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企画参加作品

大きくて可愛いあなたと

作者: 鈴元 香奈

 高校時代の同級生が、一晩泊めて欲しいと私の下宿にやって来た。年賀状を交換するぐらいで、友達と呼べるほどの仲ではなかった。それでも地元の話が懐かしくて、泊まってもらうことにした。彼女の名前は三木さんといった。

 三木さんは地元の短大に進み、今年卒業して地元企業に就職しているとのこと。今日はふらりとこの都会まちにやってきて、こちらの大学に進学した私を思い出して訪ねてきたのだと言う。もう社会人なのだからお金はあると、高いお酒やつまみをお土産だと渡してくれた。

 結婚して子どもを産んだ同級生がいるとか、駅前に大きなショッピングモールができたとか、地元の話で盛り上がり、馴れないお酒をかなり飲んでしまった。

 二人で知らない間に寝てしまっていたようで、目が覚めた時はすっかり明るくなっていた。時計を見ると十時になっていた。今日は、大学は休みだけれど、昼からは塾講のバイトがあるので、出かける準備をしなければならない。

 昨夜は風呂も入らずに寝てしまったので、三木さんと二人でシャワーを浴びてから、近所のハンバーガーショップで朝ご飯を食べようと誘った。昨夜はいっぱいお土産をもらったので、それぐらい奢ると言うと、三木さんは『うれしい』と笑ってくれた。お土産に見合うものではないのに、喜んでくれるその心遣いがうれしい。高校時代にもっと仲良くなっておいたら良かったと後悔する。

 ワンルームのアパートのドアを開けると、そこには見知らぬ男が立っていた。

「香織!」

 男は三木さんの名を呼んだ。私の後ろに隠れる三木さん。

「どけ!」

 男の手にはナイフが握られていて、私に胸に突き刺さっていくのが、スローモーションのようにはっきりとわかった。

「おい。大丈夫か?」

 頭が痛い。慣れないお酒を飲んだせいだと思う。何かが私の頬を叩いている。けだるくて目を覚ましたくないけれど、呼ばれているようなので、ゆっくりと目を開ける。

 目の前には、巨大な青い顔があった。中央にはただ一つだけの目。大きな口には長い牙が生えている。髪は赤く、頭の天辺には黄色い角が一本生えている。思わず、寝たまま手を使って後退る。少し後ろに行くと、私を覗き込むように屈んでいる大きなものが見えた。

 立ち上がったそれは、体長二メートルは超えていると思われる、どう見ても青鬼だった。腕一本でも私の体重と同じぐらいあるのではと思わせるぐらいに筋肉質の上半身を晒していて、下半身はズボンを穿いていた。

「ここはどこ?」

 ふいに、先ほどのことを思いだしてしまった。私は三木さんのストーカーに殺されてしまったんだ。完全な巻き添えだ。それなのに、鬼がいると言うことは、ここは地獄。私が何をしたというのだろう。あまりの理不尽さに涙が止まらない。

 呆然と私を見ていた青鬼が、大きな指で私の涙を拭う。

「ここは、ライデンラル。俺の名はヨウト。おまえは?」

 ヨウトの指は、私を傷付けない様に優しく動く。

「私は、明日香です」

 辺りを見回すと、草原だった。花もたくさん咲いていて、とても地獄には見えない。

 ここは、死んだ後に最初に訪れる場所で、ここから天国と地獄に分かれて行くのかもしれない。そして、私には天使ではなく鬼が迎えに来た。本当になぜ? 私が何をしたと言うのだろうか? 虫も殺さなかったとは言わないけれど、地獄に落ちるようなことはしていないと思うのに。

 逃げようと思ったけれども、見渡す限り草原が続き、どこへ逃げたらいいのかわからないし、逃げたりしたら罪が重くなってしまうかもと思い、動けないでいた。

「明日香、大丈夫か?」

 鬼というのは、予想に反してものすごく優しい生き物みたい。私が立ち上がった時、昨夜のお酒のせいでふらつくと、ヨウトは壊れ物を扱うように優しく支えてくれた。

 胸を見てもナイフも刺さっていなければ、血も出ていない。痛くないのは有難い。

「喉が渇いた」

 ヨウトに言ってみる。

「歩けるか?」

「うん」

 と言ってみたけれど、足がおぼつかない。ふらついていると、ヨウトが私を抱えて歩き出した。いわゆる子どもだっこ状態だ。ヨウトの首の位置に私の目線があるにもかかわらず、あまりの高さで思わずヨウトの首の抱きついてしまう。

