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4. DiXit ディクシット (下)

「何故じゃ! 何故、誰もわらわのカードを選ばんのじゃ!」


 親番のバステトが悲鳴を上げて、黒髪の頭を掻きむしった。誰か一人でも親のカードを当てなければ、親に得点は入らない。


「そんなこと言われても……どうして5.『サイコロの目から触手を伸ばす悪魔』のカードから、『テーブルと椅子とフルーツとバイオリン』という言葉を連想したっていうんですか?」


 ウェヌスが眉をひそめてバステトに尋ねた。


「アルベルト・アインシュタインじゃ! どちらもアインシュタインの金言なのじゃ!」


「アインシュタイン?」


 バステトが導き出した連想の、深遠な理屈を解明できる女神はいなかった。当然、私も分からなかった。何故、アインシュタインの名前が出てくるのかも見当がつかない。


「愚か者ども……。ココペルマナのように、ちゃんと下界の学問をせんからじゃ!」


「そう言われてもねー。0点は0点。みーんな揃って0点。伝わらない言葉なんて無意味なんだって」


「意地悪なのじゃー! わらわが皆を呼んだのに、こんなの酷いのじゃー!」


 バステトは泣きながら天探女に向かって茶菓子を投げつけた。


「天探女もそのへんにして。ね、バステトちゃん、泣かないでね。それとも、おっぱい揉む?」


「え、いや……そこまで幼児扱いされると、いかに女神でも引くのじゃ……」


 突如、服を脱ぎ始めようとしたウェヌスから逃れるようにバステトは距離を取った。


「遠慮しなくてもいいのですよ?」


「わらわはそなたの行動が愛の女神ゆえなのか、それとも単なる露出趣味ゆえなのか、疑い始めたところじゃ!」


 現状で点数は私が4点。モリガンが4点。ドゥルガーが3点。天探女が2点。バステトが1点、ウェヌスが2点だった。


「意外と差が出たな。初心者が素直に遊んだほうが、下手に裏をかこうとする経験者よりも強いかも知れない」


「はっはっはっは!」


 私と同点でリードしているモリガンは矛槍を構えて笑った。その姿をドゥルガーの3つの視線が貫く。


「騙し討ちのような真似はしないなんて言った奴が一番、相手を騙して点を取っているというのも皮肉なものだが」


「うぐっ……そ、それは勝利こそが正義だからだ! 勝つためならば、私は悪魔にだって魂を売る!」


「とても女神とは思えない発言ですね」


 そう言ってウェヌスは自分の手札を見つめた。次の親番はウェヌスだ。


「『美の女神の休息』なんて、どうでしょう?」


 ウェヌスは微笑みながらカードを伏せた。他の女神たちも思い思いにカードをテーブルに伏せる。私の手札には『美の女神の休息』を連想させるような絵柄のカードは無かった。


(どうしよう……)


 私は迷ったが、全く無関係なカードを伏せることになった。


「では、カードを見るとしよう」


1.『水底を描いたキャンパスに魚を書き足す猫』

2.『雪の上を歩くコートを着た長髪の人』

3.『チェロを弾く女性とメロディの五線譜の上を歩く小人』

4.『金色の輪をくぐる三つ編みの黒髪』

5.『女性の肖像とその両肩に乗る2人の男性』

6.『海辺にある巨大な二枚貝の貝殻と、そこから残された足跡を見る人』


「先手必勝!」


 モリガンが3.『チェロを弾く女性とメロディの五線譜の上を歩く小人』のカードに目印を置いた。


「いちいちうっさいっての。こっちは考えてるんだから」


「すまない。しかし、気合で負けてしまっては負けだぞ!」


「気合だけじゃなく点数でも負けている以上、もう辛すぎて何も言えねえ」


 天探女は諦めたように茶菓子をつまんだ。


「……これは」


 ドゥルガーがウェヌスを見た。


「美の女神は、ウェヌス。お前のことだろう」


「さて、どうでしょう?」


「しらばっくれても無駄だ。『美の女神の休息』とは、つまり女神の不在に他ならない。6.『海辺にある巨大な二枚貝の貝殻と、そこから残された足跡を見る人』が正解だ」


 ドゥルガーは即座に目印をカードの傍に置いた。


「サ〇ゼリヤで、レプリカの絵画がよく飾ってあるよね」


 天探女もドゥルガーと同じカードに目印を置く。確かにその絵画は見た覚えがあった。ヴィーナスが貝殻の上に立っている絵だ。私も6.『海辺にある巨大な二枚貝の貝殻と、そこから残された足跡を見る人』を選んだ。


