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3. DiXit ディクシット (中)

「切り札は最後まで取っておかねばならない」


 長布(サリー)に身を包んだ3つ目の少女、ドゥルガーが最初に言葉を発した。ドゥルガーはカードをシャッフルし、全員にカードを配った。一人5枚。それが手札だった。


「最初の一撃ですべてを決すべきではないのか?」


 灰色の長髪の女騎士、モリガンが首を傾げた。


「ただの例えだ。ゲームで負け方を学ぶのも経験だぞ」


「私は負けん! ゲームと言えども手は抜かんぞ!」


「……まあ、好きにしてくれ。バステト?」


「うむ。それでは改めてルールを説明してしんぜよう。『DiXit ディクシット』はパーティゲームの一種である。これは3人以上でプレイするゲームであって――」


「あ、これがまた長いんだよなー」


「う、うるさい! 初心者もおるんじゃぞ!」


「わり」


 猫耳幼女、バステトのルール説明を遮って、巫女服少女、天探女が誠意の謝罪を口にした。


「コホン。まず84枚の山札から、全員に手札5枚を配る。そして、親になった者は手札の中から1枚カードを選び、その絵柄から連想できる言葉を言うのじゃ。親以外の者は、言葉から親が選んだカードを当てねばならぬ。そして、同時に自分も手札から1枚カードを選ぶ。これはダミーとなるカードじゃ。

 カードの選択が終わったら、全員のカードを伏せて混ぜ、そしてオープンする。カードの絵柄と言葉から、親以外の者は親のカードを当てるのじゃ。親のカードを当てた者は1点獲得。親は外した者の数だけ1点獲得。ただし、全員が正解、あるいは全員が不正解の場合、親は0点じゃ。理解したか?」


「は、はい……」


 私は会社にも連絡できないまま、どこだか知らない部屋で、自称・女神たちのゲームに付き合わされることになってしまった。


「うむ。それでは今回は、親は特別にそなたからにしよう。大サービスじゃぞ」


「え?」


 私は自分の手札を確認した。独特の味わいがある絵柄のカードだった。私はとりあえず1枚のカードを選び、伏せてテーブルの上に出した。


手札(カード)言葉(ワード)を……なんてね」


「はっはっはっは! なかなか面白いことを言うのだな!」


「わざと笑ってない、モリガン?」


「いや、傑作だぞ。貴公」


「なんかバカにされてる感じでムカつく」


 天探女は大笑いしているモリガンを尻目に手札をスライドさせて音を鳴らした。手慣れたカードゲーマーの手癖のようだった。


「連想できる言葉は何でも構わないみたいですね。単語一つでも、詩的で抽象的な表現でもOKです」


 全員が正解でも不正解でも親は0点。上手く微妙な言葉を選ばないといけないようだ。


「『沈没』で、良いですか……?」


「よし。それでは我々もカードを選ぼう」


 女神たちもカードを1枚ずつ選び、テーブルに伏せた。カードをシャッフルし、オープンする。テーブルに並んだカードは、


1.『砂漠の上に降ろされた錨』、

2.『開いた本の上で、ページの穴から伸びた触手を前にする騎士』、

3.『大海原で小さなヨットを眺める巨大な女』、

4.『海面から松明を掲げる腕』、

5.『空間を落下しているように見える男女』、

6.『球形の金魚鉢の中を泳ぐ魚を見て前足を上げる猫』


の6枚だった。


「ふむ……。親であるイラーマが選んだカードはどれか1枚。『沈没』が連想できるカードじゃ。一応、言っておくが、自分が選んだカードはダミーだと分かっているから、選んではならんぞ」


「これは間違いなく4.『海面から松明を掲げる腕』のカードだ! 見事に沈没している!」


 モリガンが自分の目印(トークン)をカードの傍に置いた。


「ありきたりだな。他のカードだって、沈没を連想できるように見えるぞ」


「何?!」


「カードの絵柄が抽象的だということもあるが、親としては遠からず近からず曖昧な言葉を選ぶものだ」


「そんな騙し討ちのような真似、私は認めん!」


「そういうルールなの! これだから脳筋の女騎士様はよー」


「どういう意味だ、それは!」


「知りませーん」


 そう言って、天探女とドゥルガーは1.『砂漠の上に降ろされた錨』に自分の目印を置いた。ウェヌスは3.『大海原で小さなヨットを眺める巨大な女』に、バステトは6.『球形の金魚鉢の中を泳ぐ魚を見て前足を上げる猫』を選んだ。