「くすぐったい」

 見上げるとヨウトが笑ったような気がした。思った以上に怖くない。大きな一つ目も、牙も角も、ちょっと可愛いと思った。

 十分ほど、ヨウトに運ばれて移動すると、小さな川のほとりに出た。川の水は透き通っていてとても綺麗だった。細菌がいようと、もう死んでいるのだから関係ないと思い、ヨウトに降ろしてもらって、川の水を手ですくって飲んでみる。川の水は冷たくてとても美味しかった。

 塾講のバイトに穴を開けた事とか、酒盛りしたまま片付けていない部屋の事とか、悔やむことはいっぱいあるけれど、多分もう戻れないと思うと、なんだかどうでもよくなった。

 これからの方が大事だと思う。今は優しいヨウトが、地獄では怖い鬼に変身するかもしれない。それは怖いと思うけれど、ここに何時までもいるわけにはいかない。

「ヨウトと一緒に行く。私を地獄に連れて行って」

「地獄? 明日香、ごめん。俺は地獄を知らない。連れて行くことができない」

 落ち込んでいるヨウト。地獄に住む青鬼ではないの?

「ヨウトはどこに住んでいるの?」

「あっち」

 ヨウトが指さした方にも、草原が続いているだけだった。

「そこでいい」

 ヨウトが嬉しそうに笑う。大きな目が半分閉じられた顔は、可愛いと思った。

「魚を食う?」

「うん」

 私の返事を聞くと、ヨウトが綺麗な川に手を突っ込んだかと思うと、私の腕ぐらいある大きな魚を掴んでいた。魚って、そういう風に獲るんだったっけ? ヨウトが掴んでいる魚は、毒々しい鮮やかな色をしている。本当に食べられるのかと不安になったが、どうせ死んでいるんだから、何を食べたとしてもこれ以上事態が悪化しないだろうと思う。

「ちょっと遠いから」

 ヨウトはそう言って、私を抱きかかえる。そして、ありえないスピードで走って行く。酔いの残る頭には揺れがちょっと辛い。目を瞑って耐えていると、ヨウトが立ち止まった。時間にして十分ぐらいしか経っていないと思うけれど、ヨウトのスピードを考えると、かなりの距離を走ったと思う。