「自惚れが過ぎるのう。しかし、逆にそれが罠かも知れんな」


 バステトはカードの絵柄を眺めて、やはりと言うべきか1.『水底を描いたキャンパスに魚を書き足す猫』を選んだ。


「さて、正解は?」


「ドゥルガーの推理通りですね。6.『海辺にある巨大な二枚貝の貝殻と、そこから残された足跡を見る人』が私のカードです。皆さん、お見事」


「妥当な曖昧さだったな」


「ぐふっ。また外れてしまったのじゃ」


「猫に釣られ過ぎでしょ、バステトちゃんは」


「だってだって、わらわは猫の女神じゃぞ? 猫のカードを選ぶのは、猫の女神として当然の義務であろう」


「すいません。私が猫のカードを置きました」


「そなた! 人間の娘風情が、わらわを欺いたということか?」


 バステトが猫耳の毛を逆立てて私を睨んだ。


「いえ、そんなつもりはないです! 女神様!」


 私は頭を下げた。猫耳幼女と言えども、由緒正しいエジプト神話の女神だ。先ほどのモリガンのように何をされるか分かったものではない。


「でも絵を描いてる猫が可愛いから無罪じゃ」


「はあ……」


 気紛れな猫の女神は得点を示すウサギの駒を動かした。5点で私が1位ということになった。


「うむ。人間の初心者にしてはやりおるのう。イラーマ。素晴らしい点数じゃ」


「うちらが、ちゃんと手を抜いてあげた結果だね」


 その時、マンションのベランダに巨大な影が現れた。


「これは、飛行船……ということは、媽祖(まそ)の奴じゃな。船で来ると言っておったが、まさか空から現れおるとは」


「えっと、それじゃ私は?」


「面子が揃ったし、これ以上付き合わせるのも悪いのう」


 バステトが私に向き直った。


「わざわざゲームに参加して、女神を打ち負かしたのじゃ。何でも望みを申してみよ」


「え? 望み……」


 私は矛槍に貫かれたスマホを見た。とりあえずこれだけ直してもらおうか。


「それはゲームの前の事故じゃからな。ほれ」


 バステトが杖を振ると、一瞬でスマホは元通りに直った。上司からのメッセージの通知がずらっと並んでいる。そういえば連絡し忘れていた。


「で、望みは何じゃ? 申してみよ」


「いや、もう十分なんですが……」


「謙虚なのは良いが、あまり相手の好意を反故にするのも無礼だぞ! よし、ここは私に任せるがいい!」


 モリガンは私の顔の前に手をかざすと、眩い光を放った。何か暖かい力が自分の身体に入り込む感覚があった。


「時が満ちれば、望みは叶う。期待しておくのだ!」


「は、はい。ありがとうございます」


「んじゃ、あとは適当に周辺環境を補正しておくよ。それじゃあねー」


 天探女がブツブツと呟きながら御幣と振ると、私の意識は一瞬で途絶えた。



***



 気が付くと、私は自宅に戻っていた。スマホを見ると、上司からの通知は消えており、今日は休暇扱いになっていた。


 周辺環境の補正。私は何となく気になって、夫が動画を配信しているURLを開いた。


「――というわけで、何が質屋で一番高く買い取ってもらえるか試してみたという今回の企画でしたが」


 夫は質屋の前で札束を手に、カメラに喋りかけている。撮影しているのは知り合いの女だろう。


「一番高く買い取ってもらえたのは、結婚指輪でしたー! いやー、まさかね。愛を誓った証の指輪を質に入れることになるなんてねー。マジで自分でもショックですわー」


 夫のヘラヘラとした様子に対して、チャット欄が賑わいを見せる。


『指輪ごときで儲かりすぎwwww』

『お前反省してねえだろ』

『やはり人間の屑だったwwww』

『その金で何かリスナーに還元してください』


 直後、馬の嘶きとともに動画が大きく揺れた。女の悲鳴が上がり、カメラが夫の顔に直撃する。夫は右目から血を流しながら後ずさりし、背後にあったゴミ捨て場に倒れた。


 何が起こっているのか、一瞬のことでよく分からなかった。しかし、よく見るとゴミの中にあった壊れた傘の骨が夫の脇腹を貫いているのが見えた。女の絶叫とともにカメラの視点が地面から夫を見上げる形に切り替わった。


『天罰かな?』

『放送事故だぞwwww』

『はよ配信切れや』

『誰か救急車呼んだれやwwww』


 無責任なチャットが流れ続けている間にも女は喚くばかりで夫を助けず、やがて配信が突然終わった。


 その後、夫は救急搬送されたが、救急車の中でもがき苦しんだ末、雑菌が原因の敗血症で死んだ。知り合いの女は書類送検された。私の手元には、契約した覚えのない生命保険の死亡保険金が残された。


 これが女神の仕業なのかは分からない。だが、少なくとも私の望みが叶ったことは確かだった。

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