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その二 男が奴を仕留めるに至るまで

『ジュリエット・パパ980よりアルファ・ロメオ51へ。準備はできているか?どうぞ』

「アルファ・ロメオ51よりジュリエット・パパ980へ。いつでも狙撃できます。どうぞ」

『ジュリエット・パパ980よりアルファ・ロメオ51へ。別命あるまで待機願う。どうぞ』

「アルファ・ロメオ51よりジュリエット・パパ980へ。了解しました」

 アルファ・ロメオ51こと小暮浩二は狙撃銃のスコープを覗いていた。彼の仕事道具である狙撃銃は豊和工業の特殊銃I型――M1500へヴィーバレルである。700メートル向こうの犯人を確実に仕留めることのできるものだ。ライフルの上には高倍率スコープ。ど真中より少し上に犯人がくっきり映っている。男の特徴は苦労を重ねてきたのがわかる皺の多い顔に白髪交じりの頭、どこか血の気の多そうな顔だちに年の割に贅肉が少なそうな体躯。そして、左手で人質の少女を羽交い絞めにし、その頭に銃口を突きつけていた。

「下衆野郎だな」

「ああ。公安が言ってたよ。筋金入りのテロリストだって」

 隣で巨大な双眼鏡を覗いていた望月誠が言う。

「革命か……」

 小暮にとってみれば革命なんて言うのは歴史の言葉でしかなかった。彼が生まれたのは世界同時革命なんて言葉が世間一般で死語になりつつあったころ。小学生に入るか入らないかのころにバブルがはじけ、中学生のころに東京ディズニーランドにプーさんのハニーハントが出来上がった世代だった。

 だが、そんな中でも一部では迫撃砲闘争や爆弾闘争などを続けるテロリストが残っていた。数多くの警察官が立ち向かう中、彼も警察官となり、警察の最精鋭部隊SATに入ったのだ。

『エックスレイは銃を振り回している。見境なしだ。特殊犯の説得も効果なし。同志の解放を要求しており、折れる様子がない』

 報告を聞いて無線のスイッチをつける。

「こちらアルファ・ロメオ51。本部。エックスレイに照準はできています。命令があれば、人質に傷一つ着けずに無力化できます」

『まだだ。特殊犯はいまエックスレイと交渉中だ。集中力が切れたら突入班で確保する』

「エックスレイの持ってる武器が何かわかってますよね?」

『ああ。マシンガンだ。何が起こるかわからない』

「突入班の配置は?ばれていないでしょうね?」

『報道協定を結んでいるから大丈夫だ。もう二度と同じへまはしない』

 過去に、特殊部隊の陣形が中継されて大問題になったことがあった。人命に直接かかわることなのに、テレビ局はお構いなしに流す。まあ、人を殺す瞬間を誰も止めずに流したこともあるのだから、当たり前と言うか、なんというか。

『エックスレイに動き!』

「!?」

 スコープ越しの向こうへ意識を飛ばす。

 何か叫んでいる。メガホンで自制するように言っているが、まぁ、無理だろう。

「発砲許可を」

『まだだ。いま、突入班が陣形を整えている』

「いつになります?」

『あと五分だ。通信終わり。切るぞ』

 犯人の死角から急襲するためにSITが屋根に登っている。ラぺリングで急降下して部屋に押し入るつもりのようだ。

 じっと待っているとブツッと無線の入る音がする。

『ジュリエット・パパ980より狙撃部隊総員に告ぐ。突入失敗時に狙撃作戦に移行する』

「アルファ・ロメオ51了解」

 じぃと待つ。

『作戦開始』

 号令とともにロープが垂らされて隊員が滑り下りる。

 同時に爆音がする。

「なんだ!?」

 おかしい。突入はブリーチングラムというお寺の鐘つきを手持ちにしたような、太い柱に二つ小さな取っ手をつけた大型ハンマーを使う。こんな爆発、ありえない。

『作戦失敗!突入班壊滅!繰り返す!突入班壊滅!!』

「なんだって!?」

 部屋の中が微かに瞬いたかと思うとワイヤーにぶら下がっていた突入班の二人が力なくぶら下がっている。ラぺリングも失敗したのだ。

『作戦をプランBに移行。狙撃班、総員発砲許可』

 SATによる突入の余地はない。すぐにでも撃ち抜いて人質の救出をするのが先だ。

『こちらジュリエット・パパ980。号令とともにそれぞれが撃て』

「アルファ・ロメオ51、了解」

 狙撃部隊はたった一人を照準している。犯人に交渉の余地なし。

『秒読み……』

 銃を強く引き寄せる。肩に食い込むように銃床を引きつけ固定する。

『3……、2……、1……』

 人差し指をゆっくり触れるか触れないかにまでトリガーに近づける。

『撃て』

 さらに柔らかく引き金を絞る。

 強烈な反動と銃声が襲いかかる。

 超音速の弾丸が犯人に襲いかかる。

 犯人の体は一瞬跳ねたかと思うとグラリと崩れ落ちて行った。


『犯人を射殺したのはやりすぎだったんじゃないでしょうか!』

『犯人に対するあらゆる行為は適切に行われたものと認識しています』

 テレビで流れるのは小暮たち狙撃部隊に対する批難だった。

 彼らは警察に多数の死者が出たのを無視していた。

「どいつもこいつもやりすぎやりすぎ。人質が死んだら何故射殺しなかった。身勝手だな」

「そういう奴らなのさ。マスコミなんて無責任に話を垂れ流して、間違っていたら下っ端を切り捨てて平謝りさ」

「なあ、小暮。飯食いにいかないか?焼肉」

「行きます」

「そういえば、お前焼肉に行くのだけは避けてたけど、なんでだ?」

「狂牛病騒動以来、家で出なくなって」

「その習慣が未だに?」

「ええ。両親ともに狂信的な菜食主義者になってしまって」

「だが、どういう風の吹き回しだ?」

「こういう時ぐらい、祝杯をあげたいじゃないですか」

「?」

「自分が英雄になった時ぐらい」

 普段物静かな小暮の意外な一面は、仲間たちに少しの笑いを生んだ。

射殺の前、人質はどうだったのだろうか。

来週は人質となった少女のお話

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