1. Truth or Dare 真実か挑戦か?
「神はサイコロを振らぬ」
褐色の肌に蒼い瞳。すまし顔の猫耳幼女が最初の言葉を発した。猫耳幼女は艶やかな黒髪の間から生えた猫耳を震わせながら、てのひらの上で2個のサイコロをシャッフルした。
「カエサルでしたっけ?」
コタツ机を挟んで、猫耳幼女の向かい側に座っている金髪の少女が、冗談めかして微笑みを浮かべた。
「そいつはサイコロを投げて、サイコロの目に振り回された奴だ。ウェヌス」
その隣に座っている、長布で身を包んだ少女が、冗談を言った少女を見据えた。隣から注がれる3本の視線を察して、少女は流れるような金髪を束ねて背中に垂らした。
「だって彼、『薬缶頭の女たらし』なんて呼ばれていたんですよ。私よりも選ぶべき神はいたと思いますけど――」
「アインシュタイン」
金髪の少女の声を遮って、巫女服の少女がぼそりと呟いた。その場の空気が凍りつき、3つ目の少女が溜め息をついた。
「なぜ、この面子しか集まらなかったのだろうか。イナンナやエレシュキガルあたりは暇だろう?」
「あの柱らは女神冥会で別グループ作ってるから」
「何じゃそれは」
「ダークゲーム・オンリー・コミュニティだってさ」
「名前からして暗い集まりだな。もっと人間から信仰を得られるような、徳の高い面子はいないのか」
巫女服の少女の答えに、3つ目の少女は腕を組んで項垂れた。
「仕方ないですよ、ドゥルガー。ココペルマナはトウモロコシのバイオ燃料学会を見に行くって聞かなかったですし。媽祖姐さんは道に迷って、休憩中にどっか行っちゃいますし」
「この前はコンビニまでタピオカミルクティーを買いに行くと言ったきり、そのまま帰ってこなかったからな」
「あと、天照なんて最初から全然、連絡つかないですし」
「天照は天岩戸警備員ニートだから、天鈿女命がいないとオフのセッションには来れないっしょ」
「……はあ」
金髪の少女と3つ目の少女が、巫女服の少女を見ながら溜め息をついた。
「天探女よ。そなた、もう少し空気を読めんのか? その和装は飾りではなかろう」
猫耳幼女は巫女服の少女、天探女に向けてサイコロを転がした。サイコロが止まる前に、天探女は猫耳幼女を指差した。
「1と3。バステトちゃんが親」
サイコロは1と3の面を上にして、ぴたりと止まった。
「お前、そういうとこだぞ」
3つ目の少女、ドゥルガーは天探女に釘を刺しながら、親を示す鈴を猫耳幼女、バステトの前に置いた。
「日本の神といっても、日本人の民族性や精神性を共有しているわけではないんだな。これが」
「では、サグメ。その紛らわしい巫女服をやめよ」
「あ、そういう先読み萎えるわー」
「それはこっちのセリフじゃ!」
バステトは短い両腕を回してコタツ机を叩いた。その音に驚いて、コタツ机の下からバステトの飼い猫が飛び出してきた。
「落ち着いて、バステトちゃん。ハグしてあげますから。ぎゅ~って、ね?」
「わらわを子供扱いするでない! 皆そうやってバカにして、何なんじゃ!……んぐぅっ」
涙目のバステトをなだめるように、金髪の少女、ウェヌスが猫耳と黒髪をその豊満な身体に引き寄せた。
「泣かないでね、子猫ちゃん?」
「いや、そろそろバステトに仕切らせてやろう。一応、こうやって集まったのだし」
ドゥルガーはウェヌスからバステトを引き剥がした。
「わり」
その様子を見ていた天探女が、全く誠意のない言葉で謝罪した。
***
エジプト神話の猫の女神、バステト。
ローマ神話の美の女神、ウェヌス。
インド神話の戦の女神、ドゥルガー。
日本神話の巫女の女神、天探女。
神というのは、いつの時代、どこの地域でも暇を持て余しているものである。4柱の女神たちは小さなコタツ机を囲んで、いつものように暇つぶしを始めた。
「最近は何の御利益も無いマイナー神とか、災厄しかもたらさない邪神とか、たまさか神扱いされる人間が人気で困るねー」
「そういう辛気臭い話は後にしましょう」
ウェヌスが天探女に耳打ちした。バステトは神経質に猫耳を動かし、コタツ机の面子を見回した。見た目は普通の少女にしか見えない。下界に降臨する上で、人間のレベルに合わせてやるのが神々のマナーだった。
「……コホン。では改めてルールを説明してしんぜよう。『Truth or Dare 真実か挑戦か?』はパーティゲームの一種である。これは2人以上でプレイするゲームであって――」
「そこから?」
「う、うるさい!」
「わり」