 目を開けると、家が十件ほど建っているのが見える。井戸もある。人が住んでいる集落があった。

 集落の中央に建っている一番大きな家にヨウトに抱かれながら入る。入口はヨウトには小さすぎて、屈まなければ入ることができない。

「他の人は、ヨウトの様に大きくないの?」

「他の人はいない」

「なんですって? 他の家には?」

「ここには誰もいない。俺だけ」

「そんな…」

 私は玄関で降ろしてもらうと、外へ飛び出した。そして、隣の家へ向かった。

「お邪魔します」

 返事がないけれど、ドアのノブに手をかける。鍵はかかっていなかった。そろっと開けてみる。

「こんにちは」

 やはり返事がない。静まり返った家の中は、埃が溜まっていたけれど、長年無人になっていたというほど荒れていなかった。

 全ての家を回って声をかけてみたけれど、ヨウトが言うようにこの村には人がいない。

「他の人はどうしたの?」

 ヨウトに訊いてみる。

「わからない。俺が気付いたときには、あの家に住んでいたセイレンだけがここにいた」

 最初に入った家を指差しながらヨウトが言う。

「セイレンさんは、ヨウトの親なの?」

「違う。セイレンは俺を育ててくれたけれど、親ではない」

「ヨウトのお父さんやお母さんは?」

「わからない。俺は、小さい時にここに突然やってきたらしい。そんな俺を拾ってくれたのがセイレンだった」

「ヨウトも死んでここに来たの?」

「わからない。ここへ来る前の記憶がない。とても小さかったらしいから」

「セイレンさんはどうしたの?」

「ずっと前に死んだ。それから一人だった。だから、アスカを見つけた時、とてもうれしかった。俺と一緒に暮らしてくれるか?」

「もちろんよ」

 こんな所に一人で生きていくのは、どれほど寂しかっただろう。私の返事を聞いたヨウトは、本当に嬉しそうに目を細めた。

 再び、ヨウトの家に行く。

 一番大きな家だけあって、寝室も広かった。ヨウトに大きなベッドの隣に、小さなベッドが置かれる。

「同じ部屋で寝るの?」

 今日初めて会った人と同室で寝るのはちょっと抵抗がある。

「セイレンとも一緒の部屋で寝ていた。明日香はセイレンとよく似ている。ベッドも丁度いい大きさだし。同室は嫌か?」

 そんなに落ち込まれると、私が酷い女みたいに思えてくる。

「わかった。一緒の部屋で寝る」

 勢いで言ってしまった。そんなに嬉しそうにされると、今さら嫌とも言えない。

「アスカは、本当にセイレンに似ている」

「セイレンさんは、私と同じように目が二つあって、牙も角もなかったの?」

「そうだ。そして白くて大きい翼があった」

 それって、天使じゃないの。天使が青鬼を拾って育てたの?

「セイレンさんって、女の人?」

「女の人? よくわからない」

 天使は性別がないのかもしれない。

 ベッドには洗濯された綺麗なシーツがかけられた。着替えはセイレンさんのものが使えた。村の外れには放置された畑があって、乱雑だけれど野菜が生えていた。トマトもキュウリも生っている。包丁も鍋も窯もある。他の家にも使える物が残っている。

 これならば生きていけると思う。もう死んでいるのかもしれないから、生きていけると言うのはおかしいかもしれないけれど。

 ヨウトが魚を捌く。大きくて太い指なのに、結構器用で驚いた。塩を振って鉄板で焼く。皮の毒々しい色が褪せて、白身の身が覗いて美味しそうになる。匂いもいい。私は、キュウリとトマトでサラダを作る。

 パンも御飯もないけれど、それでも美味しい夕飯だった。

 ヨウトが素早く食器を片づける。

「明日は、森へ獣を狩りに行く。アスカが来てくれたお祝いだから」

「私もついて行っていい?」

「もちろん。俺が抱えて行くから、森にはすぐに着く」

 そうよね。私が歩いて行くと十倍くらいの時間がかかりそう。

「風呂へ入るか?」

 ヨウトは大きすぎて、風呂桶に入ることができないから、今まで水浴びで済ましてきたらしい。

「お風呂入りたい」

「わかった」

 ヨウトは、お風呂の用意をしてくれる。私にはちょうどいいサイズの風呂桶に浸かって、今日に疲れを癒す。良く考えたら、抱きかかえられて運ばれて、サラダを作っただけだったけれど。それでも、お風呂は気持ちいい。

 お風呂から出て寝室に行くと、ヨウトが大きいベッドに腰掛けていた。

「一人じゃないって、安心する。アスカが来てくれて、本当にうれしい」

「私も、ヨウトがいなかったらと思うと、とても怖い。ヨウトがいてくれてよかった」

 ヨウトが照れたように笑う。ヨウトの青い肌がほんのり紫色になったような気がした。

「それじゃ、明かりを消す。アスカ、お休み」

 ヨウトが火を吹き消すと、部屋は闇に包まれる。隣のベッドには大きな男の人。力ではとてもかなわない。求められたらとどうしようと思い、緊張していたら、ヨウトの規則正しい寝息が聞こえてきた。

 緊張していた私が馬鹿みたい。小さい時にここへ来て、性別もわからない人に育てられて、男女の事なんか知らないことぐらいわかるのに。それでも、ちょっと悔しいと思った。

 ここは、天国でも地獄でもない。なぜここに来たかもわからない。でも、もう帰れないのだと思う。それならば、ここでヨウトと生きて行こう。この青くて異形の優しい人と。

 私は、大きなベッドからはみ出ている大きな青い手をそっと握り締めた。その温かさが心を満たすように、私は眠りに落ちた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 恋愛、というより、美しい情愛の物語。突然孤独になってしまった寂しい心に、すっと寄り添う優しい物語。短いけど素敵な作品でした。ありがとうございました。
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