「さて、親は答えを言うのじゃ。イラーマ?」


「私が選んだカードは1.『砂漠の上に降ろされた錨』です」


「何…だと…?!」


 モリガンが矛槍を手に取った。


「これは沈没ではない! 係留だ! それに砂漠の上には沈没できん!」


「絵柄と言葉を都合良く解釈するのがゲームのコツなのじゃ。わらわだって分からんから、金魚鉢と魚から沈没を連想して適当に選んだのじゃ」


「私が出した猫ちゃんのカードですね。バステトちゃんは多分、それを選ぶと思っていました」


「ぐっ……してやられたか」


 バステトが悔しそうに猫耳を震わせた。


「そういうウェヌスは、私の選んだカードを選んだようだな」


「それは勿論、初心者に花を持たせるためです」


 ウェヌスは自分の金髪を編み込みながら微笑んだ。これで私は3点。天探女とドゥルガーが1点となった。点数の分だけ、得点ボードの上に乗った各々のウサギの駒をバステトが動かした。


「物は言いようだね。あと、モリガンが選んだ4.『海面から松明を掲げる腕』は私が出したカードだよ。残念でした!」


「巫女に敗北を喫するとは何という屈辱! くっ、殺せ!」


「だから殺さねーよ。次はモリガンの親番。親で一気にポイントを稼ぐんだよ」


「そ、そうか。親は2点以上取ることもできるのだったな。よし!」


 手札を1枚補充すると、モリガンは暫し目を閉じた。そして、目を見開くとカードをテーブルに叩きつけた。テーブルが激しく揺れる。


「『激闘の末に掴み取った華々しい勝利』!」


 モリガンの言葉は私の言葉よりも明確な表現だった。しかし、私の手札には激闘や勝利を連想させるカードは無かった。適当に見繕ったダミーを出しておくしかないようだ。女神たちも逡巡しながら、手札からカードを出していく。


「さて、それでは見ていくのじゃ」


1.『空飛ぶ天使の腕にぶら下がった人に食らいつこうとする怪獣』

2.『パンケーキの上で剣を交らわせる2匹のクロアリ』

3.『チェス盤のような部屋でチェスの対決をしている男女』

4.『3つの扉の前で剣を構えている騎士姿のウサギ』

5.『灰色のドラゴンに挑む小剣を持った人』

6.『乾いた大地から虹の橋の先にある緑地に向かう白馬と少年』


「何か勝負している雰囲気のカードではあるような気はするが……」


「こうやって見ると意外に難問じゃのう。もっと楽な題目かと思っておったのに」


「さあ、選ぶのだ。貴公らよ!」


 モリガンが威勢よく矛槍を掲げた。私は自分が選んだカードを避け、5.『灰色のドラゴンに挑む小剣を持った人』に目印を置いた。ドゥルガーも私と同じカードに目印を置く。


「脳筋の女騎士はチェスなんかで勝負しないだろうから、それ以外かなー」


 さらっとモリガンをディスりながら、天探女は5.『灰色のドラゴンに挑む小剣を持った人』に目印を置いた。ウェヌスは逆に3.『チェス盤のような部屋でチェスの対決をしている男女』を選んだ。バステトは迷った末、2.『パンケーキの上で剣を交らわせる2匹のクロアリ』に目印を置いた。


「よし! では、正解は2.『パンケーキの上で剣を交らわせる2匹のクロアリ』だ!」


「はあああ? この蟻ん子のカードが?」


「『激闘の末に掴み取った華々しい勝利』を予感させる絵柄であろう」


 モリガンが高笑いする。正解したのはバステト一人だけだ。モリガンは4点を獲得した。


「誰だよ、5.『灰色のドラゴンに挑む小剣を持った人』なんて紛らわしいカード出した輩はさー」


 天探女はカードを指差しながら女神たちを見渡した。


「い、一体、だ、誰の仕業かのう? ほ、ほれ。次はドゥルガーの親番じゃぞ」


 バステトが猫耳を神経質に動かして目を逸らした。私はいつの間にか、仕事も忘れて女神たちの会話に笑っていた。

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