「親になった者は、他の者を指名する。指名された者は真実か挑戦かを選ぶ。真実の場合は親の質問に回答する。挑戦の場合は親の命令を実行する。そして、回答か実行か終わったら、指名された者が次の親となる。ややこしい準備不要で、お互いの親睦を深められる素晴らしいゲームじゃ。よいか?」
バステトの猫耳が自慢気にピンと立った。
「これ以上、親睦を深めてどうするって疑問もあるけど。まずは、バステトちゃんから私への指名だったね。私はもち、挑戦を選ぶ。そんで、さっきの命令は『巫女服をやめろ』だったはず」
天探女は既にブレザー型の女子校制服に着替え始めていた。
「わらわのゲーム開始宣言より先にゲームを始めるとは腑に落ちんが、今回は許そう。ほれ」
バステトが天探女に前に鈴を置いた。
「んー……それじゃドゥルガー」
「真実」
「あ、これ即答されるやつだね。今夜の夕食は?」
「お前、絶対にカレーって言わせたいから聞いているだろう」
ドゥルガーの3つ目が一斉に天探女を睨みつけた。
「違うの?」
「カレーだ」
「カレーはカレーでも~?」
「その質問は次の親番までとっておけ。では我の親番だ」
ドゥルガーは天探女の前から鈴を手元へと引き寄せた。
「それってズルくない?」
「ウェヌスよ」
頬を膨らませている天探女を無視して、ドゥルガーはウェヌスを指名した。
「挑戦。さあ、ご命令をどうぞ?」
「とりあえず服を着ろ」
「あ、はい」
産まれたままの姿だった美の女神は、天探女が畳んでおいた巫女服を手に取った。
「もしかして似合っちゃいますか?」
「金髪の巫女なんて、ゲームかアニメの中にしかおらんじゃろ」
「褐色の猫耳幼女のほうがファンタジーです!」
ウェヌスは巫女服に袖を通し始めた。
「ちょっとちょっと! 襦袢が開けてるって」
「いえ、あとちょっとですから……ほら!」
巫女服を身にまとったウェヌスは、その場でくるりと一回転した。豊かな胸が揺れ、金髪が舞い、優美な巫女に華を添える。
「あーもう。ダメダメ、全然ダメだよ」
「え、揺らしちゃダメなんですか? それじゃ、これならどうです?」
ウェヌスは両腕を胸の下で交差させ、前屈みになった。白衣の谷間から2つの果実が零れ落ちそうになる。
「ちがう、そうじゃない! ウェヌスは無自覚にストレート過ぎる。巫女服っていうのは神職の装束であって『捨てない、置かない、跨がない』と言われるように、丁重に扱わないとならないの」
「何ですか、ストレートって……。折角着たんですから、いいじゃないですか。それに今度は私の親番ですよ」
天探女の批判を軽く否して、ウェヌスは鈴を鳴らした。
「それでは、ここは順番ですね。バステトちゃん?」
「うむ。わらわは真実じゃ」
バステトは立ち上がって胸を張った。
「……」
「な、何じゃ。じーっとこっちを見て……」
「いや、なんでもないヨ」
天探女は目を逸らせて茶菓子に手を伸ばした。
「そなた、どうせウェヌスと比べて、わらわの胸が貧しいとでも思っておったのだろう。そんな脂肪の塊、男をたぶらかす以外に価値などないわ!」
バステトはむっと顔をしかめて再び腰を下ろした。
「まあまあ、バステトちゃんは今のまま、ありのままでいいんですよ」
「どんな姿で下界に顕現するかは己の嗜好次第だからな。……全裸で顕現するのは考えものだが」
「別に問題ないでしょう。それが自然の理なんですから」
「で、質問は? 金髪おっぱい巫女様?」
「何ですか、その呼び方は……。まあ、いいです。質問は……どうしてバステトちゃんはその姿で顕現したんですか?」
3柱の視線がバステトに集まった。
「ニャー」
「にゃー?」
「ニャーじゃないでしょ、ニャーじゃ。都合が悪くなったからって、本物の猫の振りすんなよ」
「フニャ?」
「待て」
ドゥルガーがバステトを抱き上げようとすると、それは一瞬で猫に変わった。バステトの飼い猫だった。
「どこ行った?」
「ふっふっふ……」
コタツ机の下から、バステトが小鳥のような美しい笑い声を響かせた。その顔は絶世の美女とうたわれたエジプトの女王に変わり、スタイルも幼女からかけ離れたトランジスタグラマーになっていた。
「あの姿は仮の姿じゃ。相手を油断させるためのな」
「あ、『薬缶頭の女たらし』の愛人!」
「ぐぬっ……! わらわがこの姿で最も言われたくないことを……!」
「おっと、今度は挑戦にしないよ。バステトちゃんの次の命令は『天探女は黙れ』だからね!」
「そなたー! 黙るのじゃー!」
「ハハッ!」
バステトと天探女は、ウェヌスとドゥルガーの静止を振り切って、コタツ机の周りを追いかけ、逃げあった。
しかし、女神たちの騒がしいパーティゲームは長く続かなかった。近所の通報を受けた警察が、全裸の不審者を探しに、アパートの部屋を訪れたためだった。