6. Cat & Chocolate キャット&チョコレート 日常編 (中)
「Totus mundus agit histrionem」
カードを全員に1枚ずつ配りながら、ウェヌスが呟いた。最初のカードは所属するチームを決めるためのカードだ。猫かチョコレート、どちらかの絵柄が書かれており、今回は3人1組のチームとなる。私に配られたカードは猫だった。お互いに誰がどちらのチームに所属しているかは分からない。
「何だって?」
「この世界はすべて舞台。ローマの詩人、ペトロニウスの言葉だ」
ココペルマナが私を見つめた。
「少佐、君には教養がない」
「悪かったね。ラテン語と歴史は苦手なんだ。それに、私が生まれたアイルランドから見れば、世界のほとんどは海だったよ」
「だが、君の国籍はイギリスだ。出身は北アイルランド……ベルファストか? まあいい。宇宙に来てまで、国境や民族のアイデンティティについて語るのも野暮だろう。何れにしろ、君にユーモアはあるようだ。このゲームで教養とユーモア、どちらが重要かは知っているだろう?」
ココペルマナの言葉を遮って、バステトがわざとらしく咳払いをした。
「……コホン。それでは改めてルールを説明してしんぜよう。『Cat & Chocolate キャット&チョコレート 日常編』はパーティゲームの一種である。これは3人以上でプレイするゲームであって――」
「全員、ルールは知ってるんじゃないの?」
「そなたは毎回そうやって、わらわの邪魔をするのう。このゲームは人数によってルールを変えることもできるのじゃ! そこをきちんとさせねば後々で面倒になるぞ」
「へーい」
「さて、今回は3人1組のチーム制じゃ。ゲーム終了までに、より多くのイベントカードを集めたチームが勝ちじゃぞ。ただし、お互いにチームメンバーが誰なのかは分からないのじゃ。
ゲームではアイテムカードとイベントカードの山札を1つずつ用意する。全員がアイテムカードを手札として3枚持つのじゃ。
そして、親がイベントカードの山札を1枚めくる。そこに書かれたイベントをクリアできるストーリーを考え、皆に話すのじゃ。ただし、そのストーリーには、イベントカードの山札に書かれた枚数だけ、アイテムカードを使う必要がある。
ストーリーを聞いた他のプレイヤーは、そのストーリーが良いか悪いか投票するのじゃ。過半数の賛成で、親はイベントカードを自分のものにできるぞ。親は手札を補充して、次は隣の人が親になる。これを繰り返して、イベントカードの山札から『END』のカードが出たらゲーム終了じゃ」
「ゲームが終了したら、君たちはどうするんだ?」
「帰りますよ」
「そうか」
私は少しだけ安堵した。これで勝敗によって条件をつけられでもしたら、本当に地球の代表者になってしまうところだった。だが、彼女たちが帰るという場所も方法も分からないのだ。もしかしたら去り際にISSを吹き飛ばしていくことだって考えられなくはない。油断は禁物だった。
「名誉ある最初の親は、ハワード・メイジャー! 貴公にこそ相応しい!」
そう言うと、モリガンは勝手にイベントカードの山札を1枚めくった。出てきたカードは――
『宇宙人が現れた』
なんというタイミングだろう。次のイベントカードの山札の裏には2と書かれている。従って、手札から2枚のアイテムカードを使ってストーリーを作るのだ。私は手札から『仏像』と『ワイン』のアイテムカードを出した。
「それでどうするのじゃ?」
「まずは仏像を使って、宇宙人を懐柔する。これは素晴らしい贈り物ですと言って、宇宙人に渡すんだ。そして、宇宙人が気を良くしたところで、ワインを飲ませる。そして酔っ払わせて、その隙に逃げるんだ」
「なるほど?」
「宇宙人にアルコールが通じるのか、わらわには分からんな」
バステトが渋い顔をした。確かに言われてみればそうかも知れない。
「それに逃げ出すとはどういうことだ! この軟弱者め! 貴公、それでも軍人なのか!」
「今は軍人じゃない。それに、正体不明の相手とやり合うほうが危険だろう。一応、ワインを飲める口はついているみたいだけど」
「言い訳無用!」
モリガンは私のストーリーを却下した。バステトもそれに続く。このままではイベントカードを手に入れられない。
「でも、実際のところ、うちらと会っても逃げなかったよね?」
天探女は私のストーリーに賛成を投じた。それを見て、ウェヌスも賛成を投じる。最後はココペルマナだ。
「平和的な解決法だな。悪くない。宇宙飛行士らしいというべきかな?」
ココペルマナも賛成を選択した。私は『宇宙人が現れた』のカードを手に入れた。
「よし!」
思わずガッツポーズを決めてしまった。天探女が私の姿を見て噴き出した。私は少し恥ずかしくなって頭をかいた。
「さて、次は私だな」
モリガンの引いたイベントカードは『ハチにおそわれそう!』、山札の数字は1だ。
「ふむ。では私はこれで……」
モリガンは『消火器』のアイテムカードを出した。ハチを追い払うのか?
