主人公、RPG6
第六段です。
よたよたと箒の練習をしながら、吉村は思った。
師匠って、何の職業についてんたどう。
ぐらぐらと揺れる体を安定させるため、ぐっと足に力を込めた。
正直冒険者とか?それとも案外錬金術師とか。
だとしたら相当勉強して、試験を受けて…。
…
…試験、試験!?
そう思った瞬間、スコーンと箒から転げ落ちた。
師匠がその様子を見てけらけらと笑っている。
「おいおい、大丈夫か」
頭打ったかと笑いながら吉村に言うと、吉村はごろんと仰向けになって師匠をみた。
その目があまりにも腐った魚のような目をしていたので、師匠が一瞬びくりと体をすくます。
「師匠」
いつになく真剣な声音に師匠がごくり、と生唾を飲んだ。
吉村は両手で顔を覆って言った。
「元の世界に戻りたくない…」
「本当に頭大丈夫か?」
弟子の言葉に師匠が本気で心配した。
「…なるほど、向こうの世界で試験があったのか」
ずずっと紅茶をすすりながら師匠がつぶやいた。
ホカホカと湯気を立てる紅茶を目の前にしても、吉村は始終終末を迎えたような顔をしていた。
「いや、でもここで勉強してからあっちに帰ってもよくね?」
「何言ってるんですか師匠。帰ったら試験が終わってたパターンのフラグですよそれは」
ていうかそもそも、こっちの世界で勉強なんてしたくないんですよ!と机に突っ伏した。
がこんと机が軽く揺れ、マグカップに入っていたミルクティーが軽く撥ねた。
師匠は可哀想なものを見るような目つきで吉村を見た。
「誰だあんなくそめんどくさい教科作り出したのは!もはやあれ凶悪なモンスターレベルですよ!」
数学なんざ燃えちまえ!と叫んだあと、吉村は、はっとした表情を浮かべた。
名案を思い付いたと言わんばかりの顔だ。
その顔に師匠は嫌な予感を覚える。
「ちょっと燃やしてきます」
「待て待て待て待て」
師匠がさっと吉村の服の襟を掴んだ。
吉村の手には例の学校指定の鞄が下げられている。
「いいじゃねえか!勉強したらそれが後々役に立つんだぞ!?」
役に立つ、という言葉に吉村がぴくりと反応した。
「役に立つ?」と吉村が復唱した。
そして席にまた戻ると、鞄の中からある本を取り出し、師匠に差し出した。
「何これ」
「これが例の教科書とかいう奴です」
師匠がパラリとページをめくる。
本の表紙には「楽しい数学ー高校1年ー」と書いてあった。
師匠の教科書の文字を追う目がだんだん半眼になる。
そしてがくっと机に頭をぶつけた。
ついでに教科書も下敷きにする。
師匠、師匠。無事ですか。
吉村が声をかけると師匠が、はっと目を覚ました。
「…何これ、呪文?」
「これが数学という恐ろしいモンスターの呪いです」
吉村が真剣な顔つきでうなずく。
「なるほど、これは恐ろしいほど役に立たねえ」と師匠がつぶやいた。
更に吉村は鞄から教科書を何冊か取り出した。
見てください、このラインナップ。ちなみに私がお勧めなのは歴史です。
吉村が一番右端の教科書を指さした。
ずらっと扇形に並んだ教科書を見て、師匠は目頭を押さえた。
「…こんな恐ろしいモンスターと戦ってたのか…」
「そうです、いつも負けるんです」
何度煮え湯を飲まされたことか、と吉村は苦悶の表情を浮かべた。
お前も辛かったんだな…と師匠がほろりと言った。
「という訳で、燃やしていいですか」
「後で困るから取っておきなさい」
ちっと吉村は舌打ちしながら教科書を鞄にしまった。
仕舞いながら吉村は「なんで私テストのこと思い出しちゃったんだろう」と思った。
そしてなんで思い出したのかを思い出した。
「あ、そうだ師匠」
「何だ?」
「師匠の職業ってニートか自宅警備員ですよね?」
「俺にその二択しか選択させない気がヨシムラ。」
