遅いし・・・それでも良いと思ったから何も言わなかったの。ごめんなさい、気づいてなかったなんて」
「同じ部屋で大丈夫?」
「ベッドは2つあるから、大丈夫」
「そう」
僕はホッとした。
ユリが少し困ったように微笑む。
渡されるボードに従って進んだ部屋にたどり着く。
案外狭い部屋だった。
窓は閉まっているけどカーテンは開いていて、山の上に月が出ているのが丁度きれいに見えていた。
ギリギリ駈け込み予約できた部屋だけど、案外ちゃんとしている。
ユリが傍に近寄り、肩をつけてきたので驚いて見ると、怖そうに部屋の中を見回していた。
「どうした?」
「うん・・・知らない場所って、怖いなって思って」
「え、そうなのか」
「・・・ううん、叔母さんのお家とか、お友達のお家や別荘に泊まったことはあるの。だからその、知らない場所が怖いっていうタイプじゃ、ないと、思ってたんだけど」
「どの辺が怖い?」
「分からないけど。暗いのが、駄目なのかも」
「分かった。灯りをとりあえずいっぱいつければいいかな」
可能な限り明るくする。だけどユリはまだ怖そうだ。
ひょっとして、オバケとかを信じているのだろうか。だとしたら可愛いけれど少し意外だ。
「部屋の中、チェックしたい」
「うん」
ユリと一緒に、洗面所やトイレや風呂場を開けてみる。オバケなどいない。
「本当に無理だったら、車で泊まるという手もあるよ」
と僕は提案した。
ユリはじっと僕を見て、ぐっと我慢することにしたようだ。
「大丈夫」
「ごめんね。怖い思いをさせて。もっと調べてから来ればよかった」
「ううん。私が怖がりなだけだから」
「むしろ、同じ部屋で良かったね」
「うん」
とても不安そうに、ユリが部屋を見て、僕を見る。
大丈夫、と握った手を撫でてみると、少し安心したようだ。
最大限に明るくした部屋で、順番に風呂も使って着替えて、ベッドに入る。
正直、こんなに明るい部屋で眠るのは初めてだから眠れるだろうか、と僕は横になりながらぼんやりと思った。
だけど暗くすると怖がるだろうなぁ。
「サク、寝る時も、二十五歳なの?」
と全く眠れないらしいユリが隣、少し離れたベッドから、まだ怖そうに小声で聞いてくる。まるで僕に縋っているみたいだ。
僕はそちらを向いて横になった。
「いつもは、本当の姿」
「じゃあ、どうして今は?」
「・・・なんとなく?」
カッコつけたいというか。その方が、ひょっとして安心材料になるかなぁ、というか。
「本当の姿の方が、疲れがとれたり、しないの?」
「・・・本当は。たぶん」
と正直に答える。
「あの、じゃあ、十五歳に、戻ってね。明日も運転をお願いするのに」
「良いよ」
簡単だ。スルリ、と戻る。
「戻った。いつも通りだよ」
僕の言葉に、ユリは少し表情を和らげた。
「・・・私、3ヶ月研修で一人暮らしになるのに・・・こんなので大丈夫か、心配になっちゃう」
とユリは言った。
「大丈夫。慣れると思うよ。それに、研修で泊まる部屋は怖くないかもしれない」
「・・・怖かったらどうしよう」
「どうしたら怖くなくなるかを、考えると良いと思うよ」
「サクに電話しても、良い?」
「いつでもして」
「いつも、何時ぐらいに寝てるの?」
「僕は、21時半ぐらいには寝てるかな」
えっ、とユリが驚いた。
「早いのね」
「バスの運転手だから。皆より早く起きてお迎えに出発するから。朝が早いんだ」
「そっか・・・」
ユリは納得したように目を細める。
「あのね、こんなに明るくて、サクは眠れる?」
「いつか寝てると思う・・・」
たぶんね。
「・・・ごめんなさい」
「大丈夫。ユリは眠れそう?」
「・・・」
「あれ。無言だ」
と僕は安心させるために笑ってみた。
「嫌じゃなかったら、手を、繋ぐ?」
と僕は申し出てみた。
「え?」
「良かったら。昔さ、僕の管理担当者が、小さい頃に一緒に添い寝してくれてさ。大丈夫だって慰めて手を繋いでくれて。いつの間にか寝れたんだ。すごく安心できて・・・それ以来、頭が上がらないんだけどね」
「男の人?」
「うん」