「ハチを殴り倒す!」
「はい?」
「殴り倒して勝つ!」
「はい?」
「勝つのだ!」
「はい?」
モリガンのストーリーは全会一致で却下された。
「何故?!」
「それは消火器と言って、消火剤を噴霧する道具なんです。ハチを殴るよりも、有効な使い方があると思いますよ?」
「なん……だと……。くっ、殺せ!」
「もうそのフレーズはいいって」
次はウェヌスがイベントカードをめくった。『薄着で外に出てしまった』人が凍えて震えている。山札の数字は2だ。
「私は……『着物』と『ネコ』のカードを使います」
「着物があるなら、それを着れば解決じゃろう」
だが、山札の数字に従ってアイテムカードを使わなければならない。
「ここはまず、着物の帯を使ってネコちゃんをがっちりホールドして、それでネコちゃんを抱きしめて暖まります」
「ちょっ!」
ウェヌスはそういうなり、バステトに抱きついた。
「やめるのじゃ! 実践しろとはルールに書いていないのじゃ!」
「でもでも、こうやれば解決ですよね?」
「だ、誰か助けるのじゃー!」
動物の温もりを利用するのは理解できるが、宇宙空間でいきなり濃厚なハグを始める理由は理解できなかった。それでもバステト以外は賛成に投票し、ウェヌスはイベントカードを手に入れた。
「な、納得いかんぞ! 着物を着るだけでよかろう?」
「バステトちゃんだって満更でもなさそうだったけど?」
「そんなわけないのじゃ!」
「またまたー」
バステトの猫パンチを避け、天探女がイベントカードをめくった。『行きたい方向と逆の新幹線に乗ってしまった』。必要なアイテムカードは3だ。
「あ、難しいねーこれは」
天探女はすべての手札を開示した。『タカ』、『ラブレター』、『マッチ』。一体、どうすればこの道具で危機を打開できるのだろうか。
「こうしよう。まずはマッチでトイレを燃やす」
「いきなり犯罪行為か?」
私は呆れて両腕を広げた。
「バレなきゃいいんだって。そしたら勿論、列車は止まるよね。途中駅で降りたら、次はタカとラブレターを使う。タカを使ってラブレターを送るんだ。内容はこう。『いますぐ近くのコンビニでiTunesカードを3000円買ってください。それを送り返してください』ってね。それで切符を買い直す」
「寸借詐欺だ」
ココペルマナがため息交じりに指摘する。
「そうだよ?」
「悪質なストーリーだな。君は本当に日本の巫女の女神なのか?」
「仕方ないじゃん。手持ちのカードを全部使うんだから。そうさ。ベストを尽くしたら、こうなっちゃった」
天探女は悪びれずに、舌を出して照れ隠しするような仕草をとった。いかに犯罪的とはいえ、当意即妙なストーリーであることは認めざるを得なかった。この新幹線停止&寸借詐欺ストーリーも過半数の賛成を得た。
「感謝します」
お礼だけは立派な日本式で、天探女は親番をバステトに譲った。