何、俺のことそんな風に見てたの?と師匠が肩を落とした。
吉村が頷くと、師匠がため息を吐いた。
「どっちでもいいですけど、とりあえずできるお嫁さん貰った方がいいんじゃないですか?」
「余計なお世話だし、俺は職業ついてるから」
エッヘンと師匠が胸を張って言う。
吉村は予想の範囲外の返答に驚いた。
どんな?と吉村が聞きかけたとき、玄関のドアが勢いよく開く。
「勇者さーん、お手紙配達に来ましたー」
「おお、ありがとうな」
ここにサインお願いしますー、と郵便ポストのマークが入った赤い鞄から、配達人は帳面とペンを取り出した。それにカリカリとペンを走らすと、「どうもー」と言って配達人は飛び立っていった。
師匠は人差し指と中指で手紙をぴっと挟むと、吉村の方を振り返ってきりっと顔を引き締めて言った。
「ご覧のとおり、勇者です」
「そんな勇者、私は認めないいいいいい」
動揺し過ぎて、吉村の持っていたマグカップから大量のミルクティーが床へ放出された。
「マジもんで勇者なの?」
床に零れたミルクティーを拭き終えた吉村が質問する。
マジもん、マジもんと師匠がソファーの上にふんぞり返って座った。
「魔王とかに戦い挑んだりとかしたの?」
「したした」
はぁー、と吉村は感嘆の声を上げた。
弟子のその反応に師匠の鼻がぎゅいんと伸びる。
もっともっと俺に感嘆してもいいのよ?という雰囲気がびしびしと伝わってくる。
吉村は意気込んで質問する。
「どうやって魔王倒したの?」
「そりゃ、お前伝説の剣でだな…」
「やっぱり、箒で飛んで窓からバル○ン?」
「今なんか恐ろしいビジョンが見えたんだけど」
吉村の背後に、箒に跨って塔に何かを放り込む師匠の姿が鮮明に見えた。
師匠が、ふんぞり返っていた体勢から普通に座る体勢に戻る。
え、何?今なんつった?と師匠が問い直す。
「窓からバルサ「そんな恐ろしいことしねえよ!?」
なんつーこと言うんだお前は!と師匠が焦った表情で言うと、吉村は、何言ってるんですかとにこやかに笑った。
「まだ、灯油とマッチ投げ込まれるよりましじゃないですか。」
「お前にロマンと言う文字はないのか、そしてなんというダイレクトな放火!」
放火魔も裸足で逃げ出すわ、と師匠がドン引きの表情で言う。
で、実際の所は?吉村はそんな師匠の反応をよそに質問する。
「伝説の剣と鎧来て地道にダメージ蓄積」
「やっぱりバ○サンか放火の方が手っ取り早かったんじゃ」
「お前、男のロマンすべてを崩壊させるような発言、いい加減に控えような?」
そのうち家に乗り込んでくるからと師匠が言う。
え、誰が?と吉村が問うた。
いや、誰とは言わないけどと師匠が言った。
「じゃあ、この世界にはもう魔王はいないんですね」
残念だなぁと吉村が天井を仰いだ。
師匠が、「何?勇者になりたかったのか?」と聞くと「いえ、そうじゃないです」という返事が返ってきた。
実物を見たかったとかそういうのか?と師匠が少し微笑ましく思いながら吉村の次の言葉を待った。
「魔王をしめて、金もぎ取ろうと思ってたのに」
ん?と師匠の笑顔が固まった。
え、ヨシムラ、さん?と師匠が声をかける。
しかし、吉村にその声は届いていないらしい。
なおもぶつぶつと、一人で呟いている。
「魔王なんだし、けっこう貯めてるよね。多分5000チェリーくらいは貯めてる」
「もし魔王と戦うなら、まず目を潰さないとな…」
恐ろしげな単語が聞こえ、師匠はぶるっと身震いした。
そして心の中で、ちょくちょくライバル宣言しに、自宅に押しかけてくる魔王については言わないと誓う。
その後、タイミング悪く(吉村には良く)魔王が「ふははははは、勇者よ!今日こそは決着をつけてやる!」と乗り込んでくるのはもっと後の話である。
to be continue?




